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赤燈の街  作者: 漱木幽
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 玄関のドアを開けると、いつもより埃っぽいにおいがした気がして、マリアベルは気が滅入った。

 後ろに控えた少年は、マリアベルの肩越しに家の中を覗き込んでいる。未知の洞穴を好奇心から覗き込んでいるような雰囲気で、「おお」だとか「へぇ」だとか、感嘆の声を洩らしていた。

 ほんとうに入れてしまって大丈夫か、コイツ。マリアベルはあからさまに溜息をつくと、浮かれている少年を振り返って釘を刺した。

「ほんとに三日間だけよ。三日! あんたに貸すのは屋根裏。あたしの部屋には入らない。……いい?」

「それで構わないよ。……今更ぼくが訊くのも変な話だけど、そんなにすぐ決めてしまっていいのかな?」

 少年は「魔女の息子」と名乗られて呆然としているマリアベルに、「三日間の居所」を提供してほしいと頼み込んできた。彼が普通の少年だったら問答無用で放り出していることだろうが、自分でも不思議なことに、マリアベルはこの少年が「魔女の息子」であると信じても良い気がしていた。

「照らす魔女」が太古に生み出した、たったひとつの光の化身―― 考えてみれば多分におかしな話だが、それにしてもこの少年は、少なくとも他にはない特徴を有していた。

 指先から常に溢れている光の帯だとか、独特の雰囲気だとか。

 実際のところ、マリアベルが彼を招き入れる気になった理由の大部分は、彼のその雰囲気にあった。言動こそ普通の少年となんら変わりあるところはないが、彼はなにか超然的な、引きつけられる魅力を有している。

 それは例えば恋愛感情だとか家族に感じるような、人間的な感情を呼び起こすものではなくて、もっと生物的な―― さながら虫が光に吸い寄せられるような、抗いがたい魅力だ。

 出逢って間もないというのに、彼の傍にいるだけで、さきほど変に緊張していたのがばからしくなってしまうくらいに心が安らいだ。祖父が去ってのち、ひとりきりで暮らしてきた家の中によく考えもせずに彼という「光」を引きこんでしまったのは、独りで居る間の心の隙を埋めてくれるのではないかと思ったからだ。

「まあ、いいんじゃない。どうせこの家、あたししか住んでないし」

 道徳観念を以て言えばそこが問題に違いないのだが。少年は苦笑しつつもあえてそれを指摘することをしなかった。

 マリアベルにしてみれば、正体不明の男子を家に上がりこませる不徳は心得ているものの、なまじ正体不明なためにあまり異性としては意識せずに済むという印象もあった。

 二人はまず、少年の三日間の寝床となる屋根裏部屋に向かった。そこはかつてマリアベルが遊び部屋として使っていた場所だ。屋根が高く急なおかげで大の大人が身をかがませなくても済むくらいのゆとりがあったし、大きな窓もひとつあった。――もっとも、寝床に使えそうなものはなかったが。

 二階最奥のタラップ式の階段を登ると、そこが屋根裏だ。家にいてもやることがないマリアベルによって掃除だけはきちんとされていたから、それほど埃っぽくもなく、居心地は良さそうだ。

「ここを貸すわ。好きにしていいけど、あんまり散らかさないでね」

「もちろん」

 少年はやはり物珍しそうに屋根裏部屋を隅から観察し始める。しばらくしても見ものをやめようとしないので、しびれを切らしたマリアベルは「ちょっと」と彼を呼びつけた。

「なんだい?」

「なんだい、じゃないわよ。あんたはあたしに、色々と話すことがあるんじゃないかな。少なくともあたしはそう思うのだけど」

「ああ、そうだね。――それじゃあ、何から答えようか。答えられる範囲で答えるよ」

 少年はまたあの不敵な笑みを浮かべて、大きな窓の前に座り込んだ。

 窓の外からはわずかに街灯の光が差し込むだけで、暗い。マリアベルは備え置きのランプに火を入れて床に腰をおろし、少年との間にランプを置いた。

 円形にじんわり広がる光がふたりの間に開いた距離を明確なものにする。さながら舞台のスポットのようだ。

 場の雰囲気が変わった。家主はマリアベルのはずなのに、彼の「存在」はふるさびた思い出がしみいっている家の壁ごと、そっくりその場の雰囲気を変えてしまった。彼が招くように広げた手のひらには、すでに主導権が収まっている。

「まず……そうね。名前。あんたの名前。なんて呼んでいいかわからないわ」

 まどったマリアベルは疑問にどこから触れて良いかわからなくなって、彼の名前を聞いた。

「ぼくの名前? そうか。そうだね」

 少年は何か、感心した様子で頷いて、

「……ぼくは名を名乗ったことがないんだよ。だからきみが好きに呼べばいい」

 好きに呼べと言われても。マリアベルはさらに狼狽したが、たかが三日間のうちの同居人だ。名前を呼び合うほど親しくなることもなかろうと半ば強引な口実で納得して、少年を便宜上、赤燈―― セキトウと呼ぶことにした。もちろん、本人にそう呼びかけるつもりはないが。

「わかったわ。勝手にする」

「うん、そうして。――きみが決めた名前で、ぼくのことを呼んでくれればいいけど」

 少年改めセキトウは、そう言って悪意のない笑みを浮かべた。たった今心の中で、彼にぞんざいに名前を付けたマリアベルは、すでに良心の呵責にほだされてしまいそうになった。

「ほかには訊きたいことはあるかい?」

 色々と思慮をめぐらせては右往左往するマリアベルとは裏腹に、セキトウは相変わらずリラックスした様子でそう告げた。これでは本当にどちらが家主かわかったものではない。

「あるわ。――あんた、どっから来たの?」

「どこから? きみは見ていたんじゃないのかい。空だよ。上から落ちて来たんだ」

 すっかり誤魔化すものと考えていたマリアベルは、セキトウのいやにあっさりとした解答に少しだけ落胆した。思えば彼は最初から「魔女の息子」だと名乗っているわけだし、それが彼が空から落ちて来たモノの正体だ、とマリアベルが判断している理由である以上は、たとえ彼がそれを誤魔化しても意味がない。それに気付いたマリアベルは、すぐに次の質問をした。

「あんたが本当に「魔女の息子」だったとして、なんで空から落ちてしまったの? あれはいったいなんだったの?」

 光の収束。――結集か。破裂。そして彼が落ちた。

 いったい街の上空で何が起きて、なんの因果で自分がそれに巻き込まれているのか。――それもまったく予想もしなかったような、埒外なかたちで。

 それがマリアベルが一番知りたかったことだ。

 セキトウは質問を受けると、出逢ってから始めて本格的に困ったような笑みを浮かべた。

「――ああ、それか。アレはなんと言って説明したらいいんだろう。たぶん「何か」に引きずられたからなんだろうけど、少し早かったんだ。その所為で色々失敗して、ぼくがぼくになった、かな?」

 彼の言葉はいちいち具体性に欠けたが、これは特別だ。マリアベルは眉間にしわを寄せて「は?」と聞き返す。半ばその反応を予測していたのだろう。セキトウは決まりが悪そうに頭を掻いた。

「正直のところ、ぼくにもよくわからないんだ。きみも街のみんなも見たアレは、『起こるべくして起こること』だったんだけど、それはもうちょっと先のことだったんだ。本当は今日、あのタイミングで起こることじゃなかった」

 悩んでいるわりには、セキトウの口調は滑らかだ。

「アレが起こる適切なタイミングは―― そう。あと三日後だったんだよ。ぼくはそれまで待って、行かなくちゃならない。そして今度こそ成功させなきゃ」

「何を成功させるの?」

 要領が得られなくてイライラしたマリアベルが口を挟んだ。セキトウは少しの間逡巡して言葉を選びながら、ゆっくり答える。

「諦めなかった人々に光を―― かな。ごめん、うまく説明できない。ぼくのことは、三日も経てば全部わかるものと思うよ」

「……結局三日経たないとわからないってこと?」

「こればっかりはうまく説明できないんだ。申し訳ないけどね」

 そう言って腕組みをして俯くセキトウの表情には、すくなくとも嘘があるとは思えなかった。

 結局肝である彼の目的を知ることができなかったマリアベルは釈然とせずに首を捻るが、本人にも答えられないのでは仕方がない。仮にわからないふりをされているのだとしても、ここであまり追求してみても、実りはないように思えた。

 ――三日後、か。

 マリアベルはふと、カンタスに通告された四日後の試験のことを思い出して憂鬱な気分になった。三日後に何が起こるのか、また彼が何をしよう としているのか。待ち受ける「適切なタイミング」とやらに興味は尽きないが、試験のことを思うとどうも、時間が経過してほしくない気もする。複雑だった。

「少し話が逸れたけど」

 セキトウの声に我に返る。

「ぼくは空から落ちてきたんだ。きみが見たとおりに」

「わざわざ、あたしの家の前に?」

「……そうか」

 マリアベルが皮肉っぽくそうつけ足すと、セキトウはなにやら新しい発見をした、とでもいうかのように納得した表情を見せて頷いた。

「きっと、「引かれた」のはこの所為だ」

「どういうこと?」

なにやら一人で合点した様子のセキトウを訝りながら、ずっと遣うまいと思っていた、単調な質問の句を口にする。この質問のしかたは答え方を相手にゆだねてしまうがために、効果的ではない。はぐらかそうと思えばいくらでもはぐらかすチャンスを与えてしまうことになる。

案の定、マリアベルがしまったと思った時には、セキトウは“彼女にとって”すげない解答をすでに用意していた。

「それも全部、教えられるときがきたら教えるよ。……自分で考えてたほど、今のぼくには答えられることは多くなかったみたいだ」

「なにそれ。あたしが聞きたかったこと、ほとんど教えてもらってない。そんなんで居候しようだなんて、あんたも大した豪傑ね」

 今度は皮肉でもなく思った感想をそのまま伝えると、セキトウはひょいと軽妙に肩を竦め、

「だから、ぼくにとっても予想外だったんだ。でもぼくにもひとつだけわかったことがあるから、それをきみに話すことはできるかな」

「何よ」

「……すくなくとも、ぼくはきみのところに来るべくして来たんだ。そしてきみがきみだからこそ、こうしてぼくを容赦しているんだろうって」

 また抽象的な物言いだ。しかもこの手のあやふやな言葉を、彼はさも当たり前のように、自信を声に乗せて話す。マリアベルはわけもわからず嘆息した。ちっとも話が進みやしない。


 ――きみがきみだから。

 案外悪くない。

 すこしだけ気分をよくしながら、顔は憮然としているように努めた。



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