なつとかず なな
結婚式の日、一也は嬉しさのあまり朝4時から目が覚めた。
「おじいちゃんみたい」
と後から起きた夏樹は笑ったけど、一也は幼い頃からずっとこの日を夢見てきたから仕方ないだろってふてくされた顔をした。
雨予報だったのに、まるで空も二人を祝福しているかのような晴天だった。
「当日まで見せない」
と言っていた夏樹のウェディングドレス姿を式の前に控え室で見た一也は、あまりの美しさに鼻血が出そうになった。
「なつ、世界一だ」
と一也が言うと中川が
「どんだけノロケてるんだよ」
と呆れた顔で言った。
「マジスゲーって。お前、あれ見たらなつにまた惚れるぞ」
と一也が言うと中川は驚いた顔をした。
「一也、お前俺が昔なっちの事好きだったの知ってたの?」
と中川が言うと
「知ってたよ。いつも優しい目でなつを見てたからスゲー好きなんだろうなって思ってた。け
ど、僕は譲れないし中川のことも大切だからずっと気付かないふりしてた。ごめんな」
と一也は中川に頭を下げた。
「いいよ。もう過去の事だし、今は二人が幸せなのが一番嬉しいから」
と中川は一也に笑いかけた。
「お前の人間としての大きさには敵わないな」
と一也も笑った。
結婚式、父親とバージンロードを歩いてくる夏樹は参列者の誰もがため息をあげるほどキレイだった。
けど、夏樹と腕を組んで歩く夏樹の親父は既に泣き出していて、夏樹の手を一也に渡すとき
「かず、絶対幸せにしろよ」
と言った。
一也がモデルをやっていた時の編集部の人たちも来てくれて、ヘアメイク担当だった人は夏樹と一也のヘアメイクをやつてくれてカメラマンさんは自ら写真撮影を名乗り出てくれて次々と写真を撮ってくれた。
「こんなにキレイな人がカズヤの恋人だったんだ。二人とも一般人にしておくのがもったいないな」
と編集長は小声で言っていた。
夏樹のサークル仲間の女性陣は一也のモデル仲間だったイケメンモデルに目を奪われていたし、佐伯が
「なっち、キレイだ」
と泣いてるのを見て男性陣は
「あの人、未だになっちの事好きなの?」
と冷ややかな目で見て
「相手があんなに格好良かったら負けても仕方ないわ」
と囁いていた。
夏樹と一也の両親はとても嬉しそうな顔でお互いに目を合わせながら二人を眺めている。
誓いの言葉を交わし、一也が準備した真新しいペアリングを交換すると、夏樹のベールをそっと優しく上げて一也は世界一愛情のこもった優しいキスを夏樹にした。
式が終わり教会から出てきた二人をたくさんの人が拍手で祝福していた。
教会から出てきた夏樹は真っ白なブーケを裕子に渡し
「今度は裕子と中川君の番だね」
と夏樹が笑うと、中川と驚いた顔をして目を合わせてから裕子は
「ありがとう」
と笑った。
たくさんの仲間や友達、両親や親族に囲まれ歩いていると
「かず君。なっちの事を頼むよ。本当におめでとう」
と泣き張らした目にまた涙を浮かべながら佐伯がかずに握手した。
「佐伯さん。僕はあなたが嫌いだったけど、本当はいい人だったんですね」
と一也が言うと、その場にどっと笑いが起きた。
その後会場を変えて披露宴が行われ、編集部の人が結婚祝いにと準備してくれたバーで二次会を行い、
「三次会に行こう」
と言う言葉を申し訳なさそうに断り、夏樹と一也は家に帰った。
「疲れたね」
「だな。明日はゆっくりして明後日からは新婚旅行だな」
と言うと夏樹は
「みんな喜んでくれて良かったね。私たちは幸せ者だね」
と言って眠りについた。
夏樹の寝顔をそっと撫でて一也も眠りについた。
街角のアトリエで『今泉順次写真展』の看板を見た花菜は
「愛児、この人ってヨーロッパでスゴい賞を取った有名な写真家なんだよね?」
と愛児の腕を引っ張り
「ちょっと覗いていこうよ」
とアトリエの中に入った。
僕に選択権はないのか?と少しだけイラついたけど、モデルとして出来ることなら一度は撮ってもらいたいほどの有名なカメラマンの写真だから愛児自身も彼の撮る写真には興味があった。
キレイな女性の涙の写真は切なさが伝わってきそうだったし、無邪気に笑うと子供たちの写真は幼い頃薄暗くなるまで遊んで帰り怒られた事を思い出した。
「愛児、これこれ。この写真が賞を取ったやつだよ」
と人一倍大きな写真の前で花菜は立ち止まった。
それは結婚式の写真。一組の男女…夏樹と一也が誓いのキスをしようとしている写真だった。
「あと数ミリで唇が触れるかどうかの写真なんだね。…なんかこの男の人が女の人の事がとても大切だって言うか優しさが伝わってきて、女の人も涙流してるけど男の人の事をとても愛してるって言うのが伝わってきて、まるでその場に自分もいるみたいな幸せな気持ちになるね」
と花菜はじっと写真を眺めていた。
そんな花菜を笑いながら見ていると
「愛児、私のこと笑ったでしょ?」
と花菜はムッとした顔をして
「どうせ愛児にはこの写真の良さが分からないわよ」
と言った。
「そんなことないよ。この写真が幸せそうなのは僕も感じるよ」
と愛児が花菜に笑いかけてると、後ろから
「愛児くん…だよね」
と男が話しかけてきた。
男は名刺を差し出すと
「君が来るのを待っていたよ」
と笑いかけた。
多分この男の個人事務所だろうと思われる部屋に案内された愛児と花菜は差し出されたコーヒーを飲みながら、
「そう言えば、愛児君は覚えてないかもしれないけど、僕が愛児君に会うのは今日で3回目なんだよね」
と言う男の話を緊張した様子で見ていた。
「ね、この人今泉順次だよね?愛児に何の用なんだろうね?俺のモデルにとか言われるのかな?」
と花菜は聞き取れるか取れないかの小さな声で愛児に聞いた。
「愛児君をモデルに?そりゃ機会があって愛児君が受けてくれたら僕はいつでも愛児君の写真を撮りたいと思うけど、今日は違う用で来てもらったんだよ」
と今泉は笑いながら一冊のアルバムを差し出した。
アルバムの表紙には
『なつとかず』
と書いてある。
「なつとかず?このタイトルなんですか?」
と花菜は不思議そうにしていたけど、
「愛児君は意味分かるかな?」
と言って
「このアルバムをいつか君に直接渡したいってずっと思ってたんだよ。良かったらこれからは君が持っていてくれないか?」
と今泉は愛児に言った。
愛児はアルバムを開いた。
「この写真!」
と花菜が驚いたのは写真展で見た夏樹と一也が誓いのキスをしようとしている写真が1ページ目にあったからだ。
愛児が次のページをめくるといろいろな写真が載っていた。
控え室での夏樹の姿を見て驚いてる一也。
バージンロードを歩く夏樹と夏樹の父親。
参列者の幸せそうな顔。
夏樹が裕子にブーケを笑顔で渡してる写真。
泣きながら一也と握手している佐伯の写真。
それを見て笑ってる人々。
披露宴で感謝の手紙を読む夏樹と一也。
モデル仲間がステージで熱唱してる写真。
多分二次会と思われる場所で夏樹の頬にキスして一也に叩かれてる佐伯の写真。
そして多分新婚旅行にでも旅立つんだろうと思われる夏樹と一也が手を繋いで寄り添い出国ゲートに入っていく後ろ姿。
最後のページをめくると花菜が
「うぁ、この写真!スゴい幸せそう」
と驚く写真が載っていた。
せっかくおめかししているのに泣き出していてしまった赤ちゃんを夏樹と一也が必死になってあやしている写真と、笑ってる赤ちゃんの両頬にキスしてる夏樹と一也の写真。
「…この赤ちゃんって」
と泣きそうになるのをこらえながら愛児が今泉に聞くと
「君だよ。君の両親も君も本当に幸せそうだろ?」
と言った。
「これって愛児の両親だったの?」
と花菜は物凄く驚いた顔をしていた。
事務所を後にした愛児と花菜は河川敷に座っていた。
「両親の事を知りたいならこのアルバムに載ってるいろんな人に聞いてみるといいよ。本当にいろんな良い話が聞けるから。もちろん僕の所にもまたにおいで」
と言って今泉に渡されたアルバムを愛児は開いていた。
「俺の両親って俺が1歳の時に交通事故で死んだの知ってるよな?だから俺は両親の事って全然知らなくて…。でも育ててくれたじいちゃんばあちゃんにも中川の…花菜の叔父さんや叔母さんにも子供ながらに両親の事を聞いちゃいけないような気がしててずっと聞かないでいたんだ。だから、今回こうやって二人の写真見て二人は幸せだったんだなって思って…もし今も生きていたら…て」
愛児は涙で言葉が続かなくなった。
「愛児…」
花菜は優しく愛児を抱き締めた。
「これからはいろんな人に両親の事を聞きに行ってみるよ」
と愛児は花菜に言った。
次の日から愛児は中川をはじめ夏樹と一也の両親、IT企業の社長の佐伯…時間を見つけてはいろんな人に会いに行き両親の話を聞いた。
みんな愛児が来てくれた事を喜び、まるで自分の事のように幸せな顔をして夏樹と一也の話を聞かせてくれた。
夏樹と一也の生い立ちから中学高校大学の話、一也がモデルだったときの話、夏樹と一也がケンカした時の話、結婚式に夏樹を見て一也が鼻血を出しそうになった話、愛児を授かった時の話、愛児が産まれた時の話、愛児の名前の由来…交通事故にあったとき一也が夏樹と愛児を守るように抱き締めて亡くなっていた話…。
「俺の両親は…短い人生だったけど、きっと幸せだったんだよな」
「そうだね。いろんな人に今でも愛されて幸せだよね…」
と花菜は愛児の横に座った。
「今まで俺は両親がいなくて孤独だって心のどこかでいつも思っていたけど、見えないところでいろんな人に愛されていたんだな…」
と愛児はアルバムをぎゅっと抱き締めて呟いた。
なつとかず完結です。
夏樹と一也、中川と佐伯それぞれの愛の形と心情を皆さんに伝えられたらと思い書きました。
今、夏樹と一也は雲の上で愛児の成長を優しい眼差して見ていると思います。
読んで頂きありがとうございます。
次はまた違う恋の話を書きたいなと思います。