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08

本村モトムラ ツトムは人生を賭けた行動に出ようとしていた。

勉がこれからしようとしている事。

それは誘拐だ。

当然、そんな事をすれば犯罪者の仲間入りだ。

しかし、勉には他の方法が見つからなかったのだ。

勉が誘拐しようとしている人物はコンビニで働く女性店員だ。

勉は大学生で大学までは自転車で通っている。

その通り道にこのコンビニがあり、勉は頻繁に利用している。

そんなある日、彼女と出会ったのだ。

そして胸元に付けた名札に『かぐら』と書かれていた彼女に勉は一目惚れしてしまった。

ただ、彼女との関わりと言えばコンビニで会う程度であり、付き合うどころかまともに話すら出来ない状態だった。

そんな時、彼に会ったのだ。

「うわ、失敗したよ……最悪」

今、彼は携帯電話を操作しながら何か不測の事態が発生したらしく、ブツブツと文句を言っている。

「あの……何かあったんですか?」

「あ、あんたの方には関係ねえ事だから安心して」

「はあ……」

出来れば自分の事に集中してもらいたいと思いつつ、そんな文句も言えずに勉は気の抜けた返事になってしまった。

彼と出会ったのは昨夜、コンビニを出た時だった。

レジでお金を払いながら彼女と何か会話でもしようと意気込んで、結局何も話せず、落ち込みながらコンビニを出た勉に彼は話し掛けてきたのだ。

「もしかして、あの店員さんが好きなの?」

軽くバカにするような態度で初めは相手にしようとは思わなかった。

しかし、その後の言葉で勉の考えが変わった。

「彼女との仲を深めるために俺が協力してやるよ」

「え?」

「俺、こういうのを考えるのは得意なんだよ」

そんな話をされただけでは勉も信じようとは思わない。

ただ、そう話す彼の表情が自信に満ち溢れていたのだ。

そして話を聞くだけならと彼について行ってしまった。

しかし、今冷静に考えてみれば、その行動は間違っていたのではないかと感じている。

彼は彼女の名前が神楽カグラ 麗美レイミである事を知っていただけでなく、話によって人を誘導するのも得意なようだった。

そのため、勉はどんどんと彼のペースに呑まれてしまった。

そして今、彼の提案した麗美の誘拐をしようとしている。

何故こうしようと決めたのか勉自身もわかっていない。

ただ、必ずこうしないといけないという気持ちだけがあるのだ。

とはいえ、それも今こうして彼がやる気のないような態度を見せていると迷ってしまいそうになる。

彼は自分と同じ大学生ぐらいの年齢に見える。

茶色に染めた短い髪。

両耳にはピアス。

ただ、ピアスはいわゆる透明ピアスで何故か目立たなくしている。

代わりに左手首に着けられている色褪せたミサンガの方が今時珍しい事もあり目立っている。

勉はそうして彼を観察していたが、そこで目が合ったため目を逸らした。

「それじゃそろそろ準備に入るよ。俺が指示を出したら、これで脅して外に連れ出してよ。そしたら俺が車で拾うからさ」

彼が差し出したもの。

それは拳銃だ。

そんなものを彼が持っている理由について勉は当然気になったが、まだ聞いていない。

ただ、彼は自分と異なり、銃を持っているのが当たり前な人なのだろうと理解したのだ。

「本当に上手くいきますかね?」

「いや、多分失敗すると思うよ」

「え?」

彼の意外な言葉に勉は固まる。

そんな勉を見て、彼は笑い出す。

「ジョークだよ」

それは彼の口癖なのか、その台詞を勉は何度も聞いている。

しかし、勉にとっては笑えないジョークだった。

「それじゃ頑張ってね」

彼はそう言うと何処かへ行ってしまった。

携帯電話があるため、いつでも彼と話が出来るようにはなっている。

彼の言うタイミングが来たら、連絡が来るのだろう。

そこで勉はその連絡を待ちながら彼の事をまた思い返していた。

話によると彼はこうした犯罪の計画を立てる仕事をしているらしい。

勉は当然知らなかったが、彼のような人物は多くいるようだ。

正式なものかどうかはわからないが、こうした職業の名前も彼から聞いた。

とそこで電話が鳴り、勉はすぐに出る。

「準備完了。思いっ切りいっちゃいなよ」

「ホントにこんな事して良いんですか?」

勉は不安になり、改めてそう尋ねた。

それに対し、彼は笑い声を上げる。

「別に嫌ならやらなくて良いよ。でも、やらなかったら一生後悔するんじゃね?」

「……わかりました」

誘拐をする事で一生後悔する可能性も考えつつ、勉は行動する事にした。

ここまで勉を動かすものは、やはり彼の絶対的な自信とそれを信用している事だろう。

そして勉は何も考えず大きく深呼吸をした後、コンビニの中に入り、銃を突き出す。

「さあ、大人しくしろ!」

その台詞は彼が考えたものだ。

勉は色々と疑問もあったが、その通りにした。

「あ?」

「何だこいつ?」

しかし、そこで勉は気付く。

コンビニの中の様子がおかしいのだ。

そこにはマスクを被った男が2人いて、どちらもナイフを持っていた。

「仲間か?」

「いや、知らないよ」

男達も勉に驚いている様子だ。

どうやら勉が来るよりも前に強盗犯が来ていたようだ。

勉はどうしたら良いかわからず、混乱してしまった。

しかし、そこで勉はレジに目をやる。

そこには目に涙を浮かべながら、誰か助けを求めている様子の麗美がいたのだ。

そして勉は震える体を抑えようと、また深呼吸をする。

「お前……あなた達、こんな事をしてはいけないと思います!」

もはや自分でも何を言っているかわからなかったが、勉は銃を男達に向ける。

「おい、どうせモデルガンか何かだろ?」

「いえ、本物です! 彼にもらったものですから……」

そこで勉はもう1度だけ麗美に目を向ける。

麗美は勉の方を見ていた。

今、麗美は勉に助けを求めているのだ。

それだけ確認すると勉は覚悟を決める。

「彼女を助けるために……あなた達を撃ちます!」

そして震える手で照準を合わせる。

この銃は本物である。

このまま撃てば、自分は人殺しになるかもしれない。

しかし、勉は麗美のためならそれでも良かった。

「あ、待て!」

「俺達、降参するよ!」

そこで勉の気迫に負けたのか、男達はナイフを捨てると手を上げる。

「勉、頑張ったね」

その時、彼が警官を3人も連れてやってきた。

「……え?」

当然、これは彼の話していた計画にない事で勉は混乱する。

しかし、勉が状況を把握する前に周りの状況は刻一刻と変わり、警官がマスクを被った2人の男を取り押さえる。

「たく、無茶するなよ」

そんな中、彼は呆れたような表情を勉に向ける。

「そんな偽物の銃で挑んで、ばれたらどうしてたんだよ?」

その言葉に勉は慌てて銃を確認する。

これまで、この銃は本物だと信じて疑わなかった。

しかし、試しに引き金を引いてみると、お約束といった形で銃口から火が出た。

どうやらこれは精巧に作られた銃の形をしたライターのようだ。

「これは!?」

「本物の銃なんて持ってる訳ねえし。あと、それ大切な物だから返してくれよ」

彼はそう言うと勉からそのライターを取った。

「あと好きな人を守るために頑張る気持ちもわかるけど、それで死んだりしたら彼女が悲しむでしょ?」

彼はそう言うと麗美に目をやる。

「え!?」

それだけで勉の気持ちに気付いたらしく、麗美は顔を真っ赤にする。

勉は訳がわからず、ますます混乱してしまった。

その時、警官が男達を連れて行った。

「おい、計画と違うじゃないか!」

「あいつの計画通りやれば上手くいくと思ったのに……」

男達のそんな会話を聞き、勉の中に1つの違和感が生まれた。

そして少し考えたところで、その違和感はある推測に変わった。

それは今起こっている事こそが彼の計画通りなのではないかという事だ。

「それじゃ俺は用事があるから帰るね」

「あ、待って下さい!」

勉はコンビニを出て行った彼を追い掛ける。

「全てあなたの計画通りなんですか? あの2人の男を騙して、僕に花を持たせようと……」

まだ近くに警官がいるにも関わらず、そんな事を聞いて良かったのかと思ったが今更遅かった。

ただ、彼と警官は知り合いのようでもあり、いらない心配だったかもしれないとも思った。

勉の質問に彼は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開く。

「種明かしはしねえ主義なんだよ」

彼がそう返したため、勉はそれ以上追求出来なくなってしまった。

勉はさらに少し考え、他に聞くべき事があった事を思い出す。

「あの……報酬ってどうすれば良いですか?」

成功した時には報酬をもらうと彼から言われていた。

しかし、具体的に何を要求するかについては教えてもらえなかった。

成功した時になって具体的に報酬を要求すると言われていたのだ。

つまり今その時が来たという事だ。

彼は勉を怖がらせようとしているのか、不適な笑みを浮かべる。

「報酬なんていらねえよ」

「え?」

「あんたの誘拐、成功してねえじゃん」

「いえ、でも……」

「じゃあ、今度誰か友達でも紹介してよ。大学の友達とかいるでしょ?」

「え?」

彼がそんな事を言う理由がわからず、勉は答えに迷ってしまった。

しかし、彼に何かしらかの礼をしたいと思っていたため、その頼みを受ける事にした。

「はい、良いですよ」

「とはいえ、一手遅かったみたいで今更必要なくなるかもしれねえけどね」

「どういう事ですか?」

「まあ、こっちの話だよ」

彼の言葉の意味はわからなかったが、勉はこの事を詮索しない事にした。

「あと、それなら友人に紹介する時のために名前ぐらいは教えてくれませんか?」

まだ会ったばかりとはいえ、彼は自分の事をほとんど話していない。

名前すら名乗っていないのだ。

勉としても深く知る気はないものの、そうして隠されてしまうと気になってしまい、ダメもとで聞いた形だ。

「俺はクライムプランナー。コードネームはエースって事以外に伝える事はねえよ」

予想通りだったが、彼は昨夜と同じ事しか言わなかった。

勉は諦めるように溜め息を吐く。

「……でも名前ぐらいは決めておいても良いかもね」

しかし、何の気まぐれか彼はそんな事を呟いた後、笑ってみせる。

久城クジョウ 零次レイジだよ。零次って呼んでくれれば良いから」

彼が名乗った名前は多分偽名なのだろうと勉は思った。

しかし、それでも構わなかった。

「わかりました、零次さんですね」

「それじゃまた」

彼は最後にそう言い残し、行ってしまった。

残された勉はその後姿をただ見ていた。

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