第3章10話 元Sランク冒険者
「おい、ニーナ」
「いだい、いだい、いだい~。リアーヌ様、いだいですぅ~」
新Aランク冒険者アイーダのお勧めの小洒落たレストランでお祝いも兼ねたちょっと早めの夕食を取っていると、ネコ耳受付嬢のニーナのこめかみを背後から拳骨でグリグリと挟み込む女性が、突然のように漆黒の霧の中から現れていた。
「お前はこんな所で、何をやってるんだ?」
「うう~、いだいですよ、リアーヌ様ぁ。まあ、立ってるのも、何なんで座ってください」
ひょい、とウエイターを呼んで持ってこさせた椅子に座らせると、ニーナはニコニコとテーブルに並べられた料理を来たばかりの赤いチャイナドレスを着た女性の前の取り皿へと取り分け始める。
「ここ、アイーダのお勧めのお店なんですが、すっごく美味しいんですよ~。ほら、リアーヌ様も召し上がってください。あ、これもお勧めのワインです」
「お、おう、それじゃもらおうかな。うん、美味いなこれは」
アッシュブロンドの髪と日焼けした健康的に輝く肌に真っ赤なチャイナドレスの女性は、ユウナのような長い耳をしているので、たぶんダークエルフで間違いないと思うのだが――前にギルド会館でチラッと感じたことのある、ヤバイぐらいの殺気を出している。
「こちらは冒険者ギルド・ニースィア支部のギルドマスターをされています、リアーヌ様ですぅ。すっごい美人で、しかもすっごい強いんですよぉ。えへへ~」
とうとう登場したギルマスをじゃじゃ~んと紹介しながらも、相変わらずニコニコとお世話を続けるネコ耳ニーナ。こうしてギルマスにじゃれつくところを見ると、本物のロシアンブルーのように見えてしまう。
「リアーヌ、ちゃんとCランク昇級試験の試験官やったぞ。ほら」
そういって、ドヤ顔で金色のギルドカードをちょっと自慢気にヒラヒラと見せるアイーダ。
「ほう、アイーダもようやく後進の育成に協力する気になったということか。これは、珍しいこともあるもんだな。」
「ふふん、見直しただろう? 私だって、やればできる子なんだぞ。それにこいつらは、思ってたより面白いからなぁ」
ウシシィ~、と犬歯を見せながら笑うアイーダに、金色の瞳を丸くして驚いた顔をするギルマス。
「ほう、そんなに面白い奴らなのか。ああ、自己紹介が遅れたな。私はリアーヌだ。ここニースィアで、ギルドマスターなんてものをやっている。今日は急な飛び入りで、食事の邪魔をして悪かったな」
そう妖艶な笑みを浮かべて挨拶をしながらも、さっきから全然殺気が消えていないギルマスに、同じように不敵な笑みを浮かべて銅色をしたギルドカードをヒラヒラと見せるアリス。
「アリスよ。ついさっき、Cランクになったばかりのね」
「ルリです」
「コロンでしゅ」
「フィよ。カードは大きすぎて持ってないわ」
「ユウナ」
「ハクローだ。練習場を壊しちまったのは、悪かったな」
メンバーが続いて自己紹介をするので、ついでにギルマスから突っ込まれる前に、日本人らしく建前だけでも謝っておく。
「ああ、それだ。何であんなことになってるんだ、ニーナ?」
「ひぇ? そ、それは~、副ギルマスがどぉ~しても、Cランク昇級試験の試験官をやってみたいというので、仕方なくぅ~。しかも、手抜きするなという副ギルマスのご命令もありましたので、全力を出したらぁ、あんなことにぃ~」
「あいつか……それにしても、あそこまで壊すとなるとあいつが得意な上位火範囲魔法でも使ったのか? それにしては、壊れ過ぎのような気もするが」
オドオドと冷や汗をかきながら瞳を彷徨わせ、ネコ耳もペタンとしてしまっている受付嬢のニーナに、さらに追及の手を緩める様子のない名探偵ギルマス。
「そうなんですよぉ~、立会いしょっぱなから副ギルマスがぶちかましまして……でも、アリスさんに返されて燃えたのは本人の方でしたけどね、はっはっはっ」
いい気味だとばかりに高笑いを始めて急にネコ耳もピンとさせるニーナを、ギルマスが渋い顔をして睨みつける。
「また、あいつは……高々Dランクの初級冒険者に向かって、いったい何をやってるんだ? しかも、その過剰攻撃をアッサリと返されたなんて……今頃は侯爵家にも報告が行っているぞ。あの馬鹿、家から追い出されるんじゃないか?」
「わっはっはっ、侯爵家の奥方様は恐ろしいですからねぇ~。あんな出来損ないの、しかも唯の婿養子なんかはとっとと追い出すに限りますって」
なんだあいつ、侯爵、侯爵って威張ってたけど、自分の爵位じゃなくてマスオさんだったのかよ。かっちょ悪ィな~。
しかも、その侯爵家の面子に泥を塗っちまって、虚栄心だけしか取り得の無いお貴族様にとっちゃ、唯じゃ済まないんだろうな。
普通は不可能ならしいお貴族様の離縁ってのも、本気でありえるかも。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、どうしようもないほど本当に馬鹿だったんだなぁ~。
「ふん、あんな奴でも侯爵としての地位と、入り婿として貴族連中に対しての腰の低さは、事務方としては役に立って使い勝手は良かったんだが、あの様子じゃもう使い物にはならないかもしれないなぁ。
仕方ない、後で侯爵家に顔でも出しておくとするか。ニーナ、お前も責任取って付き合え」
はあ~、とため息をつくギルマスに、元気に手をあげて嬉しそうに答えるネコ耳の受付嬢ニーナ。
「はいはい、は~い。もちろん、リアーヌ様お一人を行かせたりなんかしませんよぉ。侯爵家の後始末については、この私に全てお任せ下さい~」
それにしても唯の受付嬢のはずなのに、侯爵家をどうにかするつもりのニーナって、やっぱりこのギルドで裏の実権を握っているようにしか見えないんだが。
それにあの副ギルマス、貴族にはヘコヘコしている癖に平民には上から目線とは、ますます救いようの無い糞だな。
「ところでアイーダ。ようやくAランクになった訳だが、これからどうするつもりだ?」
「んん? 別にぃ~、これまで通りだなぁ」
せっせとニーナが取り分けた料理をつつくギルマスが、上品に口元を拭きながら聞くと、こちらも見かけによらず上品にナイフとフォークを使うアイーダが答える。
ジロリ。
うおっ、何も言ってないのに、何でアイーダにまでもバレるんだろうか。
「これまで通りということは、塔の迷宮攻略か。せっかくAランクになったんだから、少しはギルドのクエストを手伝ってくれると、助かるんだがな」
「嫌だよ、メンドくさい。そもそも、好きでAランクになったわけじゃないし――いや、そうだな。こいつらと一緒なら、やってやってもいいぞ」
そう言うと犬歯を剥き出しにして、ニヤァ~と笑うアイーダに、綺麗な瞳を丸くしてギルマスが心底驚いたような顔をする。
おいおいおい、いきなりこっちに振るんじゃない。まだ二日前にここのギルドに登録して、今日やっとCランクに昇級できて中級冒険者になったばかりのニュービーだぞ。
「なるほど、それはいいな。なんせ副ギルマスを含めてBランクの上級冒険者を軒並み薙ぎ倒した、新進気鋭の期待の星だからな。うん、そうしよう。今、決めた」
「なんだ、もう他所でも大暴れをしてたのか。お前らそのうち、上級冒険者のBランク殺しとか異名で呼ばれるようになるかもな」
うわ、アリスが物凄い渋い顔をしてしまったぞ。でも、今回はアリス一人じゃないから、大丈夫じゃないか、な?
「何言ってるんだ、王都で知らぬものはいないという【紅の魔女】っていう立派な二つ名があるじゃないか」
「私は【賢者】で【聖女】よ」
さらっと禁句を口にしてくれるギルマスに、流石のアリスも切れることは無いが、さっきから消えることの無い殺気をものともせず、紅と蒼のオッドアイを細くして睨みつける。
すると、そんなことは全く気にした様子も無く、間違いなく高位ダークエルフのギルマスはアッサリと笑い飛ばしてしまう。
「ははは、やはりこの渾名は嫌か。確かに、聖女様を魔女呼ばわりはどうかと思うしな」
「なんでだよぉ、格好いいじゃんか。私の【紅い聖剣】とお揃いみたいでさぁ。いいじゃん、いいじゃん、名乗ろうぜぇ」
あっははは、と仲間が増えたと嬉しそうに笑うアイーダに、プンむくれてしまうアリス。ここで、コテンと可愛く小首を傾げたルリが訊ねる。
「【紅い聖剣】って?」
「ああ、お前達は知らないか。私のこの【聖剣・アルタキエラ】は変わっていて、なぜか刀身が紅くてねぇ。それで、ついた異名が【紅い聖剣】というわけなんだ」
そう言って、机に立てかけていた大剣を、チキッと少しだけ抜いて刀身を見せると、本当に血に塗られたような真っ紅だ。
「まあ、それだけじゃ無いんだがな」
「おい、リアーヌ。余計なことは言わなくって良いぞぉ~」
何を思い出したのか苦笑しながら肩を竦めたギルマスに、すかさずアイーダがギロッと睨みを入れる。
「はいはい、分かった分かった。せっかく、Aランクに昇級してくれたんだ。ここで機嫌を損ねたくはないからな」
「そんなこと言ってるリアーヌだって、元は人外と言われているSランク冒険者なんだぜぇ。知ってたか?」
うっわぁ~、そんな要らん個人情報を暴露するんじゃねーよ。ああ、だからさっきから殺気が尋常じゃなかたのか~。
漏れているのは膨大であろうギルマスのその魔力量ではなく、恐らくは本人ですら気づかない程のわずかな、しかしどこまでも鋭く尖った殺気だった。
師匠で【剣聖】である白刃斎に教えられていなければ、確実に見逃していたはずのものだったろう。
「あ~。また、人外って言ったな! こんな妖艶な美人さんをつかまえて、何てこと言うんだ」
「ははは、しかも渾名は【漆黒の魔女】ときたもんだ。よかったな、ギルマスともお揃いだぞ」
「だから、【賢者】で【聖女】だって言ってるじゃないのよ。何回言えば分かるのよ」
とうとう三人でワイワイ、ガヤガヤと楽しそうに言い合いを始めてしまった。ん~、意外とこの三人は似たもの同士で仲が良いのかも?
「ハク様、このパスタおいしいでしゅ」
「フィも好き~」
「ルリおねーちゃんも好き~」
その同じテーブルでは、いつの間にか向こうの話から離脱したルリも一緒になって、ほっぺを一杯にしながらお子様達と一緒に料理をほおばっている。
特に【暴食】の妖精フィの前に堆く積み上げられたパスタの山は、どう見ても小さな身体の体積を優に超えている。
「あ、ほんと美味しい」
珍しく頬を緩めたユウナも、嬉しそうに一緒になって料理を楽しんでいるようで良かった。まあ、あっちの人外に片足突っ込んだ二人の相手はアリスに任せておけばいいか。
なのに、ふと優雅にワイングラスを片手にしたギルマスが思い出したように問いかけてくる。
「ところでお前達、次のBランクには何時昇格するんだ?」
「え~? それって、貴族連中の相手をしなきゃなんないんでしょ? 面倒いから、パス」
モグモグと口を動かしながらフォークをヒラヒラと振って肩を竦めるアリスと、パッと揃って手を上げる愉快な仲間たち。
「パス2」
「パス3です」
「パス4でしゅ」
「フィもパス5~」
「じゃあ、私もパス6で」
するとこの世の終わりのような顔をして、アタフタと必死になって営業トークを始める残念美人なギルマスさん。
「ええー! お前達までそんなこと言うのかぁ~? そりゃあ、この王国はアホの副ギルマスみたいな貴族ばっかだから、正直嫌になるけど上級冒険者じゃなきゃ入れない場所もあるんだぞ?」
「あ~、私はそれに騙されてBランクにされた口だから、あえて言うが――悪いこと言わないから、やめとけ。
Bランクになんかなったって、ちっとも良いことなんか無いぞ。私みたいに、いつの間にか無理矢理Aランクにされているのがオチだ」
泣きが入ってしまったギルマスに、犬歯を出してニヤニヤと笑いながら、上品に食べていたはずのアイーダまでもフォークをヒラヒラと振ってみせる。
「あー、アイーダ! お前って奴は、営業妨害するんじゃないよ~。こいつらがランクアップしないと、私が楽できないじゃないかぁ~」
「リアーヌ様、本音がダダ漏れですよ」
ネコ耳受付嬢のニーナがギルマスに、ニコッと微笑みながらつぶやくが既に遅い。
ジト~っとした視線でアリス達に睨まれると、再びアタフタとし始めたギルマスは明後日の方向を向いて乾いた笑いを浮かべる。
「だ、だって、だって~。アイーダがAランクになってくれたから、これでこのギルドはイアサントも入れてAランクが二人になったけど、Bランクはお前達がやっと来た補充要員を使い物にならなくしちゃったから、全然数が足らないんだよぉ~」
「何言ってんのよ。あんな屑Bランクなら、いないほうがマシでしょ? っていうか、このギルドは上級冒険者であるBランクのアホ共の管理不行届きをどう責任取るつもりなのよ?
ギルマスなんだから、あんたも会ったんでしょ――あの女性冒険者の二人に?」
「うっ! そ、それは……ねぇ? だ、だって……さぁ。ニーナぁ~、たすけて~」
アリスにド正論で攻められて、ダメダメな残念美人のギルマスは涙を浮かべて文字通り受付嬢のニーナに泣きつく。やっぱりヒエラルキー的には、ニーナの方が上のような気がするのは間違いないと思う。
「ほらほらリアーヌ様、泣かないで下さい。あ~、ほら~、泣いたりするから綺麗なお目々が赤くなってますよぉ。ほら、私があの馬鹿共に二度と下手なことができないよう、キッチリと制裁を与えますので心配しないで下さいね」
「うう~、流石はニーナだぁ。やっぱり頼りになるなぁ~」
「任せてください。リアーヌ様を泣かせた馬鹿共には、生まれてきたことを心の底から後悔させてやりますよぉ~」
ギルマスの涙をハンカチで拭きながら、トンッと薄い胸を叩くと、ニヤァ~っと光彩の消えた瞳を三日月のようにして遠くを見つめるネコ耳の受付嬢。
アリスに股間を消し炭にされてしまった下種野郎共がどうなっても知らんが、あれ以上、何をどうするつもりなんだろうか?
ううっ、何かブルッと寒気がしてきたぞ。しかも、かわいそうに小さなコロンも白銀の耳をペタンとさせてしまったじゃないか。
「それからアリスさんも、本来のCランク冒険者としてのギルド指名依頼であれば受けていただけますよ、ねぇ~?」
笑顔はそのままに目だけが笑っていないニーナに、少したじろぐように身体を引いたアリスが渋々といった感じで頷く。
「そ、それは……まあ、内容によるけど、ねぇ? でも変な内容の指名依頼なら、サッサとバッくれるわよ?」
「勿論です。アリスさん達に、この私が変な依頼をする訳が無いじゃないですかぁ~。嫌だなぁ、はっはは~。
というわけでアリスさん達はCランク冒険者として、ほっといてもギルドポイントをバンバン稼いでくださるはずなので、その他のBランクへの昇級条件は指名依頼で、たまたま達成することになるから全く何の心配無いでしょう!」
「わーい、流石はニーナ! 腹黒いぃ~」
「いや~、そこまで褒められてもぉ~。そんなでもありますけどねぇ、はっはっはっ」
【漆黒の魔女】の異名を持つギルマスがパチパチと手を叩くと、お腹の中まで真っ黒なニーナはネコ耳をピンと立てて、薄い胸をさらに張って遂には反り返ってしまう。
いや、褒めてない褒めてないって。
「じゃあ早速、適当な指名依頼を見繕っておきますね。ああ、それからアイーダは一度アリスさん達を塔の迷宮に連れて行ってあげてくださいね。あそこだけは、上級冒険者が一名以上いないと入れませんので」
ふんす、と鼻息も荒くネコ耳をピンと立てたままのニーナに、肉団子を上品に口に突っ込みながらもアイーダがどこまでもいい加減な返事を返す。
「そうだっけか? まあ、分かったよ。それじゃ、いつでもいいからニーナに言付けてくれれば連れて行ってやるよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「え? し、Cランクの中級冒険者――しかも、たった三日で?」
「姫様、これは歴代最短記録だと思いますよ。というか、真似しようと思ってもできることではありませんし、将来もそんな変なことを考える人は出てこないでしょう」
外で早めの夕食を取った後、プチ離宮に帰って来て、まだ時間も早いのでお風呂の前にミラとクラリスと一緒に部屋でお茶していた。
「ま、私達にかかれば、こんなもんよ。これで、この近くにある地下迷宮にはほとんど全て入ることができるようになったわ。
塔の迷宮ってのに入れないのは、知らなかったけど――それも、今日Aランクになった上級冒険者のアイーダと一緒に行っておもしろそうだったら、Bランクになれば良いだけだしね~」
「ああ、塔の迷宮だけは特別なんでしたね。どうしてあれだけが地上にあって、しかもその天にそびえる人工構造物を誰が造ったのか、いつからそこにあるのかも不明なのですから。
真偽は不明ですが一説には、かつてこの世を支配した魔女がその頂に住まうとも言われています。
何分、途中までしか攻略されていないので、頂上まで到達した人間がいないため、誰もそこに何があるのか見たことがないというのが実情なのですが」
「その通りです、姫様。確か現在のクリア到達階層はイアサント殿とアイーダ様の46階層だったはずです。共にAランクとなった上級冒険者ですが、イアサント殿がクランで攻略しているのに対して、まだBランクだったアイーダ様はソロ攻略であることも考えると彼女のその異常さが際立ちます」
ミラとクラリスは前にここに住んでいたこともあるからか、塔の迷宮の方についても意外と詳しいようだ。
それからやっぱり、あの黒狼人族のアイーダは超級冒険者に片足を突っ込んでるらしい。下手したら、本気で人外Sランク相当かもしれない。
「わー、やっぱりアイーダさんって強いんだねぇ」
「アイーダさん、かっちょいー」
「フィと同じくらい食べるしねぇ~」
アイーダに懐いているルリとコロンにフィが嬉しそうにすると、一人だけアリスが肩を竦めて見せる。
「昨日まではまだBランクだったはずなのに、前に温泉街で会ったイアサントって奴の比じゃなかったわ。ハクローの師匠で人としての桁が違う当代【剣聖】の白刃斎ほどじゃないけど、まったく底が見えなかったのは確かね」
「あれ? そういえば、アイーダ様とお知り合いになられたのですか? 昨日までBランクっていうことは、とうとうAランクんなられたのですね?」
ふと今頃になって気がついたらしいミラがビックリしたように声を上げると、待ってましたとばかりにクラリスまでもが黄色い悲鳴を上げる。
「はい、姫様。我らが【紅い聖剣】アイーダ様がとうとうAランクになられました! きゃあ~、かっこいいー」
「へえ~、ミラもクラリスもアイーダさんのこと知っているのか。なんだかミーハーな感じがするけど、やっぱり人気者なのか?」
王城の引き篭もりにしてはネットも無いのに情報通な二人に聞いてみると、そこからしばらくはアイーダの冒険譚を聞かされることになってまった。
「そっかぁ、確かに元Sランク冒険者でギルマスのリアーヌと同等か――いや、あの【聖剣・アルタキエラ】を使用すると一撃での破壊力だけではそれ以上のようだったからなぁ。
背もスラッと高くて格好いくてナイスバディの美人なモフモフだから、女子にキャーキャー言われてモテるんだろうなぁ」
「なによ、ハクロー。モテるのが羨ましいの?」
珍しくアリスがニヤニヤしながら聞いてくるので、ため息をつきながら答える。
「何でさ。モテるだけで幸せになれる、そんな世界じゃないだろ、ここは? そんな形も無い物、犬にでも食わせておけば良いのさ」
そんなことよりも、アイーダのしっぽのモフモフは正義だ。うん、本気で今度会ったら高級ブラシセットを今回のお礼にプレゼントしようか。いや、そうしよう。決めた。
そして、各種ブラシの使い方をあのアイーダのしっぽをモフモフしながら説明してあげなければ。うん。
「まあ、今のあんたじゃ、目に映る形ある物を守るだけで精一杯でしょうけどね。でも形の無い物にも、気を配ることを忘れないことよ」
「ん? ……ああ、分かった。覚えておくよ」
どうしたんだろう、突然。まあ、師匠と違って、リアーヌとアイーダには相打ちであれば、最悪負けだけはしないだろうから――でも、相打ちが勝ちで無いことも、確かではあるんだけどさ。
んん? 話をしていたアリスだけでなく、ルリとコロンにフィとユウナまでが俺のことを、ジィッと見て――どうかしたか?
「ああ、そうでした。皆様、領主への挨拶が一週間後の午後に決まりました。そこで申し訳ありませんが」
「オーケーだ。護衛は任せろ」
そう言って、俺を見つめ続ける仲間の視線を背に受けながらも、ニッコリと王国第一王女のミラに笑い返すのだった。




