僕と彼女が紡いだより糸
僕は屋上の給水塔の壁に寄りかかりながら、ぼんやりとスマートフォンを弄って音楽を聴いていた。そうした時間は陽だまりに溶けてしまったような、そんな安心感を僕の心に与えた。ぽかぽかと暖かい陽気は、僕の陰鬱な気分を吹き飛ばして、陽射しの煌めきに溶け込ませてしまった。それはきっと、この屋上だからできる、世の中の果ての魔法なのだろう。
そんなこの世の終わりみたいな誰もいない空間で音楽を聴いていると、ふとどこからか足音が近づいてくる音がして、屋上の鉄製の扉が開いた。それは別の世界からどこでもドアを開いてやって来た子供のように、恐る恐るとしたドアの開き方だった。
そして、その細い影が扉の横に立ち、きょろきょろと辺りを見渡しているのが見えた。僕はちょうど彼女の背後にいる形となり、ほっそりとしたその背中や、栗色のロングヘア―や、短いスカートから見えるふっくらとした太ももなど、何もかもが目に焼き付いてしまった。
「あれ……いないのかな」
彼女はそう小さく零し、ようやくこちらへと振り向いて、その瞬間、あっと悲鳴を上げた。
「あ、どうも……」
僕は小さく頭を下げて、苦々しく笑う。すると彼女は顔を林檎飴のように真っ赤に染めて、おまけに頭頂部から湯気を噴き出させて、眉を吊り上げ、声を張り上げた。
「そこにいるなら、さっさと言えばいいじゃないの!」
「あ、いや……何かを探しているみたいだったから、中断するのは悪い気がして」
「わ、私が探していたって!? そんな訳ないでしょ! 誰が、あんたなんか!」
彼女はそう叫んだ後で、すぐにはっと目を見開き、口を抑えて今度は達磨みたいに真っ赤っかになって、僕の足を思い切り蹴り飛ばした。僕こそ素っ頓狂な悲鳴を上げて、身悶えする。
「べ、別にあんたなんて探していた訳じゃないんだから! ただ、用があったのよ」
彼女はそう言って、僕を睨み付けてくる。僕はどうしたらいいのかわからず、とりあえず手元にあったコーラの缶を差し出した。彼女はそれをじっと見つめて、首を傾げてみせる。
「さっき売店で二つ、買っておいたんだ。来ると思って」
彼女の顔が今度は夕焼け色に変わった。彼女はぶすっと唇を尖らせながら、僕の隣に座ってその缶を毟り取った。
「貰い物はとりあえず全て貰っておく主義なの。勘違いしないでよね」
「え、僕がどんな勘違いを?」
「い、いいから! さっさと用を済ますわよ!」
彼女はそう言ってコーラを物凄い勢いで飲み、そしてそっとこちらへと振り向き、僕を再び睨み付けた。その瞳の端には薄らと水玉のような粒が浮き、彼女はあわあわと唇を動かしていたけれど、やがて何かをつぶやいた。
「田山! わ、私と――」
「私と?」
「私と、後夜祭のだ、だ、だ、」
僕はこくりとうなずき、彼女に笑いかけながら言った。
「野木先輩、僕と後夜祭のダンス、一緒に踊りませんか?」
僕がそう言った瞬間、彼女が星空に浮かぶ大きな月のように大きく目を見開き、そしてふっと唇を微笑ませた。それはレースのカーテンの先に見えた誰かの笑顔のように、ひっそりとした、掻き消えそうな――それでも純粋に優しい、素敵な笑顔だった。
「あ、ありがとう」
彼女はそう真っ赤な顔で言った後、そしてすぐにはっと我に返ったように口に手を当て、最後に絶叫した。
「何言わせてるの! それに、何で先に言っちゃうのよ! どういう神経してるのよ!」
肩をぼかすかと殴られながら、それでも僕は笑って彼女のその泣き笑いのような、怒り笑いのような顔を見つめてうなずくばかりだった。
僕と彼女の間には喧嘩しかないけれど、それでもそこには確かな糸の紡ぎ方があったのだ。それはそっと重なり合い、折れ合い、やがて結び目を作って、最後には離れることのないより糸となる。それが僕と彼女にとっての、変わらない日常であり、青春の煌めくお日さまの眼差しだったのだ。
了