第3章18話 中級ダンジョン攻略(1)
今回は(1)と(2)で連話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。
「という訳で、今日こそは中級地下迷宮の攻略に行くわよ!」
バンッ、と冒険者ギルドの一階フロアの壁に貼ってあるニースィア周辺の地図を右手で叩きながら、アリスがグイッと左手の拳を握りしめる。
「「「「おおー、パチパチパチ」」」」
「ニャア~、ペチペチぺチ」
おお、無表情なユウナもすっかりパーティーに馴染んでくれているようで、ノリのタイミングもバッチしだ。
しかし、わずか一日ですっかり馴染んでしまって、そこで肉球を叩いている女神の御使いであるところの聖獣様は――これでいいのか?
でもそうだよなぁ。普通、順番が逆なんだよ。何が悲しくって、いきなり上級から挑戦するかなぁ。しかも、相手はこの異世界で最強種族との呼び声の高いドラゴンだったし。
「で、どこに行くんですか? あ、スライムありますよ! トロント、ガーゴイルってのも、わぁゴーレムもあります。なんだがRPGゲームみたいです!」
地図に表示されている、ニースィア近郊の地下迷宮マップを指差しながら目をキラキラさせて喜ぶルリだが、アリスは眉間に皺を寄せて手を振る。
「あ、スライムはパスで」
「ん? 何でさ。普通、ゲームとかでは初心者向けなんじゃないのか?」
「聞いた話じゃ、そっち系のスライムじゃなくて、溶かす方の奴らしいのよ。しかも、地下一階の最初に出てくるのが、無機物だけを溶かすタイプのド外道らしくて」
自分の二の腕を抱いてブルッと震えるアリスに、ユウナが可愛く小首を傾げて不思議そうに訊ねる。
「無機物だけを溶かすなら命の心配はない。物理攻撃が有効でないスライムに剣などを使えば溶解されてしまうが、アリスには魔法があるので問題ない……はず?」
「そいつ、武器だけじゃなくて防具も溶かすのよ」
暗い顔をして俺を睨むアリスに、何か分かった気がする。
「ん~? まさか……」
「そのまさかよ! 女の子の服を溶かして、ヌルヌルでネロネロなあーんなことやこーんなことを、ってどんなエロゲ―だぁ!」
ガァーっと、見えないブレスを吐くアリス。だが『車椅子』に座る、勇者なユウナは平気な顔をして、俺のTシャツを引っ張りながらフルフルと首を振る。
「クロセくん、私は大丈夫。遠距離から精密狙撃するので、近接戦闘にはならない。それに服ぐらい溶けても、ちっとも全く少しも問題ない」
「駄目よ!」
「駄目です!」
思わずハモってしまうアリスとルリさんだが、この世界の勇者なユウナにはそんな攻撃は屁でもないらしく、わずかにふっくらとし始めてきた胸を張る。
「クロセくんには既に全てを見られている。今さら、服が溶けたぐらいで失うものは何も無い」
「乙女心が減るのよ!」
「乙女心が減ります!」
「お?」
「ん?」
「ニャア~?」
アリスとルリが急に大きな声を上げるので、コロンとフィがビックリしてしまったじゃないか。聖獣ルーは眠そうに欠伸をしているけど。
「ユウナ、あんたも女の子なんだから。それに、こんな野獣のいるところで服が溶けた日には、何をされるか」
「良いですか、乙女には恥じらいというものがあってですね。狼さんには、赤いずきんを頭に被ってから」
「おい、変なフリガナを振るんじゃない」
「おおー! ハク様は、野獣で狼だったでしゅか。かっちょいい~」
「コロン。フィはそれはちょっと違うと思うわよ」
「ニャア~、ヘクチッ」
ああ、聖獣ルーがくしゃみをしてしまっているじゃないかぁ――って、違っがーう!
「何度も言うが、私はクロセくんに全てを見られているのだから、今さら裸を見られたぐらいで……ぐらいで……ぐらい」
「裸は駄目に決まってんでしょーが!」
「裸は駄目駄目ですー!」
いつもクールな無表情のユウナがだんだんと白磁器のような頬を薄っすらと染めて、とうとう俯いてしまうがアリスとルリの咆哮は留まることを知らない。
「お前ら、何こんな所で裸、裸って大声で連呼してんだよ」
「「ぎゃあ――っ!」」
絶叫を上げるアリスとルリのすぐ後ろから、苦笑しながら声をかけてきたのは赤髪が爽やかなイケメン冒険者のアベルと、その後ろから。
「あっははは、相変わらず面白いお嬢ちゃん達だなぁ。とてもじゃないが、ドラゴンスレイヤーには見えないぜ」
「そうですよ。そんなに綺麗どころの美少女ばかりが揃っているのですから、慎みは大事ですよ」
マッチョな獅子人族のレオンとイケメンなエルフのカミーユが笑いながらやって来る。こいつら、いつも三人で本当に仲が良いよなぁ。
あ……べ、別に羨ましくなんかねーって。
「よぉ~、アベル達もこれから地下迷宮か?」
「いや、Cランク昇級試験の申請に来たんだ」
「え?」
「あれから三人で話をして、早くCランクになることにしたんですよ」
「あんなの見せられちゃ、このまま黙ってる訳にはいかねーからな! あっははは」
アベルにカミーユとレオンまでもが、ポリポリと頬を掻きながらソッポを向いて何だか格好良いことを言っていた。
自らの力のみを頼りに次の高みを目指して突き進もうとするその男友達三人の姿を見ていると、本気で羨ましくなってきてしまう自分がいた。
「それじゃな! 次に地下迷宮潜る時には同じCランクだからな!」
「その時は俺達がレイド申請してやるからよ、あっははは」
「ほら、二人共軽口なんか叩いていて、試験に落ちると格好悪いですよ」
やっぱり勢いだけは良いアベルとレオンの二人の肩を、それでも嬉しそうにカミーユがポンポンと叩きながら受付窓口に向かって笑顔で歩いて行く。
まるで悪ガキのように仲が良い野郎三人には、いつも笑いが絶えることが無い。
そんな三人を黙って見送っていると、ルリが俺の手を握って来る。ふと、その紅い瞳を覗き込んでしまうと、薄く笑いながらこんなことを言うのだった。
「ハクローくんには私達がいますよ。男の子じゃないですけど――俺達と一緒に、ガツンとひと狩り行こうぜ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「んで、ここ中級地下迷宮『人形の館』にやって来たわけよ」
「おお~、誰も悲鳴を上げてない。静かだ――静かな地下迷宮って、何か新鮮な気分がする。あ、目から汗が」
ニースィア郊外の岩場の中にある洞窟の中で、アリスと二人で感動に打ち震える。思わず、目には水滴が溢れてしまっていた。これが、普通の地下迷宮攻略というヤツなのか。
「ツンツン、ツンツン」
しかし、そんな感動的な場面にTシャツを引っ張っているのは、白雪のような頬をめいっぱいに膨らませている上目遣いのルリさんですね。
「ブー、アリスちゃんとハクローくんが何だかいぢわるですぅ~」
「ルリおねーちゃん、これは哀の試練でしゅよ?」
「フィはやっぱり何か違うような気がするわ」
「ニャア~?」
「ま、まあ、今回はみんなで落ち着いてゆっくり攻略すれば、あ」
ドンッ、と銃声が鳴り響くと同時に、バグンッと通路の先から顔を出したストーンゴーレムの頭部が一撃で吹き飛ばされ、チィィンと焼けた空薬莢が岩でゴツゴツした地面に落下する。
この階層のゴーレムは、人と同じぐらいの身長サイズのようで、やはり物理防御が高いのは見た目通りだ。咄嗟に【解析】した感じでは事前に心配していた通り、ゲームなどと同じように【魔法防御】スキルも持っているようだ。
それにしても、相変わらずユウナの一撃での殲滅力は顕在だ。でも、このままでは前衛の俺の仕事が無くなってしまかも。
「よおっしぃー! 銃器の使用許可、各個撃滅するっ! ファィヤアァー!」
アリスの叫びと共に、レーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226が翻るスカートの下の太腿のホルスターから抜かれると、薄暗い洞窟の中に四本の紅いレーザー光が交錯する。
後は縁日に並ぶ的屋の射的の的ように釣瓶打ちにされて、粉々に砕け散っていくストーンゴーレムの群れ。
通路の端から姿を見せた瞬間に、紅いレーザー光に捕らわれて蜂の巣にされるので、【ソナー(探査)】のマップにを見ながら真っ直ぐに地下二階への階段へと向かって歩くことだけが、先頭の俺の仕事となっていた。何か暇だ。
そんな調子であっという間に地下二階に下りてしまうと、今度はロックゴーレムがゾロゾロと姿を現すが、視認する間もなくバラバラにされてしまう。おおう。
そのまま、地下三階の少し大きなサンドゴーレム、地下四階の少し大きくなったビッグストーンゴーレム、地下五階のこれも大きくなったビッグロックゴーレムを、軒並み光の粒にして【魔石】とレアドロップを残して消し去りながら、彼女達の進撃は続く。
キィンッ!
地下六階まで来たところで、9x19mmパラベラム弾が弾かれる硬い音が薄暗い洞窟に響く。目を凝らすと洞窟の角から姿を現したのは――今度は金属製のアイアンゴーレムか!
「硬い!」
「わわっ、ビックリ」
「うにゃ、弾かれまちた!」
「フィもビックリ~」
「ニャア~」
初めて跳弾が洞窟の壁にメリ込む光景に、アリス達が驚いている。
ユウナは静かにレーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226を構えたまま、わずかに頭部を凹ませた標的を睨んで小さくつぶやく。
「それでも……」
ズドン、と再び少し大きな射撃音をさせると、バカァンと今度はアイアンゴーレムの頭部を狙い違わず吹き飛ばす。
チィィン、という空薬莢の落下音を気にすることなく、みんなに向かってアドバイスを始める。
「これまでよりも、少しだけ魔力を多めに込めると大丈夫、まだ十分撃ち抜ける」
「わ、分かったわ!」
「はい、やってみます」
「了解でしゅ」
「フィは見てるよ~」
「ニャア~」
今度はさっきよりも少しだけ明るいマズルフラッシュが閃き、同じく少し大きな射撃音が狭い洞窟に轟くと、近づいて来ていたアイアンゴーレムの頭部が弾け飛ぶ。
これがジュネヴァン連邦国製の魔法自動拳銃P226の、本当に恐ろしいところだ。
9x19mmパラベラム弾を発射するのは薬莢内に爆裂魔法の術式が織り込まれた魔法陣と魔力精製されたクズ【魔石】だが、銃身にも旋条と一緒に【加速】や【物理強化】などの付与魔法陣が組み込まれており、狙撃手が任意に魔力を込めることでその貫通力と破壊力をある程度までは自由に増大をさせることができるようになっているのだ。
しかも詳しくはまだ【解析】し切れていないが、銃身の強度や連射性と精度維持のために、瞬間的に反発する魔術式や冷却のための【氷属性魔法】が使われているようだった。
「っしゃあー!」
「わわ、うまくできましたよ」
「できまちたっ」
「フィは眠い~」
「フワァ~ニャ」
アリスが雄叫びを上げる横で喜ぶルリとコロンだが、妖精フィと聖獣ルーのお子様二人はやることが無くて眠くなってきたようだ。実は俺も本気ですることが無いんだが。
「そろそろ昼だから、そこの大きな部屋で昼食にしようか?」
「「「「「わーい」」」」」
「ニャア~」
そうしてセーフティーゾーンなんてものは無い地下迷宮だと言うのに、近くにあった大部屋に入って、ドーンと【砂の城】を出す。そしていつものようにルリに魔法結界を張ってもらって、中で昼食を作り始めることにする。
う~ん、今一緊張感というか緊迫感というか、やっぱり何かが足りない気がするのは気のせいだろうか。