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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第3章 冒険者ギルド編
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第3章11話 海水浴へ行こう


「それじゃ、今日はCランク昇級のお祝いでお休みということにして、みんなで海水浴に行くわよ!」


 そう言って、プチ離宮(トリアノン)のリビングで拳を突き上げるアリスと、両手を万歳(バンザイ)して喜ぶコロンとフィのお子様達。


「「わーい!」」


 昨日はちょっとだけ大暴れしてギルド会館の練習場を壊してCランクの昇級試験を合格したので、今日はご褒美(ほうび)にゆっくりとお休みを取ろうということで、9月に入ってもまだまだ泳げるというニースィアで海水浴に行くことを思い立ったように計画していたりする。


「うふふ、私も海で泳ぐ海水浴というのは初めてなので楽しみです」


「はい、姫様。基本的に引き()もりな姫様が太陽の下で海に()かっても、干からびてしまわないか私はとっても心配です」


「ぐっ、……クラリスは余計なことを言わなくてよろしい」


 お姫様なミラに侍女のクラリスも嫌がることなく喜んでいるようでまずは良かった。


「クロセくん、塩水のたくさんあるという海を間近で見るのは初めてなので楽しみ。で、でも、わ……私なんかが一緒に海に入っては」


 嬉しそうに綺麗なアメジストのような紫の瞳を細めたユウナが、また変なことを考え始めたようなので、ゆっくりとそのプラチナブロンドの髪を()でる。


「ほら、ユウナも余計なことは考えないで、元気を出せって。そうだな、海はデカイぞぉ~。水平線の彼方(かなた)まで塩水でいっぱいなんだぞぉ~」


「ええ! ふふふ、そんなに大きいの?」


 初めて見るだろう海を思い描いて、子供のように目を輝かせるまだ3才のユウナ。

 ところで、この異世界のニースィアの海では(ぼん)の頃を過ぎても、海月(クラゲ)は出ないらしい。あれ、刺されると痛いんだよ。


 そして実は王都のいつもの洋服屋で、【時空錬金】で錬成して『超撥水(はっすい)繊維』を再現させた、この世界では最先端技術の水着が全員分、既に複数着用意されてあるのだ。

 ただ、ユウナの分は流石(さすが)に作ってなかったので、姉妹店であるここニースィアの洋服屋に同じく『超撥水(はっすい)繊維』を渡してアリス監修のもと、みんなの分も含めて最新デザインの水着をいくつか追加で製作してあったりする。


「という訳で、みんなの水着を用意したわ。まあ、好みもあると思うし、サイズがか、か、……変わっている()もいると思うから、適当に何着か準備しておいたから好きなのを選んでちょうだい。少しぐらいなら、ミラが手直しもしてくれるからね。じゃ、ハクロー」


「はい、それでは早速(さっそく)。ゴホン。

 今回ご用意させていただいた水着は『超撥水(はっすい)繊維』を駆使して、水との親和性をとことん追求することで過去最速となる加速スピードを実現しただけでなく、(なめ)らかな肌触りで着心地も満足いただける仕様となっております。

 また同時にこれまで撥水(はっすい)性能維持に問題を抱えていた、最大の欠点である構造劣化を【物理強化】による物性変化で」


「ハクロー、話が長い」


 アリスのカンスト最凶(さいきょう)スキルのひとつである、【一刀両断】が発動された――ガックシ。


「ぐすん……この包みに洋服屋さんがそれぞれ上下セットで複数入れてくれていますので、各人でサイズなど間違いないかご確認ください」


 そうするとアッという間にアリスがこの世界に持ち込んだ、みんなが初めて目にする異世界の最新流行デザインの水着に、それぞれが包みの中をチョコっと(のぞ)き込みながら、キャイキャイ言いながら騒ぎ始める。


「今日はどれにしようかしら?」

「わふ~、ハク様。こんなにいっぱいありましゅ」

「フィのもあるのよ~」

「わ、私のまでこんなに色々あるけど、クロセくん……」

「きゃあ~、な、何この布の少なさはっ! ほとんど下着じゃないですかぁっていうか、下着よりも布が少ないってどーゆーことっ?」

「ふふふ、姫様。これこそが、異世界ビキニという最先端モードらしいですよ?」


 お子様たちは大喜びのようだが、大人なミラとクラリスはこの世界の水着とかけ離れたデザインにちょっとビックリしてしまっているようだ。

 だが、そんな中でルリだけは渡された包みを(ひら)くこともなく、胸に大事そうに抱えたままで、えへへ~と笑いながらそっと手を上げる。


「水着なんですが、その……私は」


 ああ、やっぱり。ルリは自分の胸にある大きな開胸の手術痕が、どうしても気になるようだった。

 当たり前だ、お年頃の女子高校生なんだから、人目につく傷を隠すこともできない水着で気にするなと言われても、そんなのは無理というものだ。

 だから覚悟を決めるとゆっくりとルリに近づいて、その華奢な身体をそっと胸に包み込むようにして抱きしめる。


「え?」


「ちょっと、ハクロー!」


 突然の痴漢(チカン)行為に顔を真っ赤にして、いつものように蹴り飛ばそうとするアリスに構わず、身体(からだ)全体の全ての魔力を全力でつぎ込んで【ライフセーバー(救命)】をかける。

 ブンッと左腕の二の腕のトライバルが浮き上がると蒼く閃光を発して、そのままルリを抱きしめた俺達二人の周囲をたくさんの魔法陣が多重展開して三次元に複合回転を始める。


「え?」


 俺を蹴り飛ばそうと上げた足を下ろし損ねて、片足を上げたままで身体を輝かせるルリを見守ることになってしまったアリスは、ポカンと(くち)を開けたままだ。


 いや、それよりも……頭の中から、錆びたギアが(こす)れるような大きな、ギッギッギッ……という摩擦音が響き渡るのを、全身に脂汗を浮かべながら必死に耐える。

 頭蓋骨が(きし)むような激痛から、ついルリを抱き締める腕が震えて少し(ちから)が入ったりしているかもしれない。

 だが、今離す訳にはいかない。もうちょっと、もうちょっとの辛抱(しんぼう)だ。全身から吹き出る冷や汗に耐えながら、もう少しで……。


 (しばら)くそうしていると、蒼い閃光の明滅がおさまっていく。そして抱き締めているルリの服の下の手術痕が消えていることを直感的に確信すると、少し気が抜けたのかガクッと(ひざ)を着いてしまう。


「ど、どうだ? ルリ……」


 抱いていた身体が離れたルリが、自分のワンピースの襟口(えりぐち)から胸元を(のぞ)き込むと。


「あれ? あ…………ありませんよ、ハクローくん。傷が綺麗に無くなっていますよ、ハクローくん。ありがとうございます、ハクローくん。う……うふふ」


 そう言って、紅い瞳を細めると薄っすらと涙を浮かべながらも、優しく微笑んで見せてくれるのだった。


「ハクロー、どうやったのよ!」


 ようやく足を下ろして飛びかかって来たアリスに、ズキズキする頭でボンヤリと(くち)を開く。


「左腕のトライバルに内蔵されている未完成の【時空魔法】の魔法陣を使って、アカシックレコードの一部に直接(ダイレクト)アクセスして、レジストリを書きかえた。傷痕(キズあと)を消すのではなく、ルリの全身にある全ての傷痕(キズあと)の情報だけをまとめて()()()()ことにした」


 ああ、これはコロンに超位回復魔法の時と同じ、いやそれ以上にやっぱりキッツいなぁ。


本当(ホント)だ、お腹の手術痕もありません! あ、小さかったときに転んでできた、膝小僧(ひざっこぞう)(キズ)も無くなっています?」


「あ、こ、こら、お腹をしまえ! スカートをたくし上げるなっ。マリンブルーのパンツが見えてるって!」


 (ひざ)を着いて座り込んだまま、額に脂汗を浮かべた俺の顔の前に、スカートを(めく)って柔らかそうなお腹を丸見えにしているルリに、残りの(ちから)を振り絞って(なん)とか(しか)りつけている、と。


「見るな!」


 ゴンっ


「あいた!」


 後ろから後頭部をいつも通りにアリスに蹴り飛ばされる。

 だがルリはもう一度、(ひざまず)いたままの俺の頭をふっくらしてきた胸に抱きしめて、そのまま背中に両手を回す。


「あ……りが……とうご……ざ……いま……す」


 震える小さな、けれど鈴をコロコロと(コロ)がすような綺麗な声が、抱きしめられた頭の上からくぐもって聞こえてくる。

 しかし、抱きついてきた彼女は顔を俺の瑠璃色(るりいろ)の髪に埋めてしまっているので、涙が(こぼ)れるところは誰にも見えはしない。

 だから俺は抱きしめられたままに、上から垂れ下がる白髪(しろかみ)をゆっくりと()でる。優しく、()で続ける。




◆◇◆◇◆◇◆◇




「ええー! 海水浴ですか? 行きます、行きますぅ~、連れてってください~」


 仲間外れは可哀想(かわいそう)なのでシスター・フランも海水浴に行けるか、誘ってみるために神聖教会の神廟(しんびょう)という所へと立ち寄っていた。

 神廟(しんびょう)と呼ばれる建物自体は、大理石を切り出した普通の教会堂や大聖堂と大して変わらないようにしか見えないんだが。


「ああ、ここニースィアの神聖教会は、何故(なぜ)(いにしえ)の昔から神廟(しんびょう)と呼ばれているのですよ。女神様の眠る場所とか言い伝えはいくつかあるようなのですが、今では確かなことは分からないようです」


 少し自慢だったのか無駄(ムダ)に元気そうなドヤ顔で、ふふん、と凶暴な胸の膨らみを揺らすぽんこつフラン。

 ああ、こいつを海水浴に連れて行くのは、アリスの心の安寧(あんねい)のためにも良くは無かったのではなかろうか。とか、余計な心配をするのだが。


 ギロッ。


 はい、もう分かってますとも。だからアリスさん、そんなに(にら)まないでくださいよ。

 その横で少し心配そうにルリが、王都の神聖教会の大聖堂でのことがあったからか(たず)ねる。


「それで、新しくニースィアには来たばかりだけど、ここの教会と修道院はどうですか? また、(いじ)められてたりはしてませんか?」


「はい、ここの枢機卿はとても立派な方で――神聖教会の長い歴史においても唯一人(ただひとり)の女性の枢機卿で、元【聖女】候補にまでなった立派な方なのですよ」


 意外なことに、ニコニコと嬉しそうに答えるシスター・フラン。今度は良い人そうで本当(ホント)によかった。

 それを聞いたルリも少しホッとしたのか、やさしい笑顔でもう一度(たず)ねる。


「それじゃあ、一緒に海水浴には行けそうですか?」


「え~と、ちょっと聞いてきますので待ってい」


「構わんよ、言って来るが良い」


 俺達が神聖教会の中に入るとまた()めても困るので、神廟(しんびょう)の外の大通りで立ち話をしていたのだが、突然のように二階の窓から声をかけて来られたようだ。

 

「あ~、枢機卿ぉ。この方達と出かけて来ても良いのですかぁ?」


「ああ、構わん。夕飯までには帰って来るんだよ」


「ありがとうございますぅ~。それではルリ様、行きましょう!」


「わわわっ」


 わーい、とルリの腕を取って()ねるように海に向かって引っ張って行ってしまうぽんこつフラン。まだ、ルリは走れないんだから、ゆっくりと歩いてやれよな。




 神廟(しんびょう)の二階の窓に手をかけたまま、その後ろ姿をジィッと見つめる初老の枢機卿は、自身もその後ろから誰かに声をかけられたようで、振り向きもせずに答えるのが聞こえてくる。


「ふん、お前さんに王家の相手が務まるのかい? なら、余計な口出(くちだ)しは(つつし)むことだ。あの()はお前さんにはできないことをやっているんだ。余計なことして、邪魔なんかするんじゃないよ」


 そう言い放つと、窓の向こうに引っ込んでしまった。やっぱり、ここの教会の中にも【神託】スキル持ちの【女神の使徒】であるフランをよく思わない奴らは相変わらず何人かいるようだ。ただ、女性枢機卿には何か考えがあるようだが。

 それだけを見上げるように確認すると、少し足早(あしばや)にユウナの『車椅子』を押しながら、みんなの後を追うことにする。




 しかし、室内に引っ込んだはずの枢機卿は窓から少しだけ離れた場所に立ち、その目を細めて鋭い視線をキャイキャイと腕にしがみついたままじゃれつくフランと、そして引っ張られていくルリへと向けていた。

 そんな視線を(さえぎ)るようにワザと振り返ってやると、枢機卿は少し驚いたように目を丸くしてから、ニヤッと笑うと今度こそ姿を引っ込めてしまう。


 元【聖女】候補って言ってたがあの(ババア)、絶対に只者(ただもん)じゃないだろ。まあ、そうでなくては女性の身で枢機卿にはなれないということなんだろうけど。




◆◇◆◇◆◇◆◇




「あの者達に喧嘩(ケンカ)を売ったのか、王都大聖堂の馬鹿(バカ)者達は……」


「は。真偽は定かでは無いのですが、どうも王都の神聖騎士団は超位風魔法の一撃で全滅させられたらしいです。

 それに(うわさ)では、つい数日前に修道女フランチェスカと共にここニースィアに到着したばかりなのですが、やって来た時は見習い冒険者のFランクだったはずなのに、三日後の昨日には中級冒険者であるCランクにまで昇級していたらしいとも聞いています。

 その時に、例の貴族派の侯爵である副ギルドマスターを半死半生にして病院送りにしていますね」


 メガネをかけた秘書のような修道女が報告書を読み上げるが、それを聞いていた女性機卿は、ふん、と鼻で笑う。


「さっき追い出した司教の奴も、()りずに修道女フランチェスカとその交友関係に馬鹿(バカ)なちょっかい出しているようだと、どうなっても知らないからね」


「しかし、元聖女候補のクレメンティーナ様が枢機卿の名を持ってお話をすれば、彼らと言えど」


 そんなことを言い出すメガネの修道女をギロリと眼光だけで黙らせると、肩を(すく)めて手をヒラヒラと振る。


「はあ~、お前の話はもう聞きたくないね。とっとと下がりな」


「……はい」


 自分の話を取り合ってもらえなかった秘書っぽい修道女は苛立(いらだ)つようにメガネをしまうと、不満な顔を隠そうともせずに不貞腐(ふてくさ)れた態度のままで扉を開けて出て行く。


「はあ~、もう少し使い物になるまともな駒はいないもんかねぇ。そういえば、セルヴァン支局はどうなったんだい。ちっとも連絡が来ないじゃないか」


 神聖皇国の聖都に次ぐ二番目に重要な信仰の聖地である()の地を拠点に押さえている、長身で細身のキツイ目付きをした次の教皇も最も近いと言われている枢機卿を思い出して、苦々(にがにが)しい顔をする。


「まったく、どいつもこいつも使えないったらありゃしない。とにかく、あの様子じゃここに呼び付けるのは得策じゃないねぇ。(なん)とかして自分達からこちらに来るように仕向けられるといいんだが。さて……(なに)か良い手は」


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