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赤燈の街  作者: 漱木幽
7/12



 結局アカデミーは二日間の間休校になった。

 何をするという目標があったわけでもなかったマリアベルは、セキトウと共に静かに時間を過ごした。

「照らす魔女」の葬儀が決まり、フランネが大慌てで現れた以外は何事も起こらず、街はひっそりと静まり返っている。普段の様子からもっと騒いでもよさそうなものだが、赤燈が残らず消えてしまったあの日に塔の周りに街のほぼ全員が集まってからは、特に大きな動きはない。

 ――そもそも。

 現場に駆け付けなかったマリアベルは人々があの塔の周りで一体何をしていたのか知らない。たしかにあの塔は街にとって特別な場所であるが、縋れば救ってくれる救いの塔などでは決してあり得ないことは、誰しもわかっていることだ。あの中に隠されているのは魔女の生死―― いや、魔女の歴史だけだ。いったい人々はあの場所に何を求めたのだろう。

 二日目朝の食事。トマトとベーコンのサンドウィッチをかじりながら、マリアベルはそのことだけをじっと考えていた。トマトの強烈で不自然な酸味が気にならないくらいに、深々と。

 テーブルの向い側、もともと祖父が据わっていた席には、セキトウが座っている。彼もマリアベルと同じものを食っていたが、こちらは「不思議な味だ」などと零しながら、食事に集中しているようだった。

「ねぇ」

 考えてもさっぱり理由が想像できなかったマリアベルは、向かいでもそもそとサンドウィッチを咀嚼しているセキトウに声をかけた。セキトウは声で返事をする代わりに、紫苑色の双眸でマリアベルの瞳を見返した。

「……それ気に入ったの?」

「うん。不思議な味がするけど、悪くないね」

 お世辞にもこのトマトの所為で美味いとは言い難いだろう。この味音痴―― と心中で悪態を突いたところで、我に帰る。

「そう―― じゃなかった。そうじゃなくて、訊きたいことがあるのよ」

「何かな?」

「おとといのことだけど、みんなが街の、塔のほうに集まってたって言ったじゃない? あれってどうしてかしら」

「そういえば、あったね。そんなことが」

 口の中のものを呑みこんでから、そう悠長に答える。

「けど、ぼくもみんなが同じほうに歩いていくのを見ただけだからね。厳密に何をしていたかはわからないよ。なんの意味もなく、ああいうふうに人が集まることはないと思うけれど」

 ぼくは知らないことのほうが多いよ、と真顔でそんなことを言いながら、再びサンドウィッチにかぶりつくセキトウ。マリアベルはしばらくその旺盛さを見つめていたが、やがて自分も思い出したように一口食べた。

「……今日もあそこに人が集まるのよね」

「お葬式だっけ?」

「告別式。棺桶の中身は空っぽだもの。きちんとしたものじゃなくて――どうせお偉いさんの演説で始まって終わるんだわ。何も解決しないし、趣味が悪いとは思わない?」

「どうだろうね」

 マリアベルの剣のある言葉に、セキトウは肩を竦めると、

「でも、きみが思うよりもずっと、人は考える生き物だよ。悩んでいるのは一緒のことで、一見意味のないことでも、その根幹にかかわっている人間にしてみれば、すごく重要な意味を持つことなのかもしれない。――そう。ただきみにはそう見えないだけでね」

「それじゃあ、あれがなんかしら意味がある行いだっていうの?」

 憮然と聞き返すマリアベルに、セキトウはかすかに首を横に振った。

「いや、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないってことだよ。ぼくが知らないだけで、意味がない行いもこの世にはあるんだろうしね。けれど、これだけ大規模にやるんだから何かしら理由か意味があるんだと思うよ。頭から馬鹿と決めかかると損をするかもしれない」

「そういうものかしら」

「そういうものかもしれない、だよ。この世界にはきっと、絶対と決めてかかれるものなんて無いのさ。物事は見えなくても立体なんだよ。必ず側面がある。自分の位置からじゃ見えない側面のことは、「かもしれない」って予想するしかできない。そうじゃないかな」

 セキトウは指を使って箱の形を作り、その向こうからマリアベルに笑いかけた。マリアベルは深々と息を突くと、パンからはみ出して落ちたベーコンを、摘みあげて口の中へと放りこんだ。

「……つまり、あたしにその側面を見てこいってことよね?」

 もごもごと咀嚼して、丁重に飲みこんでから皮肉っぽくそう口にする。物を食べている時は飲みこんでから喋ること、と教えたのは祖父のマーベリックだ。

「……ぼくはそうすることをオススメするかな。なにより――」

 セキトウはひと齧りつつ飲みこみながら、慌ただしく話す。口調が穏やかでゆっくりなだけ、その様子はすこし滑稽だった。

「昨日のことが気になるしね」

「昨日のこと?」

「きみの友達のことだよ」

「フランネのこと? あの子のなら大丈夫よ。あたしが居なくても」

「……やっぱりきみは頑固だね。それとも、そういうフリをしてるのかな」

 サンドウィッチを食べ終えたセキトウは、湿らせた布で丁寧に指に付いたパンくずを拭いとりながら、しっとりと微笑む。その曰く言いたげな表情に「何か」を透かし見られた気がしたマリアベルはむっとしたが、同時に逆らいがたい気もして反撃を諦めた。

 セキトウの言動は捉えどころが見え辛いためか、根本的に否定することが出来ない。彼に指摘されると、反骨の中に少しだけ「そうなのかもしれない」という気持ちが潜む。

 会話中、マリアベルはずっともやもやとした気分を味わった。けれども、それは決して厭なだけのものではない。セキトウの言動は、今まで見ないようにしていた場所に手を突っ込んでひっかきまわしてでも何かを探させるような、妙な引力を持っている。

「……あんたに何がわかるってのよ」

 口を尖らせてやっとのことでそれだけ言うと、セキトウは光の粒子を放つ指を口もとに当て、まるで煙草をくゆらせるような姿勢をとる。赤い光が炎のように立ち昇り、天井を舐めてゆるやかに広がった。

「何もわからないよ。知ろうとしてるから、こんなことを言うのさ」

「あと一日の付き合いよ?」

「それは知ることを放棄する理由にはならないと思うな」

 ごちそうさま、と行儀よく手を合わせてから、セキトウは立ちあがる。互いの食器は自分自身で片付けるというのは、マリアベルとセキトウの間に交わされた三日間の契約のうちのひとつだ。ほかにも細かな――意外にも少女らしい恥じらいを含んだ―― 取り決めがいくつか存在していたが、セキトウはそれを淡々と遵守している。取り決めを制定したのは言うまでもなくマリアベルだが、あまりにセキトウが従順なので、つまらなさをも感じていた。裏を返せば彼はとり決め以外は自由に過ごしているので、もう少しアバウトに決めごとをしていたらどうなっていたかは定かではない。そんなことを考えて変にそわそわしている自分がだんだんと気恥ずかしくなってきて、マリアベルはそそくさと食べかけを口の中に突っ込むと、セキトウが食器を洗い終えるのを待った。

 妙にゆっくりと丁重に洗い物をするセキトウを少しイラつきながら待っていると、また玄関の扉がノックされた。

「誰か来たみたいだね」

 皿の水気を拭きとりながらセキトウが悠長に言う。

「わかってるわよ」

 マリアベルはうんざりと溜息をついて、渋々腰を浮かして玄関に向かった。

 昨日のフランネのノックとは違い、ずいぶんと落ち着きのあるものだった。きっちり四回のノックの後、しばらく時間を空けてからまた四回―― というのが三度続いた。

 マリアベルが「はいはい」とすげない声とともに戸を開けると、そこには意外な人物が立っていた。

 しっかりと腰のあたりで組まれた手。ゆがみのない姿勢。人形のような無表情。おとぎ話の御姫様のような豪奢な巻き毛。リーシャだった。

 マリアベルが目を向いてその翡翠色の瞳を覗き込んでいると、

「あなたは来るべき」

 と前触れなく桃色の唇が容赦のない言葉を紡ぎ、むんずと腕を掴まれる。案外と力が強い。

「えっ、ちょっと」

 リーシャはそのままぐいぐいとマリアベルを引っ張って、外に連れ出した。マリアベルはなにか喚き散らかしながら抵抗を試みたが、リーシャの有無を言わさない勢いに丸めこまれて、やがて路地へと消えた。

「……おやおや」

 部屋の中から成り行きを見守っていたセキトウはひょいと玄関口から顔を出して、マリアベルが連れ去られる様子を見送ると、静かに玄関の戸を閉じた。

「んー、後で契約違反って怒られるかもしれないな」

 誰もいなくなったダイニングに戻り、マリアベルが残していった皿を手に取って、セキトウは人知れず微笑んだ。



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