9 感傷と惰性と
ここに来る途中で買ってきた花を供える。
遺族の人たちの花なのか、立派な花束も供えられていた。
死者を送るように、世界を悼むように。
万世橋がやわらかくその姿を変え、紅く染まっている。
風が緩やかに吹く。
「悪いな。金なくて少ない花束にしかならなかった」
「これは……爆弾事件の……?」
「ああ」
手を合わせ、しばらく黙祷する。
「…………」
「…………」
黙祷を終え、隣を見ると凛音も手を合わせてくれていた。
「いつもやってるの?」
凛音も黙祷を終えたのだろう、こちらに顔を向ける。
「いや、この街に出てきたときだけ、たまに」
「姉さんたちと一緒に来ても良かったんじゃない……?」
「鈴音たちには最初の1回だけ付き合ってもらったが。それ以降は俺の惰性なだけだし、付き合わせるのも悪い」
感傷ではなく、惰性。
「それより、悪かった。仮にもお前の案内も兼ねた秋葉原散策だったのに、こんなのに付き合わせて」
「私が勝手に付いてきたんだから気にしなくていいわよ」
「そうか? ありがとうな。では、もう行こう。いつまでもいるような場所じゃない」
俺たちはどこへともなく歩き出す。
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「悩んでいるの? それとも責任を感じているのかしら?」
どちらにせよ見当違いもいいところだけど、と続けて言った。
先ほどのことだろう。しばらく無言だった凛音が聞いてくる。
貴方が悩む必要なんてない、と励ましているのか、何アホなことに拘っているの、と貶しているのかよくわからないが、質問を投げかけてくる。
「悩みでもなければ、責任を感じているわけでもないさ」
「じゃあ、なんであんなことを? 行為そのものは立派なもので否定する必要もないのだけど。貴方の様子では単純に死者を悼んでいるようには思えないわ」
「なんて言い草だ。俺にだって死者を悼む気持ちはある」
「それだけじゃないのでしょう?」
確信があるかのように聞いてくる。
「…………。悩みとはいかないまでも気にしてるんだろうな」
「俺の目の前で散った命を見るのは初めてだ。義務感からかなんなのか知らないが、せめて最後を見た人間として花を供えるくらいはやっておきたいと思ってな」
「貴方が目の前で救えなかった命だから?」
「…………」
「もしも貴方が命を全て救えると愉快な勘違いをしているのだとしたら、それは大きな間違いよ。愚かすぎて道化のようだといえるわ」
「そこまで不愉快な勘違いはしてない」
「本当に? そういう気持ちが少しもないと言うのだったら謝るわ」
「もしも死者を悼む気持ちでなく自分への甘えから花を供えているのだとしたら、それは亡くなった貴方の友人に対して失礼よ」
冒涜とすら言えるわ。
そう……バッサリと来栖川凛音は斬って捨てたのだった。
凛音は咎識と俺が友人だったということを知っていたんだな。
しかし……甘え、と来たか。
確かに、純粋に死者を悼むだけでなく、自分の中の気持ちが良くわからなくて惰性で花を供えていたように思うが。
ここまでハッキリと言われると怒りも何も感じないで、清々しさのようなものすら感じている。
真砂や鈴音が俺に言わなかったことを会ってから1日足らずの凛音がそれは甘えだと斬って捨てる。
会って間もないからこそ第三者の意見として言えることもあるのかもしれないが……いや、それはコイツが来栖川凛音だから物怖じせずに言い放てることなのだろう。
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秋葉原電波塔は秋葉原の電波事情、それに加えてクオリアネットワークに関わる諸々の処理をしている。
処理関係の重要部分は内部にまとめられていて、塔の外部は展望台として一般に開放されていて秋葉原を一望できるスポットとして結構人気のある観光箇所だったりする。
こんなところまでふらりと歩いてきてしまった。
「今日一日貴方を観察してきたけど、なんとなく貴方のことがわかったような気がするわ」
「貴方は、物語の主人公でいたいのね?」
人を夢見がちな少女のように例えてくる。
「それ以上はやめろ。わかった風に自分の内面を分析されるのは聞いてて気持ちのいいものじゃない」
「確かにね。あまり上品ではなかったわ」
不意に吹いた秋葉原のビル風が凛音のポニーテイルを掻き乱す。
ここからだと秋葉原を一望できるが、ガラスに仕切られた部分から外へ出ているため時にビル風が強く吹き付けることもある。
「私たち姉妹は来栖川という家で生まれたの」
髪を押さえながら唐突に語りだす。
「それは、そうだろう」
何言ってんだ?とでも言うように頷く。
「お金がある家だとね。よくテレビであるように陰謀だの妬みだのがやっぱりあってね。特にお婆様が生きてた頃はかなりひどくて。ハイエナのように擦り寄ってくるヤツも多くて、
娘である私たちに取り入ろうと必死だったヤツもいたわ」
「そんな中で、私たちは育ったのよ」
俺はよく金が無いと嘆くが、金があり過ぎるのもまた別の嘆きが生まれるのだろう。
その気持ちは想像すら出来ない。
「おかげで私は妙にひねくれて育ってしまったわ」
たぶんそれは関係ない。
というか、自覚あったのか……。
「お前はどこで生まれてもそうなってたと思うが」
傲岸不遜で傍若無人。
「そうね。あの程度のヤツらが私に影響を及ぼせるとは思えないしね」
「肯定するのか」
だが、凛音らしいといえらしい。
「でも、その中で姉さんは真っ直ぐに、本当に真っ直ぐ育ったのよ。人の好意を信じて、裏切られて泣いたと思ったら次の瞬間には何事も無かったかのように笑ってる。あの人を侵せる悪意なんてないのかとすら思えたわ」
凛音はここにいない鈴音を思うように言う。
「あの人は一種の奇跡のようなものよ。あの人がいたから私も間違わずに成長できた。少々変な趣味があろうが、変な性格だろうがそれは姉さんの本質じゃないわ。愛嬌の1つよ」
「間違わずに……成長……?」
2人とも結構色々と間違って成長したような……。
「茶化さない」
「はい」
そうだな。
前回の事件であれだけ打ちのめされても鈴音の立ち直りは早かった。
でも。
「鈴音はそれでも傷ついていたはずだ」
悪意に犯されていないのではなく、拒絶していただけ、内心傷ついていたはずで。
「そうよ。姉さんが傷つかないなんて私の都合のいい幻想で勘違いだったのよ。だから、あの場に貴方がいてくれたことに姉さんは……私たちは救われた」
「感謝してるわ。言葉では言い表せないくらいに。本当にありがとう」
ぺこりとお辞儀をする凛音。
俺はというと、
あまりにも素直に頭を下げる凛音に面食らって思考停止していた。
凛音の感謝が上っ面だけでなく本当に感謝しているとわかったからだ。
「確かに貴方は何でも出来るわけじゃないし、救えない命もある。それは当たり前のことだけど」
「だけどね」
「腹立たしいことに、姉さんを救ったのは私じゃなくて、貴方なのよ」
「貴方は貴方の友人を救えなかったかもしれないけれど、それでも私の大切な姉さんを救ってくれた」
「貴方は物語の主人公ではないけれど、少なくとも今も姉さんにとっての主人公であり続けているの。
間違いなく、それは胸を張ってもいいことよ」
「いえ、胸を張りなさい。貴方は私の姉さんを救った男なのよ」
何を悩んでいるの? 貴方は1人の女の子を救ったのよ?
そう、言われているようだった。
俺は、
何でもできるなんて勘違いをしているつもりはなかったけど、実際何も出来ずに無力を痛感したこともあったけど、あの事件で確かに人の命が失われたけど、
それでも助けた命があるということを、忘れてはいなかったか?
「あ、……ああ。そう……だな」
不思議と。
心の靄が晴れたように感じている。
おだてられたからってこんな簡単に気持ちが切り替わっていいものなのだろうか。
なんとも…………安い男だな、俺は。
俺は咎識のことがあったから鈴音のときも冷静でいられたし、だからこそ助けることができた。
咎識の犠牲を納得することはないが、あれがあったからこそできたこともある。
こんなこと自己満足でしかないけど、咎識は自分の命を懸けて俺を助けてくれたのだ。
俺はそう思うことにした。
「まぁ、どんなヤツが助けたんだろうと思って見に来てみれば、とんだガッカリ犬だったわけだけど」
「……そこで落とすか」
「落とすわよ。姉さんを守る為に現実的に権力を行使できる立場として警察官にまでなったのに、実際、姉さんを助けたのはどこの誰とも知れない貧乏少年だったんだもの。悔しくて腹立たしいったらないわ」
それは悪かった…………って。
「警察官になったのはそういうことなのか」
「当たり前よ。純粋に権力のために決まってるじゃない。じゃなけりゃこんなドロドロとした腐敗体制の機構になんか入るもんですか」
「なんというか……。お前の場合、とことん姉が中心に回ってるんだな」
「何を今更」
「そうだな。今更だな」
ビル風の中、2人で秋葉原を眺める。
「そういえばな。鈴音が言ってたんだがな」
「うん?」
凛音は、とつとつと語りだした俺を不思議そうに見る。
「この秋葉原っていう街では、その人が強く願ったことや想ったこと。そういった人々の強い気持ちっていうものが、現実になるっていう都市伝説があるんだそうだ」
『この街では想いが現実になる』
「それこそ都市伝説ね。願えば叶うなんて夢物語と違わないじゃない」
呆れたように嘆息する凛音。
「そう言うな」
あまりにも凛音らしい言い方に苦笑する。
「夢が叶うっていうのとどう違うのか良くわからないが。確かに人が強く願ったことは現実になるのかも知れないぜ?」
「…………?」
だってな。
「だって、お前が姉を守りたいって強く願ったから鈴音は今も元気にわめき散らかしてるのかも知れないんだからさ」
それは、あまりにも現実的ではない考え方なのだろうけど。
それでも、鈴音が危機に陥ったとき俺が助けることが出来たのは。
あんな奇跡。
凛音の強い願いがあったからなのかもしれないと、ちょっとは思えるじゃないか。
「……………………」
凛音はしばらく驚いたように目を見開いて俺を見やり、躊躇いがちに口を開いた。
「貴方、クサいわよ」
「アンタはとことん現実的だな」
「貴方はとことんロマンチストね」
「男はロマンを追い求める生き物だ」
所詮、相容れぬ生き物だったか。
「でも……そうね。気を使ってくれたのか知らないけれど……」
ふわり、とこの場に似つかわしくない柔らかな風が凛音のポニーテイルを揺らす。
「そうだったら素敵なことね」
ありがと。
と、言葉を繋げ、彼女はそのポニーテイルを揺らす風のように、ふんわりと微笑んだ。




