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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第3章 冒険者ギルド編
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第3章24話 お医者さんごっこ


 昨日は結局、セレーネとエマだけでなくエンデに加えてミラ達までが【砂の城】で一泊することになって、ちょっとした小キャンプ旅行のようだった。

 もちろん王族別荘の家令さんには心配されたようだが、侍女筆頭のクラリスがそこは押し込んだようだ。


 部屋割りはツインのベッドをくっつけて、セレーネとエマの世話を引き受けてくれたエンデの三人が前にフランが泊まっていた部屋を使って、いつものメンバーには変化なしという、ちょっと窮屈(きゅうくつ)な感じになってしまった。

 王都を出る時に比べるとレベルもアップしているので、近いうちに拡張版【砂の城】にトライしてみるか。


 そういう訳で、今朝は少しだけ普段よりも遅く起きてから娼館にやって来ていて、病人や怪我(ケガ)人に薬草と回復薬に回復魔法による素人(シロウト)治療を行っている。

 セレーネの知り合いぐらいだったらと俺達が考えていたのだが、考えが甘かったようだ。最近の魔術師ギルドによる回復薬の高騰と神聖教会の高額お布施の強要とで、(ロク)な治療が受けられず困っていた人々が大挙して押し寄せて来ていたのだ。


「ちょっと、これは予想以上ねぇ」


「うん、娼館の建物の外まで行列ができちゃってるからねぇ」


 アリスとルリの視線の先には、延々と老若男女が娼館一階のロビーからゾロゾロと行列を成して順番が来るのを待っていた。

 この行列の整理は、そこら辺を暇そうにフラフラしていた闇ギルドのチンピラをつかまえてやらせているので、割り込みも無く非常にスムーズなんで問題はない。


 ただ、やはりと言うか、娼館だからか性病の患者は他にも結構な数いた。

 しかし、そのほとんどが軽度だったこともあり、それらも含めてアリスの回復魔法と、ルリの周囲をフワフワと(ただよ)う透明な少女の姿をした高位三精霊に頼んだ簡単な治療魔法で、それほど時間がかからず治療が完了している。

 この様子だと、午前中には終わってしまうだろう。


 俺はというと、昨日の無理が(たた)って見えないMP切れが回復し切れていないので、冒険者ギルドにエマと一緒にお使いがてら、薬草採取とその回復薬調合の指名依頼を申請して来たところだ。

 何やらネコ耳受付嬢のニーナが、小さなエマがまた同じような内容でしかも指名依頼を申請して来ているのを見て、したり顔でニヤニヤしていたのがとってもムカついた。


「呼んでおいた奴隷商が来たよ」


 そう言いながら見覚えのある細身のメガネをかけた切れ者風の男を連れて来たのは、派手な鳥羽の扇子を片手に黒のイブニングドレス姿のこの娼館のマダムさんだ。


「ご無沙汰しております。アリス様達のご活躍は耳にしておりますよ」


 その嫌味の無い笑顔の男は、前に王都でコロンの奴隷解放で世話になった大奴隷商の店主だった。


「ああ、あんたか。どうしたんだ、こんなとこまで」


「いえ、王都が魔物暴走(スタンピード)の後始末のために仕事にならないので、ちょっと物資の調達に」


 まあ言い方はともかく、こいつの場合は奴隷を大切な商品として丁重に扱っているようなので、余計な心配をする必要が無いのは助かる。


「そうか。されじゃ早速(さっそく)だが、今度はこの女性の【奴隷】解放をして欲しい。持ち主はどうも分からなくなっているようだ」


「ほう、またですか。お好きですねぇ。でも今回は【従属の首輪】でなく奴隷紋を使われているようなので、どこにあるか――ああ、首の後ろなんですね。ちょっと見せていただいてもよろしいですか?」


 俺の慣れたやり取りの一言(ひとこと)にギョッとしてしまった様子のセレーネには、ソファに腰掛けたままで首筋にかかった綺麗なブロンドの髪を前に垂らしてもらって、色っぽいうなじを(あら)わにしてもらう。


 ところで元女神にボロボロの服を着せておくのも忍びないので、今日の彼女は【砂の城】に置いてあったミラの予備の普段着で、菖蒲(あやめ)色のぴったりフィットのワンピースを借りて着ている。

 ルリ達と違って黄金比のボディラインを持ったミラの服でも、パツパツになってしまうその驚異的な双丘には、娼館の一階にいるというのに何故(ナゼ)か情欲が思い浮かばない。

 それほど神々しいまでの美しさを(たた)えていたのだ。


「ああ、これは随分と古い。更新もされていない様なので、年代的にも持ち主は既に死亡されているはずですし、譲渡(じょうと)された形跡もありません。

 したがって、今回もまたハクローさんの奴隷ということで所有権を移行させてから、解放手続きを済ませていしまいましょう。

 手数料は前回同様、銀貨一枚で結構です。皆様にはあの後も神聖騎士団やら公爵騎士団やらで、大変儲けさせてもらっていますからね」


「よかった。商業ギルドへの届け出を含めて、それで頼む」


 無駄にゴチャゴチャせずにスンナリと行けそうなので、ルリから(もら)っているお小遣(こづか)いの銀貨一枚を渡して、ホッとする。


「え? そ、それは……ハクローさん、いったいどうゆう」


 セレーネが何か言いかけたようだったのだが、それを(さえぎ)るようにミラが叫ぶように(つか)みかかってくる。


「く、クロセ様の――ど、奴隷ですかっ?」


「はい、姫様。あのナイスバディの色気と妖艶(ようえん)さに(あふ)れる妙齢の女性を、クロセ様が自分の専用奴隷とすると」


「おい」


 確かにミラとクラリスが言葉にしているのはと間違いでは無いのだが、耳にするとどうも意味が違って聞こえてしまう物言いに、思わず声を上げる。

 勿論、娼館のマダムにもあらかじめ奴隷解放の話を通しておいてあるので全く問題は無い。むしろ、他に身の振り方があるのならその方がいいと喜んでくれたぐらいだ。


「首輪の代わりは、今回どうされますか?」


「今も付けていないので、不要だ」


 大奴隷商の男が思い出したように聞いてくるので、コロンのクロスチョーカーを思い出して俺はすぐさま言い返す。


「姫様、クロセ様は既に自分の部屋に革の首輪だけではなく、手や足どころかあんなとこやこんなとこを縛る革紐を用意してあるから要らないと言っていますが」


「ええ~っ、クラリス。クロセ様のディープな趣味に、私ついて行けるか自信が無くなってきましたよぉ~。い、いえ、そんなことを言っていては駄目(ダメ)ですよね!」


「大丈夫です、姫様。愛さえあれば、後は()()です。そのうち、自分から求めておねだりをぐへへ、あいたぁ!」


「おい、クラリス。小さなコロンが怖がっているから、今すぐヤメロ」


 怪しい笑顔を浮かべたクラリスの(ドタマ)(ゲンコツ)を食らわして(にら)みつけると、てへへ~と笑いながら逃げていく王国第一王女付き侍女。お前はいったい何がしたいんだ。


 そんな漫才をしている間に、奴隷紋が消えて無くなっていたセレーネの()き出しの首筋にそっと手を当てて、コンマ一秒(いちびょう)だけ【ライフセーバー(救命)】を瞬間発動させる。

 さっきまで奴隷紋が浮き上がっていた表面の皮膚を取り払って、全く新しく入れ替えて痕跡(きずあと)も残さず綺麗にしたのだ。

 これまで不幸続きだっただろう元女神の彼女にしてやれるのは――不妊治療ができない役立たずな今の俺には、これぐらいしかできることが無いのだった。


「ハクローさん、本当にありがとうございます」


 俺がわざわざ彼女のうなじに手を当ててまで何をしたのか気がついたのか、元【月の女神】のセレーネはエメラルドグリーンの瞳を細くして微笑んでくれるのだった。




◇◆◇◆◇◆◇




「……そうですか。確かにそのセレーネさんのお友達のエンデさんという方の言う通り、残念ながら神聖教会の司教や司祭は、娼婦の方に回復魔法をかけてくれることは無いでしょう。

 ただ、神聖皇国の【聖女】様はこれまでも治療が不可能と言われていた、難病や怪我(ケガ)などを多く治療して来られていますので、セレーネさんのような事例が過去にあるか調べることはできると思います」


 昼食を取ってから、神聖教会の神廟(しんびょう)にシスター・フランを訪ねて来ている。が、事前に心配していた通り、いい返事はもらえなかった。

 女神を信仰しているはずの神聖教会のこの冷淡な対応は予想通りなので、セレーネとエマを連れて来なくて良かった。

 ただ、無駄(ムダ)に長い歴史だけはあるようだから、神聖皇国の本国に照会してくれるというのは助かる。


「実は私も、ここニースィア神廟(しんびょう)の回復魔法を使った治療のお布施が非常に高額であることは、ずっと気になっていたのです。

 でも、私が無償で治療をするとお布施などの収入が減るので、勝手なことは禁止されているのですよぉ」


「そうか」


「フランちゃんは教会の関係者なんですから、しょうがないですよ。後は私達がギルドの指名依頼を受けて、適当にやっておきますので気にする必要はありません」


 珍しくマジ顔でしょんぼりしてしまうぽんこつフランに、ルリが優しく声をかける。


「うう~。ルリ様、(なん)とお優しい。ああ、女神様。

 それより、ハクローさん。さっきから気になっていたのですが、お姫様の右腕のブレスレットは(なん)ですか? 

 気のせいか、妖精のフィちゃんとそこのネコまで同じような翼のアンクレットをつけているようですが?」


 しかし、当のへっぽこフランはミラの右手を指差すと、目を三角にして俺を(にら)みつける。


「え? あ、これは……クロセ様にいただいた、愛の証という物でして。でへへ~」

「フィもハクローに(もら)った~」」

「ニャア~」


「姫様とお(そろ)いで、実は私も……ほれ、ほれ~」


 指摘されたミラにフィが見せびらかして、聖獣ルーはともかく、仕事の邪魔になってはいけないとアンクレットにしたクラリスまで黒ストッキングを履いた足を差し出して見せるので。


「わーん! ハクローさんったら、前にロザリオ作ってくれるっていったのにぃ~! ちっとも……。あーっ、すっかり忘れていたんですねぇ~!」


 あー、忘れてた。というか、いらないだろ、(あふ)れんばかりの女神への信仰心のあるポンコツなお前には。


「わーん、ハクローさんが(なん)かまた(ひど)いことを考えてます~」


 チッ、(カン)の良い奴め――なんて、いつも通り俺にとってはどうでも良い漫才をしていると。


「貴様らか、勝手なことやってる冒険者というのは」


 今回も神廟(しんびょう)の外の大通りに面した壁の(そば)で立ち話をしていたのだが、後ろからいきなり無粋な声をかけてくる男がいた。

 話を聞かれていた訳では無いようだが、ギョッとしたシスター・フランは逃げるように立ち去ろうとする。


「あ、アルカンジェロ司教。わ、私、急用を思い出しましたので部屋の方に戻りますねぇ~」


「まあ待て。シスター・フランの知り合いだったとはな」


「え~、いやぁ~。それじゃっ!」


 シタッと右手を上げて、スタタタッ~と走って逃げるへっぽこフラン。

 はあ~、相変わらずしょうがない奴だとため息をつきながら、これでまた(いじ)められたりしなければ良いのだがと考えていると、アリスがフンっと鼻を鳴らす。


「神聖教会なんかが私達に(なん)の用よ?」


(くち)の利き方も知らんのか、神の御業(みわざ)も理解できん無礼者が。貴様らが神聖教会に無断でやっている医療行為は、神に許されるものでは無い。今すぐにでも、貴様らを異端審問にかけて」


(なん)かこのアホが勝手なこと言ってるわよ」

「そうですねぇ~。教会の信徒でも無い異教徒の私達に、異端って言われても困りますねぇ?」

「ハク様、おなかすいたぁ~」

「フィもおやつが食べたいぃ~」

「ニャア~」

「そうだな、俺達には関係ないから()って帰るとするか?」

「クロセくん、そこの背教者が顔を真っ赤にしてプルプルしてるわよ」


 冷たい視線を隠そうともしないユウナの『車椅子』を押しながら、アホは無視してみんなでトットと帰ることにする。


「あの~、皆様。ガン無視(ムシ)された司教様がとっても可愛そうですよぉ~?」


「はい、姫様。みじめ過ぎて、(あわ)れを誘ってしまうほどです」


 そう言うミラとクラリスも、先頭を歩くアリスと並んでサッサと帰って行っているじゃないか。

 俺達の後ろからは、いつまでもニースィア神廟(しんびょう)の前から大通りに向かって叫び続ける残念司教の声が――全く聞こえては来なかった。

 どうやら、アリスが上位風魔法【サイレント】をかけたようだ。ご愁傷様。




◇◆◇◆◇◆◇




「教会の司祭様から、当ギルドに正式に苦情が来ていてねぇ」


 帰り道に冒険者ギルドに寄って、いつものネコ耳受付嬢のニーナにエマの指名依頼の達成(クリア)報告をしていると、奥から出て来た副ギルマスがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近寄って来た。


「冒険者ギルドとしても、教会と揉めるのは得策では無くてねぇ。そこでだ、私が話をまとめてやるから、その娼婦とやらを損失の補てんのために奉仕活動を――具体的には娼婦達に騎士団への無償の奉仕をだねぇ」


 下種(ゲス)い顔をして、ゲヘヘと笑う副ギルマスの方をそれまで見向きもしなかった、ネコ耳受付嬢のニーナがようやく振り向いてニコッと笑いかける。


「副ギルマス、これは冒険者ギルドが受領した正式な依頼(クエスト)ですよ? 採取した薬草を引き渡し回復薬に調合するついでに、その効果を補助するサービスを回復魔法で行っているに過ぎません。文句を言われる筋合いは無いですね」


「なっ、そんな屁理屈(へりくつ)


屁理屈(へりくつ)も理屈の内です。これはギルマスも承知の案件です。

 そんなことよりも、サッサと自室に戻って書類の整理でもしてくださいよ。今月末までに部屋を綺麗にして、明け渡してくださいね。ほれ、シッシッ」


 今まで以上に冷たい視線を向けて悪臭でも払うように手を振るニーナに、たじろぐ副ギルマスだが。


「ぐっ、そ、それは……まだ正式に辞令が下りた訳では」


「何言ってるんですか? Dランク冒険者のCランク昇級試験に、頼まれもしないのにわざわざ馬鹿面(バカヅラ)下げてちょっかいを出しておいて。結局は手も足も出ないでボコられて気絶してしまった、なんちゃって名前だけBランク冒険者が誇りある副ギルドマスターだなんて――いったい誰が従うと言うんですか?」


 急にフロア中に聞こえるぐらい声を大きくしたニーナが、ロシアンブルーのネコ耳をピンと立てながら、はっはっはっと腰に手を当てて高笑いを始める。


「うぐっ。そ、そんなフロア全体に響き渡るような大きな声で……お、覚えていろよぉ~」


「フンッ、他愛(たあい)も無い。それでは、こちらがクエスト報酬になりますね」


 最後は半ベソをかきながら走って逃げた副ギルマスのことは既にすっかり忘れたのか、ネコ耳を嬉しそうにピコピコさせながら受付嬢のニーナが、二度目となる鉄貨と銅貨をそれぞれ一枚づつ受付テーブルの上に置くのだった。


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