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赤燈の街  作者: 漱木幽
6/12



 一夜が明けた。――否、一夜分の時間が経った。

 状況は何も変わらず、原初の闇に立ち戻った空には灯りの一つもない。結局昨晩のうちは魔法灯りはとうとう消灯されることがなく、すべてが街自体の灯りに委ねられていた。

 街をいつまでも照らし続けると思われていた赤燈の消滅は、人々に多大な動揺を齎したようだった。アカデミーは休校となり、お偉い方が会館に集まって話し合い、結論を出すまで待機とのお触れが出た。

 ゆうべのことが気がかりで寝付けなかったわりに珍しく早起きをしたマリアベルは、アカデミーが休校と知るや、朝食を摂るか寝るか暢気な葛藤を繰り広げたのち、結局はベッドに倒れ込んだ。

 家には買いこみ過ぎたしなびた野菜類がたくさん貯蔵されている。魔法で育った植物の類は、太陽の光要らずで保存が利く代わりに見てくれは最悪に近く、味も悪い。それを好んで食べる悪食も存在するが、マリアベルはあくまでも「目的」のためにしか野菜を口にはしなかったし、そうでなければ見るのも厭なものだ。

 いくら保存が利くからといっても限度がある。放っておけばいずれダメになるものなので、買い過ぎた分は処分しなくてはならないが、積極的にどうこうする気も起きない。――だから、そう急いで朝食を摂る理由がない今、マリアベルは惰眠をむさぼることを選択した。……野菜の処分に関しては、また後日考えるとして。

 しかし、マリアベルにとってつつがなきものである夢の中にも、厄介事は容赦なく持ちこまれた。

 見るからに口に入れてはいけないような色とりどりの野菜が“成った”木のつるが彼女を捉え、暗い空へとどんどんおいやろうとする夢だ。マリアベルがハラハラと「起こってほしくない」ことを考える度に、木のつるはそれを実行しようとするそぶりを見せる。やがて空へと投げ放たれそうになったところで、カンタスの怒鳴り声が不意に聞こえてきて、マリアベルは耳を覆って叫んだ。

 ――そうしてベッドから半ば転げ落ちるようにして起き上がったのが、昼時前のことだった。

 すべて夢だったのだと安堵し、溜息をついたマリアベルは、ベッドの上に戻ってしばらく憮然と寝癖のついた栗毛を撫でつけていたが、意識が覚醒していくにつれて「三日間だけの同居人」のことを思いだしていった。

 そういえば、彼はいったいどうしただろう。つい放っておいてしまったけれど。

 自分が腹をすかせていることに気付けば、彼もおそらく腹をすかせているだろうな、という想像に辿りつく。彼―― セキトウはある意味あの屋根裏部屋に囚われているも同じなので、マリアベルが起き出さないことには、自分で食料を確保することもままならないのである。

 後ろ髪を引かれる思いでベッドにしばしの別れを告げると、自室の前の―― ちょうどすぐ前のタラップ式階段を上って屋根裏に顔を出す。

 少年・セキトウは相変わらず窓のそばに居た。ブランケットがわりに使っているらしい紺色の外套に包まれて、微笑を浮かべたまま何気なく外を見下ろしている。

 ランプの灯はすでに消えているが、彼の周りはぼんやりと明るい。

「誰も通らないわよ。見てても」

 マリアベルが声をかけると、セキトウは緩慢にそちらを向いた。

「そうみたいだね。昨日が嘘みたいだ。みんな忙しく走り回ってたのに」

「昨日が特別だったのよ。……今日も特別だけど」

 お偉いさんの会議とやらはまだ終わらないのだろうか。結果が出次第、『手紙を投函する』魔法で各家庭に通達がなされる手はずになっている。マリアベルは今、起きてからポストを確認していないことに気付いて、あとで確認しておかなければと密かに思った。

「今日は―― 街が沈んでるみたいだね。どうしたのかな」

「あんたの所為じゃない?」

「ぼくの?」

 きょとんとして首をかしげるセキトウの隣に屈みこんで、マリアベルも窓から外の様子を見る。

 思った通りに人通りはなく、こんな時間帯だというのに住宅街の家々の窓からは、賑やかに室内灯の光が漏れだしてきている。この様子だとお偉いさんからの通達はまだのようだ。

「あんたの所為―― あんたが落ちてきた所為」

「ああ」

 そう言われてセキトウは苦しげに微笑む。

「そうかもしれないね。悪いことをしたな」

「でも、わざとそうしてやろう、って思ったわけじゃないんでしょ?」

「それはそうだよ。ただ、ぼくにもああなるとは思ってもみなかっただけさ…… けど、空の光はこの街のヒトにとっては大切なものでしょう? それがいきなり消えたら。不安にもなるよね」

 と、灯の消えたランプを見つめて言う。

 たしかに当然あった光が失われるのは耐えがたい恐怖だろう。マリアベルはセキトウの視線を追いながら、太古の人々の太陽が失われた時の気持ちを考えて身震いした。

「あたしは…… あたしもそりゃ、びっくりしたけど。この街の人たちにとっちゃ、あの光はただの光じゃないから、きっと。今でも「照らす魔女」が自分たちを見守ってくれてるって証だと思ってて、それで」

「照らす魔女…… 彼女が?」

 首をかしげるセキトウに、マリアベルはこの街の「信仰」を説いた。

 太古に魔女に救われた人々の末裔であるこの街の住人達は、魔女を半神格化させて、今でもこの街を見守り、「息子たち」を空に放ち続けていると信じているのだ、ということを。

 セキトウは彼にしては珍しく、表情のない顔でマリアベルの話を聞いていた。そして、

「なるほど、そういうことになってるのか。そうだとすれば今頃――」

 と彼が何か言いかけた時、下の階でドアが激しくノックされる音が響く。二人ともはっとしたように顔を見合わせて、窓から外を見下ろした。

 屋根裏からはちょうど玄関が死角になっている。マリアベルはため息をついて、「出てくるからそこを動かないで」とセキトウに言い含め、自身はノックのせっぱ詰まったリズムに急かされもせず、階段から転げ落ちないように注意しながら、たっぷり時間を使って玄関に向かった。

 疲れたのだろう。ノックはマリアベルが玄関にたどり着く前に一度やんだが、少し経つとまた飽きもせずに鳴り出した。……この妙なしつこさには覚えがある。

 マリアベルが呆れ顔で緩慢に戸を開け放つと、はたしてよく知る友人の困惑した表情が目の前にあった。フランネとマリアベルの身長はほとんどかわらない。視線がかっちりと噛みあい、マリアベルの皮膚を厭な予感が駆け廻り、表面が泡立った。

「マリー!」

 顔を突き合わせるなり、フランネは悲痛な叫び声をあげた。そのヒステリックな様子は母親そっくりだ。肩につかみかからんとする手をさらりと往なして、マリアベルは嘆息混じりに訊ねる。

「いったいどうしたっていうのよ、フランネ」

「マリー、なんでそんなに冷静なの!?」

「あたしからしてみれば、特別におかしいのはあんたのほうよ。それでいったいなんだっていうの、急に」

「手紙! 見てないの?」

「手紙? ……ああ、投函されてたのね。いつきたのかしら」

 特別興味もなく(少なくとも事件に関わりのある人物と接触したので)警戒もしていなかった所為か、まったく投函の魔法に気づかなかったようである。マリアベルのすげない態度にさらに激昂した様子のフランネは、人差し指を振り見だしながらまくし立てる。

「今だよ。今さっき! いいから早く見てよ。びっくりだよ」

「わかった。わかった」

 喚くフランネを宥めすかし、投函された自分宛の封筒に手を伸ばそうとすると、フランネがすでに封を破った封筒を押しつけて寄越す。マリアベルは肩を竦めてそれを受け取ると、几帳面に糊がはがされた白い封筒から、一枚の紙片を取り出した。下部には街のお偉いさんの判が捺してある。正式な書面のようだ。

 宛名を読み飛ばし、内容に目を走らせる。そしてすぐに、

「は?」

 と眉をひそめて、その信じられない一文を二度三度と読みなおす。しかしいくら読もうが、内容が変わることは一切ない。

「これ、誰が書いたの?」

 手紙から目を離してまったく合理性にかける質問をすると、フランネもマリアベルと同じように眉をひそめて「誰って、街の偉い人」と答える。……それはそうだ。

 マリアベルは「馬鹿じゃないのか」と口に出しそうになって危うく喉を鳴らして堪える。手紙をフランネに返すと、内容を反芻させては嘆息した。

「……仮に」

「えっ?」

「いいから聞きなさいよ」

 フランネが拍子抜けして何か言いだす前に、マリアベルは精いっぱいに(彼女にしてはかなりの努力をした)言葉を選んで話し始めた。

「仮に。仮によ? ――空の光が消えたのが「照らす魔女」が死んだからだとして。なんであたしたちがその葬式をやるのよ。おかしいじゃない」

 明日午後、「照らす魔女」の告別式を行う。――手紙の内容を簡潔に示すとこのようになる。

 マリアベルが呆れるのには理由が二つある。

 ひとつは空の光の消滅が、少なくとも「照らす魔女」の死去によって引き起こされたのではないと知っているからだ。今回のことに「照らす魔女」は関わってはいない。――おそらく。

 ふたつめはこれだけの時間話しあっておいて、最初に寄越した通達がこのような現実逃避めいた内容か、ということ。いったい何をどう話し合えば、こういった結果とも言えない結果が出るのか、マリアベルには理解できなかった。

 マリアベルのはっきりとした性格はフランネも良く知っている。彼女はかなしそうに目を伏せると、

「たぶんそう言うんだろうなって、思ったよ? でも―― そう、仮に。仮にもうすっと昔に「照らす魔女」が死んじゃってて、今回のこととは関係がなくても、みんながマリアベルみたいに割り切って考えてるわけじゃないんだよ」

「それはわかってるけど、こんなお祭りみたいにしなくたっていいじゃない」

「しょうがないよ。だって、魔女のことは誰も知らないんだよ。子孫がいたとしても、それが誰かわからないんだもん。だからみんあで参加するしかないよ」

 言いたいことはわかる。マリアベルは顎に手を這わせて「みんなのきもち」とやらを考えてみた。

 ――事実この街全体が「照らす魔女」の子孫のようなものだ。彼女がいなければ、この街はもっと陰惨な歴史を綴っていただろう。もしくは滅びていたかもしれない。それだけ大切な人物なのはマリアベルも良くわかっている。

(……けど、もしあたしがなにも知らなくても――)

 街全体で告別式を、と言われて参加する気にはなっただろうか。やはりどこか納得がいかない。

 フランネの言う「みんな」はこの決定に何を感じているのだろう。直接訊いて回る気にはなれないが、いくらか自分と同じ考えを持っている人はいるのじゃないか。マリアベルはそう感じたが、少なくともそれは目の前の少女に言うべきことではないのだろうと判断した。……なんだかんだ、魔女が正式に死んだと判断され、気が動転して友人の家まできてしまような性格なのだ。これ以上追いつめることもなかろう。

「――わかった。もういいわ」

 両手を広げて「もういい」とでも言うようにお手上げのポーズ。

「どうせあたしが騒いでも何にもならないもの。あたしのことは気にしないでいいわ、フランネ」

「え、それじゃあ、でも―― マリー」

 言外の意味を理解したのだろう。フランネは何か言いたそうな目でマリアベルを見るが、彼女はいたたまれなそうに目を逸らしただけだった。

「あたしは大丈夫だから」

 あくまで折れようとしない友人を心配そうにしばらく見つめていたフランネだったが、やがて諦めて帰っていった。

 フランネの後ろ姿を見送った後、マリアベルは後ろめたさを抱えて家の中へと戻った。玄関先の隅のほうには、座り込んで退屈にそうに座り込んでいるセキトウが居る。彼はマリアベルと視線が合うと、曰く言いたげな苦笑を洩らした。

「やあ」

「やあ、じゃないわよ。あれほどでてくんなって言ったのに」

「ごめんごめん、ちょっと気になってね」

「見つかってたら面倒事が追加されてたとこだったわ」

 セキトウは立ち上がり、マリアベルの追撃をさらりと聞き流し、フランネが去っていった方向を見ながら、うわごとのように呟いた。

「彼女はとても頭がいいね。……そしてとても優しい」

 フランネのことを言っているのだと思ったマリアベルは、小言は一端置き去りにして、「そうでしょ?」と微笑んだ。

「それから、ちょっと要領が悪い」

 しかし、継ぐセキトウの言葉には表情を曇らせる。

「そうでもないわよ。フランネはとても勉強の仕方が上手だし、要領が悪いのはどっちかって言ったらあたしのほう」

 そう。さっきだって余計な気を使わせたみたいだし。

 心が翳る。セキトウはそれを見越したかのように微笑むと、マリアベルの胸元を指してこう言った。


「そういう意味でいう要領じゃないよ。じきにわかるさ。……それに、君は要領が悪いんじゃなくて、意地っ張りなだけ。ね」





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