第3章17話 鉄貨一枚の依頼
「そう、ここに掴まって。痛くは無いか? じゃあ、無理しないようにゆっくりと足を出して」
今朝は夜明け前から、プチ離宮の庭先に以前ルリが使っていた手摺を出していた。まだちょっと早過ぎるような気もするのだが、ユウナのリハビリを始めている。
【賢者の石】による診察結果からも問題が無いと言われてしまえば、是非もない。
「そうそう、最初は引き摺るようにしながらで良いので、右……、左……、そうゆっくりと」
そんな訳で自分もリハビリの経験があるルリも手伝ってくれて、ユウナに急かされるようにリハビリを開始することにしたのだ。
そして自分のきつかった経験からか、ルリはリハビリを何故か急ぐユウナをこれ以上はない程に甲斐甲斐しく世話を焼くのだった。
それはまるで本当の姉妹のように見えてしまうほどで、前はお手伝いをしてくれていたコロンが遠慮してしまうほどだ。そういえば、ルリには中学生の妹がいたんだったか。
そんなユウナの足元を何が嬉しいのか、【聖獣】ルーがウロウロと歩き回るって危ないので、抱き上げると手足をバタバタさせてすぐにユウナの足元に戻って行ってまた一緒に歩き始める。
子猫なルーもつい数日前に歩き始めたばかりなので、お姉さんにでもなったつもりで、応援でもしてくれているんだろうか。
ところで、【聖獣】のクルガルーガには性別がステータス情報にも無いようなのだが、女性陣の全会一致で女の子として扱うことに決定されている。
ちょっと期待していたんだが、男一人の俺としては益々肩身の狭い思いをすることになってしまっていた。
「少し休むか?」
「……はい」
額にうっすらと汗を浮かべて手摺にしがみ付くようにしていたユウナを抱き上げて、テラスの白いテーブルに連れて行って椅子に座らせる。
「クロセくんにずっとマッサージをしてもらっていたのに。思うように、脚が動かない……」
「それはそうさ、一年近くも歩いていなければ脚の筋肉なんてすぐに細くなってしまうからな。でも、ルリの時もそうだったけど、【身体強化】スキルのおかげで随分と早く歩けるようになりそうだぞ?」
悔しそうにするユウナに、良く冷えたレモン水をコップに入れながらできるだけ軽いテンションで励ます。
「そうですよ、私は一ヵ月ぐらいかかってしまいましたけど、ユウナちゃんならもっと早く歩けるようになりそうですね。私も頑張って早く走ったりできるようになりたいので、一緒に頑張りましょうね。ふんすっ」
「……うん」
肩の高さでマルっこい拳を握って鼻息を荒くするルリに、紫の瞳を細くしてユウナがわずかに嬉しそうに小さな唇の端を上げる。
朝日が昇り始めた庭先の大きな樹の下では、コロンとビーチェが剣術の朝練を続けている。その上空では、虹色の四枚羽を輝かせて妖精が踊るように舞っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃあ、上級地下迷宮の様子も分かったし、今日から本格的に中級地下迷宮をガンガン攻略して――あら?」
昨日は【聖獣】ルーの騒ぎで予定外に急遽お休みとなったこともあって、今朝は殊の外アリスが張り切って冒険者ギルドに来ていた。その目の前には一人の小さな女の子がいて。
ああ、脳裏を精霊樹の街で会ったジュリエッタとロメオの姿が過る。それはアリスも同じだったようで、壁に貼ってあるニースィア周辺の地図を右手で指差したままの姿勢で固まってしまっていた。
その10才ほどの小さな少女は、そう言った意味ではあの二人とはまるで違って、切りっぱなしの布に穴を開けて頭から被っただけのような粗末な格好に、足には何も履いておらず裸足のままで、たぶん暫く水浴びもしていないのか茶色の髪の毛はベッタリと肌に張り付いていた。
冒険者ギルドに来たのは初めてらしく、大勢の武器を持った大柄な大人達を見て――まあ、見るからにガラが悪い連中ばかりだからなぁ。どうしらいいのか分からずに、入り口で立ち往生してしまっているようだ。
その小さな女の子を怖がらせないようにとルリがすぐ横に膝を着いて目の高さを合わせると、柔らかい笑顔で話しかける。
「どうしたの?」
「え……あ? お、お願いがあって来ました。これがお礼です」
そう言って差し出したのは、たぶん錆びて汚れた鉄貨と呼ばれる一番小さい単位の硬貨のようだった。初めて見た。
「そ、そうなの。それじゃあ、一緒に依頼の受付カウンターに行きましょうか? 私はルリって言うの、あなたは?」
「ありがとうございます。エマ。名前はエマです。よろしくお願いします」
おお、しっかりした娘だ。
窓口では受付嬢のニーナがぴょこんとネコ耳を立てて、招き猫のように手招きをしているのが目に入る。あいつの受付カウンターはいつも誰も並んでないんだが、ちゃんと仕事してんのか?
ルリが小さな女の子――エマの痩せて汚れた手を取ると、ちょっとビクッとしたようだった。でもルリがそんなことを気にするはずもなく、そのまま手をつないで営業スマイルを浮かべたニーナのところへ向かって連れて行ってしまう。
「ルリさん、どうされました? あら、依頼ですか?」
「この子、エマが依頼があるんだって。ね?」
そう言ってルリが、少し子供には高すぎる受付カウンターから背伸びして首だけをピョコっと出したエマを優しく横から覗き込む。
「はい。薬草を取って来てほしいんです。これがお礼になります」
エマがさっき見せた鉄貨を受付カウンターに置くが、ネコ耳をペタンとさせた受付嬢のニーナがすまなそうに、本当にすまなそうに説明を始める。
「冒険者ギルドの依頼は最安の依頼料が銅貨からなのですよ。その鉄貨では受けられない決まりなの、ごめんなさ――あ」
錆々の鉄貨のすぐ横に、真新しいピカピカの銅貨がもう一枚並べられる。
冒険者ギルドの受付嬢であるニーナの言葉にしょんぼりと表情を曇らせていた少女が、ギョッとして振り返ってニッコリと微笑んで銅貨を差し出した家のパーティーの会計係であるルリを見上げる。
「それから、この依頼は私達が受けます」
心優しい彼女は澄み切った笑顔で迷うことなく、そう言い切るのだった。
「まあ~、そういうことよ?」
「はいでしゅ」
「フィは……まあ、いいわ」
「ニャア~」
「うふふ、そうね」
「はぁ~。ニーナ、だそうだ」
クスクス笑いながらもみんなが頷いて、痩せてガリガリの少女の両肩を後ろから支えるように触れたまま、凛として胸を張るルリを温かい目で見つめる。
ロシアンブルーのような瞳を丸くしてネコ耳をピンと立てた、受付嬢のニーナは嬉しそうに「うふふ」と笑うと、小さなエマの視線の高さに合わせるようにわずかに屈んでからあらためて声をかける。
「ようこそ冒険者ギルドへ。それでは、ご依頼の内容をお伺いいたします」
ゼロ円ではない笑顔を浮かべると、そう言って受付処理のための書類を受付カウンターに並べ始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
どう見ても貧民街の決して身なりの良くない小さな少女の手を引いて、【ミスリル☆ハーツ】のメンバーが冒険者ギルドを出て行くと。
「ふん。何だ、鉄貨一枚ごときでわざわざ薬草採取の依頼を受けるのなら、合同演習へ参加する指名依頼ぐらい簡単に受けるのではないのか?」
受付カウンターの奥の会議室から覗きみていた侯爵の副ギルマスが出て来て、馬鹿にしたように包帯だらけのみっともない顔のまま鼻で笑う。
しかし、その横を素通りして受付カウンターのニーナの所まで来た真っ赤なチャイナドレスのギルマスが、依頼書を手に取って一読してから表情を曇らせる。
「……そうだろうか?」
「ええ。むしろ、どうやっても受けてくれる気がしなくなりましたよぉ~」
そう言って、シルバーががったブルーのネコ耳をたらんと垂らして受付嬢ニーナは、たはは~、と力なく笑うのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わあ、これおいしいっ。お姉ちゃん、ありがとう!」
冒険者ギルドを出た俺達は、エマの薬草採取の依頼を達成するために――という名目で、小さなエマの話を聞きつつ大通りの屋台で買った串焼きを食べながら、トコトコと外壁の正門を抜けて街道を郊外の林に向かって歩いていた。
そのエマの依頼は本当に普通の、何も特別なことはない、どこにでも生えている唯の薬草を採取してくるというものだった。
「確かに街の外でエマが一人で薬草採取するのは危ないと思うけど、この薬草なら普通に街中でも売ってるでしょ?」
「うん。でも最近は魔術師ギルドが買い占めていて。街では品切れ状態なんです。回復薬もとっても高くなっていて買えないし。それに教会の回復魔法はこのところ値上がりが続いていて」
アリスが串焼きを頬張りながら小首を傾げて話を聞くが、小さなエマはしっかりした口調でキチンと答える。でも、少しだけ口調が柔らかくなってきたか。
「え? 教会の回復魔法ってお金を取るの? それって、お布施ってこと?」
「うん、お布施の金額が回復魔法の種類によって決まっているのです」
ふーん、この世界の神聖教会では、日本のようにお布施の金額はする人が決めるのとは違うんだなぁ、とか思っていると、ユウナが冷たく低い声で全否定する。
「それは、お布施とは言わない」
「はい、数ヶ月前まではその人ができるお金を教会にお布施していたのだけど、それが最近になって急に教会の指定額を支払うように言われてしまって」
食べかけの串焼きを持ったまま、しょんぼりと項垂れてしまう小さなエマ。
ありゃ~、このニースィアでも神聖教会はまた何か変なことをしているようだ。今度、ぽんこつシスターのフランにでも話を聞いてみるか――って、これは!
「ハクロー!」
「ああ、林のある丘の上の方だ!」
その時、妖精のフィが叫ぶのと同時に【ソナー(探査)】のマップに警報が上がっていた。
「【遠見の魔眼】! あれは、……たぶん盗賊よ! あ、馬車が転倒してるっ」
「ちいぃ、【チューブ(転移)】!」
緊迫したアリスの声を聞き流しながら、とにかく街道の先の丘の上に向かって緊急転移する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐぅあああ!」
護衛らしき騎士が背後から切られて、つんのめるようにして地面に倒れる。
「ひへへっ、これで護衛は全部だぁ!」
「よしぃ! じゃあ、ゆっくりといただくとスっかあ」
適当な目測でとにかく転移した先にいたのは、ざっと十人ほどの盗賊風の男達と地面に倒れている護衛騎士が数人、そして馬車はその先の丘の途中で横倒しになっていた。
盗賊達がゾロゾロと向かっている丘の上の先――花畑になっているのか。藍緑色のドレスを着た貴族女性が一人で、そのスカートの裾を掴んで走って逃げている。
すると振り返って、護衛騎士の最後の一人が殺られたのに気がついたのか、綺麗な装飾の短剣を抜いて取り囲もうとしている盗賊に向ける。
「ぎゃはははっ! そんなおもちゃのナイフで殺ろうってのかぁ?」
「ひひひっ。嬲りつくしてから売っぱらってやるんだから、傷つけんじゃねぇぞ!」
グルッと囲まれてしまって逃げ場が無いので遂に諦めたのか、貴族令嬢は風で綺麗な花びらの舞う花畑の真ん中にガックリと膝をついてしまう。
「くはははっ、何だもう諦めたのかよ!」
「もうちっと、抵抗しろよ! 面白くねぇだろぉ?」
侮りの罵声が浴びせられる中、宝石のようなアクアマリンの瞳でキッと盗賊達を睨み返して――クルッと豪華な短剣を逆手に持ち変えたかと思うと。まさか!
辺り一面に色とりどりの綺麗な花が咲き乱れるお花畑の真ん中で、藍緑色のドレスのスカートを舞い散る花びらと共に夏風に振り乱した、貴族の少女は腰まであるシャンパンゴールドの金髪をなびかせながら、迷うこと無く逆手持った短剣に両手を添えて、自分の胸に向けて。馬鹿野郎ォ!
「【ビーチフラッグ(加速)】、【チューブ(転移)】!」
ギィシッ! 『マルチタスク』で並列起動した加速で強制転移をかける。骨が軋む音が聞こえてくるが無視して、目標へ目がけて精密に空間を飛び超えて行く。
蒼い光弾となって、丘の上の花畑の真ん中に到達した瞬間、ガツッと精一杯伸ばした右手で、少女の胸に飲み込まれようとしていた短剣の刃をギリギリ素手で掴んでいた。
「なっ!」
ギョッ、とアクアマリンの瞳を見開く貴族の少女と目が会う。やはりかっ、思い切りが良過ぎだろぉ!
加速と転移に最大魔力を緊急で注ぎ込んだので、自分の【ドライスーツ(防壁)】が疎かになったらしい。素手で掴んだ短剣の刃で手のひらが切れてしまい、飛び散った鮮血が少女の首筋から胸元に流れ落ちる。
「生きておめおめと、好きになどさせるものかっ!」
それでも貴族の少女は、その全力で短剣を自分の胸に向けて押し込もうとするので、痛い、痛い、ザクザク切れて痛いぃ!
「た、助けに来た!」
余りの痛さにつっかえながらも、しかし安心させるように声をかける。が、周りが見えていないのか、激昂して我を忘れているのか、――それともTシャツ短パン姿の俺の格好が怪しいからか、貴族令嬢はまだグイグイと短剣に力を込め続ける。
ああ、痛い~、素手で刃物と握手なんかするもんじゃないなぁ。
「ハクロー。あんた、何やってんのよ」
遅れて【神速】でお花畑を突っ切ってやって来たアリスが、腕組みをしながら呆れたように見下ろしている。
「だってよぉ~、死のうとするんだもんよぉ~。痛い、痛い、痛いってぇ~!」
まだ、短剣を離さない貴族の少女に、思わず泣きが入りそうになり情けない声を上げてしまう。
「はあ~、もう大丈夫よ。盗賊は殲滅させたわ」
「え?」
パッ、と短剣から少女の力が抜けて、スッポ抜ける。
「うおっ、痛たたぁ~。あ、忘れてた、回復魔」
「わわわっ、ハクローくんっ。精霊さんお願い!」
「はあ~、【ハイヒール】っと」
何かすっかりド忘れしていた回復魔法をかけようとした瞬間に、ルリの精霊さん達とアリスの回復魔法がかけられる。
ああ、手の切傷がふさがって痛みが無くなっていく。それにしても、もうルリも来たようだ。走って来たのだろうか、思ったよりも速い。
「なっ、精霊っ! しかも高位の……六精霊、あ」
また、ギョッとする貴族の少女がふと周囲を見回すと、辺りには股間を黒焦げにされて、十人ぐらいの盗賊の男達がお尻だけを突き上げてうつ伏せに倒れ伏している。
アリス曰く、呼吸法が良くなったので、魔法制御の精度がかなり向上して、連続での遠距離ピンポイント爆撃を可能とした結果らしい。
「大丈夫ですか? 怪我は――してないようですけど。今、濡れタオルで血を拭きますね?」
「え? あ、ああ……ありがとう」
ルリが水精霊に水を出してもらってタオルを濡らして、首から胸にかけて血だらけになっている貴族の少女を拭いてあげる。遅れてコロンがエマとフィを伴ってユウナの『車椅子』を押しながらやって来た。
そのエマの姿を確認しながらアリスが、まだ呆然としている貴族令嬢に訊ねる。
「お供と護衛の人達は、お気の毒だけど全滅してるわ。これから私達はこいつらを縛り上げてから、この子のクエストを片付けてから街に戻るけど――どうする? まあ、そんなに時間はかからないと思うけど」
「あ……そ、それでは、ご一緒させてください」
まあ、お貴族様のご令嬢が護衛も無しで、ここから街までの距離を一人で歩いて帰るのは無理だわなぁ。たった今、危ない目にあったばかりだし。
「あそ、私はアリスよ」
「ルリです」
「コロンでしゅ」
「フィよ」
「ニャア~」
「この子はルーで、私はユウナ」
アリスの素っ気ない一言に、流れるようにみんなが続けて自己紹介するので、ちょっと遅れてしっかり者の小さなエマも挨拶をする。
「あ、わ……私はエマと言います」
間違いなく貴族だろう令嬢にたじろぎながらもキチンとした自己紹介をする少女に続けて、俺も手にした短剣の血を拭き取ってから空中でクルッと回転させると、刃をつまんで柄の方を貴族令嬢に向けて返す。
「ほら、これは返しておく。俺はハクローだ。冒険者をやっている」
「あ、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。私はレティシアと言います」
礼を言いながらも家名を口にしない貴族令嬢。まだ15才ぐらいだろうに――さっきの行動といい、しっかりし過ぎの娘さんのようだ。
まあ、聞かされる家柄しだいでは、この娘をどうこうしようと考える奴もいるだろうし、それはそれで変なことに巻き込まれかねないからなぁ。
ただ念のために、【解析】で家名がクライトマンであることを確認しておくことは忘れない。
そんなことをボンヤリと考えながら、盗賊の手足を『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で縛るついでに、武装解除して懐の財布も押収してしまう。
「それじゃ、サッサと薬草を取って帰るとするかぁ」
突然のことにビックリしたままのエマに向かって言うと、【ソナー(探査)】のマップに表示されている薬草のマーカーに向けて歩き出す。
「それにしても、こんな街の近くの街道沿いで盗賊なんて――ニースィア近郊って治安が悪いの?」
ちょっとだけ呆れたように訊ねるアリスに、貴族令嬢のレティシアは静かに首を振って見せる。
「いえ、普段はそんなことは無いのですが。ちょっと前に王都で発生した魔物暴走の支援のために結構な人数の冒険者が向かってしまったために、最近はこの周辺の治安が悪化してきているようです」
それを聞いたルリが、少し困った顔をしてつぶやく。
「あぁ、あれですか。魔術師ギルドの回復薬も神聖教会の回復魔法も高くなってきているらしいし、何だか住みにくくなって来てるみたいで嫌ですねぇ」
「え? 回復薬と回復魔法が値上がりしている?」
「らしいな、それで今から薬草を取りに行くんだけどな」
お貴族様なレティシアは知らなかったようで、上品に首を傾げる。ルリと手をつないでいるエマと一緒に苦笑するしかない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「今度あらためてお礼に伺いたいので、泊まっておられる宿泊先を教えていただけませんでしょうか?」
マップに表示された薬草を大量に採取してニースィアの街まで戻ると、貴族令嬢のレティシアがそんなことを聞いてくる。しかし、流石に王家別荘とは言えず。
「冒険者ギルドに言づけてくれればいいわ。それより、街の中も治安が悪くなっているかもしれないから、少なくとも貴族街までは送っていくわよ」
「重ね重ね申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
そんなアリスがヒラヒラと手を振ると、お嬢様なレティシアはそこは素直に納得したようだった。
送っていくついでに冒険者ギルドに寄る途中で、大通り商店街で盗賊から押収した装備類を売り払って金に換えておく。意外といいものを持っていたようで、結構な金額になった。
「あら、流石に早かったですね」
冒険者ギルドに戻るとまた暇そうに手を振るネコ耳受付嬢のニーナに、依頼クリアを報告すると、何故かニマニマと嬉しそうにしながらクエスト報酬として銅貨一枚と鉄貨一枚を渡してくれる。
あれ、ギルドの手数料が引かれていないようだが。
それを笑顔で受け取ってたルリが、採取してきた大量の薬草の束と一緒に盗賊の装備を売り払ったお金をコッソリと袋に入れると、イタズラっぽく片目を瞑ってエマに手渡す。
「ここでは開けないのよ?」
「あれ、重い? うん、わかった。ありがとう、ルリお姉ちゃん」
「えへへ~、おねーちゃんだからね!」
嬉しそうなルリを横目で眺めていたアリスが貴族令嬢のレティシアを手招きして、同じく嬉しそうにネコ耳をピクピクさせていたニーナに小さな声で盗賊討伐の報告を始める。
「えーっ? また、アリスさん達は何をやってるんですか! ちょっと目を離すと、すぐに何かにぶつかって来て!」
「いや、私達は悪くな」
「すぐに警備の騎士団に冒険者とギルド職員を向かわせます。あなたちすぐに用意して。私はギルマスに報告を」
ガーッ、と吠えると、唇を尖らせたアリスの文句も聞かずに、周囲のギルド職員達に指示を飛ばす。そうして、自分もロシアンブルーのしっぽを振りながら奥に走って行ってしまった。
「あー。まあニーナに任せておけば、護衛の人達の遺体もすぐに回収されるはずよ。それじゃ、エマを送って行きながら、ついでに貴族街まで送っていくから」
何かを諦めたようにガックリと肩を落とすと、そんなことをつぶやきながらアリスはトボトボとギルド会館の扉に向かうだった。