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凛は1人でエレベーターに乗り、最上階を目指している。
エレベーターはガラス張りになっているため、後ろを見れば景色が広がっているはずだ。
しかし、凛は外の景色を見る事が出来なかった。
以前ここに来た時は今のように昼ではなく夜だった。
そのため、今見る景色は当時と確実に違うはずである。
しかし、父の事を思い出してしまうだろうと考え、凛は見なかった。
その時、凛は落ちていた銃を拾った。
最上階には確実に司がいるはずだ。
司は父を殺した犯人であるだけでなく、このまま放っておけばさらなる被害を生む存在といえる。
零次もいなくなった今、凛が司を止めなければいけないのだ。
しかし、自分にそんな事が出来るだろうかと考えると疑問だ。
凛はイレイザーに入ってから、父の死の真相を追うために必要な知識と技術だけ習得してきた。
それにより、イレイザーの情報を盗聴する等し、役立てる事は出来た。
しかし、得たものはその程度で戦闘能力等はないに等しい。
零次でも敵わないという司に挑んだところで確実に返り討ちに遭う。
しかし、決意を胸に抱き、凛は後ろを向いた。
凛は何かからずっと逃げていた。
それは1つや2つではなく、たくさんの事からだ。
今も司から逃げ出してしまいそうな自分がいる。
しかし、逃げてはいけないのだ。
だからこそ、まずはここから見える景色から逃げない事にした。
昼と夜で違うとはいえ、やはりこの景色は自然と父の事を思い出させた。
凛はそんな父との思い出を1つ1つ胸に仕舞うと、自らの力にしようと決めた。
そして最上階に到着し、凛はエレベーターを出た。
恐らく司が殺したと思われる大勢の遺体を横目に凛は銃を構え、慎重に奥へ進んだ。
ここは待合室も兼ねているため、テーブルや椅子も並んでいるが、それらは倒れているものがほとんどだ。
そして凛は司の姿を確認する。
凛は銃を構えると司に照準を合わせる。
しかし、凛が撃つよりも早く司は銃を構え、撃ってきた。
その銃弾が当たり、凛の銃は弾け飛んだ。
そのまま凛は殺されると思ったが、司の銃が丁度弾切れになったようで、司は少しした後、銃を捨てた。
司はゆっくりと立ち上がり、右手で何かを投げてきた。
咄嗟に凛はそれをキャッチし、1年前に自分が金庫に入れた指輪の付いたネックレスである事を確認する。
これは母の形見としてもらったものだ。
ただ指輪のサイズが大きく、誰か男性に送るための指輪だったのではないかともらった時から思っていた。
そして父の存在を知ったところで、この指輪は父に贈られるはずのものだったのだろうと気付いた。
あれから1年後の今日、もしも父と2人でまたこの場所を訪れ、父を思う気持ちに変わりがなかったとしたら、この指輪を父に渡すと共に自分の思いを伝えるつもりだった。
結局、その願いは叶わなかった訳である。
そこで凛は司の手に握られているSDカードに気付いた。
「司はそれを手に入れたくて父を殺したの?」
お互いに銃を持っていない状態だが、確実に凛が不利な状況だ。
しかし、凛は堂々とした態度で尋ねた。
「何で父を殺したのよ?」
凛の質問に対し、司はすぐに答えず、間を空けた。
「……覚えていない」
「え?」
それは意外な答えだった。
「pHの記憶は大体認識出来ている。でも、死神として生きていた自分の記憶はほとんど認識出来ていないままだ」
司はゆっくり近付くと、銃を取り出した。
その銃は凛の銃だった。
「前に言った事と逆の事を言う。……俺は凛の父親を殺した犯人だ。でも、その記憶は持っていない」
麗美は少しずつ頭を整理していた。
「だから凛に謝る事が出来ない」
それは理解したくない事だった。
なぜなら父の死の真相はわからないという結論を示されたからだ。
司は凛の目の前まで近付いてきた。
そして倒れていたテーブルを起こすと、そこにSDカードを置いた。
「俺がこれを欲しがっていた理由も覚えていない。だから俺には必要ないものだ」
司は無表情のまま話し続ける。
「高野俊之はこれを凛に渡そうとしていた。どうするかは凛が決めるべきだ」
それだけでなく、司は銃もテーブルに置いた。
「1発だけ残っている。それも好きにしろ」
「……え?」
「自分のするべき事をすれば良い」
司はそれだけ言うと凛の横を通り過ぎて行った。
後ろを振り向けば、司が背を向けている。
咄嗟に凛は銃を掴んだ。
今、司は銃で自分を撃てと言っているのだ。
司が何故そんな事をするのかはわからない。
しかし、ここで凛は思い出す。
pHは自分の出来る事をするべき事としていた。
そう考えた時、凛が今出来る事、するべき事は何なのか。
その答えを見つけ、凛は銃の照準を合わせると、銃を撃った。