エリー
宿屋の前で、地図を眺めながら黒パンを食おうと思ったが、固すぎで文字通り歯が立たなかった。
ナイフを取り出して、切ると言うより削りながら、水を含んで胃の中に流し込む。
目の前の地図だが、まあ、案の定城まで行くのに街の中を右往左往しながら歩かないと行けないようだ。
取り敢えずパンを食い歩きしながら城へ向かうか・・・・
ふと宿屋の入り口に視線が行くと、アルプス周辺の民族衣装を着た娘が出てきた。
三つ編みのおさげに栗色の髪。
年齢は十代半ばと言ったところか。
視線が会ってしまった。
「勇者さん、調度良かった」
「お、俺?」
思わず俺は地図の方へ視線を送ってしまった。
「お母さんが道案内して来いって」
「あ、そう」
動揺している俺は気の利いた返事が出来なかった。
「さ、出発。日が暮れちゃうよ」
少女は文字通り俺の背中を押して、二人一緒に歩き始める。
しばらく市場の通りを歩くと、ヘタった紙に右折の矢印が書いてあった。
「ここ、右?」
俺は少女に訊ねる。
「そうよ、勇者さん・・・・勇者さんっておかしいな、あなた名前は?」
「えーと・・・・忘れた」
「変だね。新人の勇者はみんな同じこと言うよね」
「あ、そうなの」
「ここで名前を決めておいたら?あ、私、エリーって呼んでね」
「ああ、あーと・・・・俺はマサムネだ」
「マサムネか。変な名前だね」
実際俺の名前はマサムネなのか記憶に無いが、これがレッツパーリィなキャラの名前だって事は記憶の片隅にあった。
なのだが、変な名前とは西洋人の偏ったイメージだろう。
「あの、エリーさん」
「エリーでいいよ」
「えーっと・・・・この街ではいつも」俺はカチカチの黒パンを見せた「こんなものを食べているの?」
「もう午後だからね」
「ああ、午後だね」
「ふふふ・・・・朝市なら焼きたての柔らかいパンとか、甘い果物とか、塩辛くないソーセージを売ってるよ」
「そうなのか」
「そうよ。美味しいよ」
「これは保存食ってヤツか・・・・」
俺は頭陀袋からリンゴを取り出してエリーに見せた。
「それは生で食べるものじゃ無いよ?ジャムにしたり、焼きリンゴにしたりするの」
ほお。
この後、俺はエリーに観光案内されながら、ようやくアウグスブルク城の入り口にたどり着いた。