第3章15話 火竜の討伐
「な、なんだ……これは?」
「嘘だろう……こんなことが」
「信じられん……夢かこれは」
あれから、アベル達三人と臨時レイドを組んで『灼熱の火竜』という、地下一階層だけで構成された上級地下迷宮に挑戦していた。
ついて来ると言った割には、溶岩が流れる地形ダメージの灼熱対策を考えていなかったらしい三人は、足を踏み入れた瞬間に固まってしまっている。
無論、レイドメンバー含めて全員に【ドライスーツ(防壁)】をかけて体温調整もしてあるので、肉体的には問題が無い。ただ如何せん精神的なダメージが大きかったようだ。しばらくは大人しくしていてもらうしかないか。
心の準備も無くウロウロされて間違って溶岩の中に落ちたりすると、流石に【ドライスーツ(防壁)】といえどどうなるか分からないからな。
ぶち抜きの地下一階層だけの地下迷宮は巨大な野球場ぐらいの広さのある一部屋は、所々に溶岩が流れているフィールドで、耐熱装備を持っていないと五分と生きてはいられない劣悪な環境だ。
そこに、剣や槍で武装したリザードマンの兵士が50匹ほど、ラスボスを守るようにこっちに向かって走って来ている。
そして肝心のラスボスである火竜はというと、さっきから一番奥の祭壇の前から一歩も動かずに、こちらの様子を窺っていた。
「魔術結界を展開しました! 補助魔法を付与していきます!」
まずはルリが後衛を守る結界を張って、メンバー全員にバフの付与を開始している。
「来たぞ! まずはこいつらを片付ける!」
いつもの攻撃陣形で先頭に立つと、【ソナー(探査)】によるマップで上空から俯瞰してアラートに備えながら、接近する順番にターゲットを選別する。
「『マルチタスク』並列処理、同時起動、【HANABI(爆裂)】、【チューブ(転移)】、【AMW(ノイズ)】、【波乗り(重力)】、起動待機」
【解析】で視ると敵のリザードマンは、だいたいLv50~55といったところだった。俺がLv23だから、単純にレベル換算で半分以下という計算になる。
ちなみに後衛でまだ固まったままのアベル達三人はLv35~38と、既に中級冒険者と言っても遜色のないレベルだ。
来た! 転移魔法で最初のターゲットに指定したリザードマンの背後にゼロ距離で出現して、ガキンッ、と腰に下げた直刀【カタナ】を【抜刀術】で振り抜くが異常に硬い鱗に阻まれて切断することができない。やはりか!
これは、この圧倒的なレベル差からも、予想されていたことだ。
すぐさま、左手で抜刀した直刀【カタナ】の片刃を、魔素を数百MHzの高周波数で励振させて振り抜く。
バシュッ、と血飛沫と共にリザードマンの首が、絶叫して乱杭歯を見せた口を大きく開けたまま斬り飛ばされて宙を舞う。逝ける!
後には、光の粒子にその姿を変えたリザードマンが掻き消えて、ドロップアイテムと【魔石】だけが残される。
瑠璃色の瞳だけを動かしてマップ上の次の標的を視認すると、再び転移魔法でその背面に現れて次の瞬間にはリザードマンの首を斬り飛ばして、光の粒子に代わる前に姿を消していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「来る!」
『車椅子』に座るユウナが両手で構えているレーザーサイトを外した魔法自動拳銃P226が、ズドンッと爆発音を響かせると、溶岩で赤く照らされたフロアにマズルフラッシュの真っ白な閃光が煌く。
その瞬間、百m程離れたリザードマンの首から上が、紅い花弁が舞うように消えて無くなっていた。
チィン、と焼けた空薬莢の落ちる音を聞きながら、ユウナが小さくつぶやく。
「少し魔力が多すぎたか」
次の標的に照星を合わせて照門を覗き込むと、ドンッと再び爆発音が鳴り響き眩しい閃光が消えるよりも早く、リザードマンの眼球から入った9x19mmパラベラム弾が脳をグシャグシャにかき回して頭蓋骨の内側に張り付いていた。
「これぐらいの魔力で十分。後は……」
チィンと響く音を聞きながら、次のターゲットめがけて静かにトリガーを絞る。眼球から紅い華を咲かせたリザードマンは自分が死んだことにも気づかずに、その身体を地面に投げ出すように倒れ伏すのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちぃっ、流石にこのフロア全てを凍らせるのは無理そうね。仕方ないか。【遠見の魔眼】起動、【未来視の魔眼】起動、ターゲット捕捉――超位光魔法【アリス・レイ】発射!」
ヒュン! 紅と蒼の螺旋が渦を巻いた細い光が空中に線を引く。すると、百m程先のリザードマンが仰け反り立ち止まる。驚いたらしく目を見開いた顔の額からは血が溢れ出しているが、死ぬことは無いようだ。
「ちぃっ、硬い! いや、【光属性魔法】のレベルが低いからか? ならば、次弾装填――【アリス・レイ】!」
ヒュン! 再び紅と蒼の螺旋が空中に線を描くと、額の血を拭いていたリザードマンは両目を光に薙ぎ払われていた。
両目から侵入した螺旋光は眼底を突き抜けて脳を焼き尽くしてしまう。
ドシャア、とリザードマンはその場に糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちて、両目からは脳漿を溢れさせながら焼けた白煙をあげる。
「よし、行けるわ! それじゃあ、【アリス・レイ】連続発射!」
ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! 紅と蒼の螺旋が曲線を描きながら空中を切り裂く度に、リザードマンが一人、また一人と両目から白煙を上げながら崩れ落ちていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇
リザードマン達が五十m程まで近づいて来た時には、その数は半分以下にまで減っていた。それを見ていた、火竜はおもむろに前のめりになると、パカッと大きな口を開けて尖った乱杭歯を見せると「ぎゃあおおおおおお!」と咆哮を上げる。
【女神アルティミスの加護】による全ての状態異常を無効化を持つ俺達は何てことは無かったが、アベル達三人は火竜の咆哮による【威圧】をまともに受けて今度は本当に動けなくなってしまっていた。
そして、羽の生えた大きな赤い蜥蜴のような両の脚を踏ん張ると、ズバンッと蝙蝠のような大きな羽をはばたかせて空中を滑空し始める。
「来るぞ!」
最前線で転移と抜刀を繰り返していた俺が叫ぶと、アリスはついに神話級【剣杖】を抜くと高々と掲げる。
「ハクローとユウナは火竜討伐! ルリは後衛の結界強化! コロンとフィは後衛の直援を!」
「【AMW(ノイズ)】!」
アリスの掛け声に合わせて、さっきから単パルスで周波数振動パターンを【解析】していた火竜の魔力にジャミングをかける。が、流石は膨大な魔力量を誇るドラゴンだけあって、完全に魔力を妨害し切ることができない。
でも! ホワイトノイズがだめなら、ランダムノイズのピーク値を最大に増幅してジャミングをかける。すると、フラフラと飛行していた火竜が突然、グラッと傾いたかと思うと、ドダァンッと地面に墜落してしまう。
空の王者が地面を舐めることなどこれまで無かったのか、何が起きたのか理解できずに何度も飛行しようと魔力を込めては失敗しを繰り返して、最後には逆上して咆哮をあげ続ける。
ああ、その度にアベル達三人が脂汗を流して硬直してしまっている。
「落ちたぞ!」
振り向く余裕もなく叫ぶと、ユウナの魔法自動拳銃P226がこれまでに無い轟音と共に発火炎をまるで火炎放射器のように吹き出す。
バガァンッ、という衝撃音がして火竜の分厚い鱗が数枚吹き飛ぶ。が、9x19mmパラベラム弾が硬い外皮を貫通することは無い。しかし――。
「よし! 効いてるわ! ハクロー、爆裂魔法!」
「【HANABI(爆裂)】連続起爆だ!」
アリスの声に呼応するように、発射された爆裂魔法が火竜の顔面に直撃する。しかし、やはり鱗を飛ばすまでには至らない。ただ、火竜といえども唯では済まないようで、大きな口を開けて仰け反るように咆哮を上げる。
その間も白煙を上げる火竜の心臓めがけて、既に鱗の無くなったまったく同じ個所にユウナはひたすら9x19mmパラベラム弾を撃ち込み続ける。
しばらくすると、【身体強化】も【物理強化】も【竜鱗鎧化】というレアスキルも、ジャミングにより碌に機能しなくなった、火竜の外皮が物理的な強度限界を迎える。
バガァンッ、バガァンッ、という硬い衝撃音から、ズドォン、ズドォンという肉を切裂く炸裂音が混ざるようになると、辺りに血煙が舞い始める。
流石の火竜も再生する間も無く、全く同じ個所をピンポイントで撃ち抜かれ続けて、血肉を撒き散らすようになると激痛に堪え切れなくなったのか、地面を這って逃げようとする――が、逃がすはずが無い。
これでもかと、最大魔力を注ぎ込んだ爆裂魔法を、奴の目といい口といい顔の至る所に直撃させてその場に釘付けにする。
余りの絨毯爆撃に口を開けていることもできなくなった火竜は、口を閉じたままでイヤイヤとでも言うように首を振り続ける。
だが、次の瞬間ガクンと俯いたかと思うと――。
「ブレス! 来るわよ!」
【未来視の魔眼】で火竜のファイアーブレスを視たアリスが叫ぶと、周囲に高位六精霊を従えたルリがその両手を天に向けて仰ぐように掲げるので、俺もすぐさま魔術結界の中に転移して退避する。
「精霊結界!」
魔術結界のその外側に、六色に輝く精霊結界がその姿を現したその時。
ゴォオオオオオオオオオオ!
フロアを真っ赤に染めて、灼熱の火炎ブレスが全てを焼き払う。もちろん、【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を持ったコロンの【二刀流】とフィの幻影魔法そして魔術結界に阻まれて、近づくことすらできなかったリザードマン達も例外ではない。
あっという間に、全身を灼熱の業火に包まれると消し炭になって、光の粒子をのこして消え去ってしまう。おいおい、【魔石】やドロップアイテムまで燃やさないでくれよな。
しばらくして視界が戻ると、火竜のブレスは消えて代わりにフロアの壁と地面は溶けたガラスのようにトロトロの飴化していた。
「次のブレスまでに決める! 火力最大! ぶちこめぇ!」
アリスの絶叫と共に最大出力で爆裂魔法が発射され、ユウナの魔力が最大まで込められた9x19mmパラベラム弾が硬直して動けない火竜の心臓めがけて着弾する。
「ぎゅぁああああああああああ!」
心臓を守る胸の外皮と筋肉が血飛沫と共に飛び散り、さしもの火竜も堪え切れずに辺り構わず中途なブレスと共に咆哮を上げる。
「止めだ! 超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】! くたばれぇ、羽付きトカゲェー!」
バシィーンッ! と一瞬にしてユウナが穿った心臓を中心に絶対零度に原子運動を凍結停止させられた火竜は、その指先と足先もそして長い尻尾の先までもシャリシャリと凍らせて完全に活動停止してしまう。
「よっしゃあー! 火竜、狩ったどぉー!」
勝利の雄叫びを上げたアリスは、ゆっくりとまるでアロハでも着ているように両手を横に出して、フラダンスのような勝利の踊りを捧げるのだった。
そうか、それを一度やってみたかったのか。
ようやく、巨大な火竜の体躯が光の粒子となって消え去ると、後には巨大な【魔石】にレアドロップの『竜玉』とその他の『火竜の肉』などが残されていた。
『火竜の尻尾』は斬り落としていないからか、残念なことにドロップしていない。あのしっぽを斬り落とすのか――無理だろ?
「えーっと、ダンジョンコアは――この大きな『水晶石』でいいのかなぁ?」
一踊りして気が済んだのか、アリスがフロアの奥にあった祭壇からクリアアイテムを【収納】にしまうと、アッサリと声をかけてくる。
「じゃ、帰ろっか」
そうしてフンフンと狩ゲーのテーマソングを鼻歌で歌いながら、軽い足取りでクリア後に出現する転移魔法陣に乗って消えてしまった。
「あ……ああ! お前達、初見で火竜っておかしいだろぉー!」
「あの完全無敵の防御結界は何なんだよ!」
「それにあの極大魔法って、超位魔法じゃないのか?」
全てが終わってから我に返ったらしい、アベル達三人が思い出したように騒ぎ出す。
「はいはい、他人のスキルや魔法を詮索するのはマナー違反ですよ、先輩方。
それから、ここで見たことは他言無用の約束ですからね? うっかり酔っぱらって飲み屋で喋ったりすると、俺には探知できるようになっているので気をつけて下さいね~。
酔って足を滑らせて、頭を打って死んだりしても困りますからねぇ。フフフッ」
「「「え……?」」」
「じゃ、帰りましょうか?」
そう言って、ギョッとして固まっている仲良し三人組を放っといて、俺もサッサと転移魔法陣の上に乗るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、これが討伐報酬の頭割りで――ああ、俺達よりも取り分を多くしてあるので、素材の方は悪いけどこっちで貰うね?」
冒険者ギルドに帰還すると、早速、ネコ耳受付嬢ニーナを捕まえて上級地下迷宮『灼熱の火竜』のクリア報告を頼んだのだけど、「ぎゃああああ、リアーヌ様ぁ~!」とか叫んでしっぽを振りながら奥に逃げてしまった。
ビックリしているとロシアンブルーなネコ耳をペタンとさせて、コソコソと帰って来てみんなのギルドカードを、シタッと奪い取ってまた走って行ってしまう。
ちゃんとギルドポイントも記録してくれたみたいだから別にいいけど、仕事が忙しくてストレスが溜まっているなら休暇でもとってリフレッシュした方がいいと思うけどなぁ。
それはそうと、初級Dランクで先輩冒険者のアベル達三人なんだが。
「あ~、俺達は報酬はいらない」
「ああ、何もしていないしな」
「いいモンを見せてもらっただけで十分だ」
ん? 何、言ってんだろう。
「そうはいかないだろ? ちゃんと、頭割りにしてあるんだから」
「ああ~。それじゃ、また今度俺達と一緒に地下迷宮潜ってくれよ」
こいつらのことだから後から揉めることも無いとは思うが、「お金のことはちゃんとしておくように」と母親からも言われていたので困惑していると、アベルがまたあの爽やかな笑顔で俺の肩をポンと叩いてくる。
そして獅子人族のレオンは、あっはははと笑いながら、エルフのカミーユも苦笑しながら俺の肩をポン、ポンと叩いて行く。
「そうだな、今度は俺達の実力も見せてやるからよ」
「このままじゃ、彼女達の手前格好わるいですからねぇ~」
そう言い残して、男同士で仲良く三人で肩を組んで笑いながらギルド会館を出て行ってしまった。
そんなあいつらの後ろ姿を見て、俺は何だか少し羨ましい――と思ってしまうのだった。