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シロクロ

作者: 森上 木一

 僕が彼女と出会ったのは、巨大な横断歩道でもなければ、行きつけのバーでもない。家の近くの公園で、だ。

 僕は猫を撫でていた。


 元来闇雲に猫を撫で回す趣味は無いのだが、その日は毎日通る公園の隅で、白くて茶色の斑点をまぶした物体に妙に関心を抱き、近付いた。というのも、それが猫だと発覚してから思い出したのだが、数日前、迷い猫と称された猫が記憶にあったからだ。

 僕は一旦家に帰り、チラシを持って再び外に出た。チラシには失踪中の猫の写真と、猫のものと思しき名前、飼い主の名前、連絡先が書かれている。なぜか飼い主の金田、という名前より、猫の「シロ」の方が、かなりでかい。

 僕はチラシを持っていき、先程の猫と照合してみようと考えたのだが、すぐにその必要が無いことに気付いた。写真の猫は両耳共茶色いのに対し、僕が公園で見た猫は方耳だけが茶色だった。つまり別人ならぬ別猫、人違いならぬ猫違いだった。

 踵を返し掛けた時、「そういえば」と思い、ドアを閉め家の外に立つ。そういえばあの猫首輪をしていたな、と。

 特に意味は考えなかったが、気になったので見に行くことにした。公園も近いし、面倒にはなるまいと思った。

 公園に着くと、誰かが引き止めていたかのように、猫は同じ姿勢のままで佇んでいた。

 近付いて撫でる。警戒もなく頭を差し出してきたのでやはり飼い猫かと思う。首輪も付けている。首輪を何気なしに見ると、金色の文字で、「シオバラ ミズカ」と書かれていた。

 シオバラさんの家のミズカという猫かな、と思う。猫に「ミズカ」とは人間めいてるな、とも思う。

「お腹空いているのか、ミズカ」猫の催促するような擦り寄りに僕はそう応答する。「ちょっと待ってろよ」家に牛乳ならあったかな。

 牛乳を探してる時ふと面倒を見過ぎかな、と思ったが、綺麗な猫で、何より清潔そうだし、擦り寄られたのが新鮮で嬉しかったから、良いかな、と思った。というのは建て前だ。何かしら下心、例えば心優しい人を演じたかったのかもしれない。

 公園には猫と、猫を撫でる女性がいた。

 牛乳を適当な皿に入れ公園に着いたはいいが、女性の存在はまるで想定外だった。僕が不在だったのはほんの少しの時間だったから、どこかから切り取ってきて、そこに貼り付けたかの様に、その女性の出現はあっさりとしていた。

「この猫、自分の家に帰りたがってるよ」気の強そうな声がした。当然それが女性のものであると、すぐにわかった。馴れ馴れしい口調だが、見た目は年下のように見える。年上と言われれば、それはそれで頷ける。「私ね、この猫が考えていることがわかるの」

 まさか、と思ったが、すぐに、ははん、どうやらこの女性は迷い猫を見つけたと思っているな、と意地悪く思い、先程の自分を棚に上げる。そして「そうですかね」と言う。

「そう。思わず外に出ちゃって、縮こまってるみたい」

 僕は喉元まで出掛けた言葉を飲み込む。「その猫は似てるけど違いますよ、ほらこのチラシを見て」と。

「シロちゃんお家に帰る?」彼女は猫に話しかける。合点した。やはり勘違いしている、と。シロとは正に金田さんの猫の名前ではないか。この猫の名はシロではなくミズカのはずだ。

 ここら辺で種明かしかな、と思い、僕は「ミズカ、牛乳飲むか」と調子の良い声で言った。

 だが、そこで女性が噴き出した。全く予想外だらけだと思う。僕の方が反応に困る。

「ミズカって私のこと?」女性が言う。

「へ」

「ごめんね」隠しもしないでくすくす笑う彼女は、完全に少女だった。「実はさっきからあなたのことを見てたの」

「牛乳を汲むところ?」

「シロに会うところ」

「とすると」僕は考える。「とすると、君はミズカの飼い主?」自分で自分の見解がわからない。

「シロのね。私が瑞佳、塩原瑞佳。シロは私の猫」そう言って猫を撫でる。猫は気持ちよさそうに目を細める。

 急に恥ずかしくなってきた。何だ、馬鹿にされてたのは僕の方か、と初めて気付く。

「本当はすぐ教えようと思ったんだけど、ちょっと面白そうだったから」

「恥をかいた」

「でも『心優しい人』って感じだったよ」

 「人の考えが読めるのかい」と聞きたくなる。全て笑い種にされている。シロが牛乳を舐めながらこちらをチラリと見て「馬鹿だねあんた」と言いたげな顔をした、様な気がする。

「何で首輪に自分の名前を書くんだ」僕は半ば負けじと、聞く。

「なくさないようによ。自分の持ち物には名前を書くでしょ」

 これだけはっきりペットを「物」と言う人は珍しいな、と思う。だから「珍しいね」と言う。

「見ず知らずの猫に牛乳を与えようと思う方がよっぽど珍しい」瑞佳はそれがさも当たり前かのように、言う。「最近は物騒なんだから」と真面目な顔で。

「猫も何をしてくるか分からないからな。下手に近付いたら刺されるかもしれない」僕は調子を合わせようとするが、猫が猫の何をどう刺して来るかなんて、知らない。

「そういうこと。じゃあね、樫田さん」一瞬誰の名前を呼んだのかと思ったが、「樫田さん」なんて僕しかいないな、と気付く。そのまま彼女は「クロ、帰ろう」と言って、この間に「ミズカ」「シロ」、と別称で呼ばれていた「クロ」という猫を抱えた。

 あれ、まだ騙されてたんですか、僕は、とほんの数秒呆然とする。

 瑞佳の後姿を見やる。クロが彼女の肩越しに「ごめんね」と謝る様子は、まるでない。


 それからしばらくして、勿論もう少し様々な経緯を経ながら、僕らは付き合いを深めていった。


 長編で使用したいな、と思う人物を短編で書きたいと思って出来たものです。

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