8 メイドと喫茶店と
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
清楚な侍従服に身を包んだ女性が恭しく頭を垂れる。
一通り秋葉原を巡った俺たちは休憩をかねてメイド喫茶にやってきた。
これはもう説明する必要も無いくらいに日本中に浸透している一大ジャンルだろう。
ここ『Victorian Maiden』は、俺も秋葉原に来た際にはよく利用させてもらっている有名メイド喫茶だ。
メイドの質もさることながら、1階部分は通りからでもある程度店内が見えるよう配置され気軽に入れるように意識されていた。
店内では秋葉原のコンクリートジャングルにおいて似つかわしくない優雅な中庭を窓から見られるよう作られ、採光も柔らかな自然光を取り入れ目に優しく、客をメイドの姿と自然の景観と柔らかな日差しで三重に癒している。
店の設計段階からリラックスできるよう気を使って作られていることがわかる。
何よりも特徴的なのは、ここが3階以上でホテル経営をしていることだろう。
区外から観光でやってきた人たちはここのホテルを良く利用するのだと言う。
朝には優雅にメイドに起床を促され、夜にはメイドによる手料理が振舞われる。
朝から晩までメイドに給仕して貰えるというだけでセールスポイントには十分だ。
そのメイドにしろ、知識、教養、立ち居振る舞い全てに高いレベルが求められ、ここのホテルで働いたことがあるというだけで、他のホテルでも一目置かれるくらいのキャリアになるという。
ホテル経営をしていることもあって、料理の旨さもそこらの喫茶店と比べても格段だ。
特徴を連ねれば連ねるほど、規格外なメイド喫茶だと言えるかもしれない。
「お嬢様、よろしければ手荷物をお持ちします」
「あら、ありがとう」
「ありがとうなのです」
来栖川姉妹は流石に堂が入っていて自然に荷物を手渡している。
その仕草が自然すぎて、傅かれることになれている富裕層独特のオーラみたいなものを感じた。
歩いているその仕草までが優雅にみえる……。
貧乏人の僻みか劣等感か、なぜか2人が遠く感じる。
コイツら実家でもメイドとかいそうだな。
「4人掛けの禁煙席がいいのだけれど、空いているかしら?」
「畏まりました。奥に静かな席をご用意しておりますので、ご案内いたします」
案内をしていた別のメイドに席の注文をつける。
俺たちは店の奥まったところにあり、中庭を一望出来る席に案内された。
中庭は豪華っぽい彫像や綺麗に刈り揃えられた木々や噴水などが見え、店内の内装と相まって、これでもかと瀟洒な雰囲気を醸し出していた。
メイドと何故か真砂も一緒に椅子を引いて姉妹の着席を助ける。
そういえば真砂の本職は執事か。
演劇のワンシーンを見ているかのように姉妹は淀みなく着席する。
「どうも」
俺の方も残ったメイドに同じようにされるが。こういうのは慣れないな。
「私のことはお気になさらず」
真砂は自身で椅子を引いて座ることにしたようだ。
「お飲み物は如何なさいますか?」
俺たちはそれぞれ飲み物を注文し、メイドたちは優雅に一礼して下がっていった。
「慣れたもんだなぁ」
「ウチにはメイドもいましたからねー。メイドを扱うのは慣れたものなのです」
やっぱりか。
「でも、そうね。私たちの仕草が優雅にでも見えたのだとしたら、それはここのメイドのレベルの高さによるところも大きいでしょうね」
レベルが高いと言うのは、見てくれがいいとか言うレベルではなく、所作が自然とか芝居がかってないとかそういうことなのだろう。
「最初のメイドが荷物を持とうと声を掛けてきたのは真正面からではなくやや斜め前からで、それによって私たちの進行の妨げにならないよう歩きながらでも自然と荷物を渡せるよう立ち位置を配慮したものよ」
立ち位置からすでにそういう意図があるとは……。
「荷物を渡すのにしても右と左で荷物がある側のメイドが荷物持ちを申し出るように教育を徹底しているのでしょう。荷物を持つ手を持ち替える必要なく、手渡すことが出来たわ。1人が案内をし、1人が後方からついてくるというのも3人以上のゲストを案内するのに要求を聞きやすい配置と言えるしね」
「言葉の選び方も重要なのですけど、ここでは新規のお客さんでも、席をご用意してお待ちしておりましたみたいに私たちの為だけに用意してたかのように振舞ってるのです。それによって私たちは歓待されているという満足感を得られるのですよ」
「それに注文を聞くときにも『注文』という言葉を使わなかったし、私たちを喫茶店の客として扱わないような言葉選びね。ついでに言うと、注文を伝票を使わずに受注するのも凄いわね。メイド個々人の能力がよほど高くなければできないわ。伝票を店の景観を損なうと言うか、無粋なものとして排除したのでしょうね」
…………………………。
「凄いな。さすがに本物のメイドに傅かれてたことがあると違うな」
正直、俺にはそこまで深読みできなかった。
悲しいかな貧乏人の限界を感じた。
「俺なんかいつも唯々諾々とサービスを受けるだけだが」
「確かにここのメイドは質が高いですね。これならば、来栖川家でもやっていけるかと思います」
真砂が職業的な意見を言う。
「彼女たちの能力の高さはそのとおりなのだけれど、何だかんだ言っても此処はカフェテリアのはずだから気楽に過ごすのが1番よ」
「そうなのです。周りのお客さんに迷惑を掛けない範囲でくつろぐのが1番なのです。変に緊張されるのもメイドさんたちの本意ではないはずなのです」
鈴音たちにまともな意見で諭されると何故か釈然としない気持ちが。
「でも、確かにそうだ。くつろがせてもらおうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「この人嫌いなのですっ!!」
「これは、この輩……不敬にもほどがあります!! 姫様、反論のご用意を!!」
「あら、ダージリンのファーストフラッシュね。いい葉を使ってるわ」
花のような、緑林の中にいるような爽やかな香りが漂っている。
「茶葉の違いとかわかるのか?」
「ええ、それなりにはね」
「この人の意見は個人的な感情を元に理論で包んだエゴ意見です!! みんな騙されちゃダメなのです!!」
「彼の者は大衆意見の扇動を画策しているのかも知れません……! 姫様、ここは王道も王道のドストレートな意見をもって、小賢しい理屈などねじ伏せるのがよろしいかと……!」
「本来ならこの時期はファーストフラッシュには早いのだけど。味も香りも通常のファーストフラッシュと遜色ないどころかよほど芳醇だわ。独自の入荷ルートでもあるのかしら?」
ちなみにファーストフラッシュは3月から4月ごろに採れるものよ。と凛音。
「意外……でもないか。さすがに博識だな」
俺と凛音はそれぞれカプチーノと紅茶を飲みながら漫然と雑談に興じていた。
鈴音と真砂はすぐに某巨大掲示板12ちゃんねるで新作ゲームの討論を始めてしまった。
どうも気に入らない意見が書き込まれたようで2人でぎゃいのぎゃいの言っている。
こうなると鈴音は長い。
きっと納得するまで掲示板を離れるつもりは無いだろう。
最終的に荒らし行為まで行き着いたこともあるほどだ。
そのときは俺が止めたが。
「…………、ちょっと出てくる」
「花摘み?」
「いや、男の場合はそう言わないと思うが……」
たしか雉撃ちにいくとかそんな感じだったような。
「じゃあ、茶摘み?」
「新しい言葉を作り出すな」
「桜井君のファーストフラッシュね」
「アンタ仮にも女の子なんだから、下ネタ言うなよ」
「女の子だって下ネタには興味あるのよ。幻想を持ってたらダメよ」
「お前の場合は俺への嫌がらせだろう」
「そうね」
あっさりと認めやがった。
「まぁいい。ちょっと出てくる」
自分の分の勘定を置いて席を立つ。
「じゃあ、私も行くわ」
何を思ったか、凛音も席を立ち始めた。
「ん? 鈴音たちといなくていいのか?」
「姉さんはああなると長いし、1人だとすることもないし、何より桜井君のせいで紅茶を飲むような気分じゃなくなったもの」
「紅茶については完全に自業自得だ」
自分で振っといて、気分が悪くなるとは……。
意外に繊細な子なのかも知れない。
いや、良いほうへ取りすぎか……単に自爆しただけだ。
幸いにも紅茶はほとんど飲んでいた。
「行くの? 行かないの?」
ついてくるつもりか?
……コイツなら知ってるだろうし、いいか。
「ああ、行く。真砂、ちょっと出てくる」
「承知いたしました。お気をつけて」
「鈴音が暴走しないよう舵取り頼む」
「お任せを。お二方も気をつけてくださいませ」
「ああ」
たぶん、真砂はわかって送り出してくれたのだろう。




