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零次はエレベーターの中で溜め息を吐いた。
「殺されはしてねえから、まだチェックメイトじゃねえって事かな」
そう呟いたものの、零次は既に気付いている。
死神であると自覚したためか、司が零次の手には負えない状態になっているのだ。
単純に身体能力であれば互角だと思っている。
しかし、司と自分では決定的な違いがある。
むしろ司とそれ以外の人では決定的な違いがあると言っても良いかもしれない。
それは人が当たり前に持っているはずの感情が司にはないという事だ。
零次程の実力があれば、素手で人を殺す事も可能だ。
しかし、人を殺すという行為そのものに抵抗を覚え、そうはならないようにしてしまうのが普通だ。
それは言ってしまえば手加減をするという事になる。
多くの人は無意識のうちにそうした手加減を行ってしまうはずなのだ。
それは当然、零次もだ。
しかし、司だけは違う。
人を殺すという行為に全く抵抗を持っていないのだ。
現に零次は全て回避出来たものの、一歩間違えれば殺されていたであろう攻撃をいくつも受けていた。
あのまま司との戦闘が続いていたとしたら、確実に殺されていただろうと零次は思っている。
その時、エレベーターが1階に到着した。
「零次?」
凛は零次の姿を見て驚いた様子だ。
「ごめん、俺は戦線離脱するよ」
「え?」
「後は頑張ってね」
当然、凛が文句を言っていたが、それを聞く事なく零次はスターダストタワーを出て行った。
そして軽く振り返り、改めてスターダストタワーを見た後、その場から離れた。
シヴァウイルスを手に入れるという目的は今も持っていた。
pHの記憶を持つ司に近付き、時には司を助けていたのもそのためだ。
しかし、今の司を相手にして無事にシヴァウイルスを手に入れる事は不可能と考え、引く事にした。
「解決はしたのかなー?」
そんな声が聞こえ、零次は足を止める。
「何しに来たんだよ?」
そこにいたのは麗美だった。
どうやら零次が流した司の情報を入手し、零次もここにいるだろうと思って来たらしい。
「頼まれてたものを渡そうと思って来たんだよー」
麗美はそう言うとSDカードを差し出した。
それは零次が麗美に預けていたものだ。
「暗号、もう解けたの?」
「餅は餅屋って言ったのはそっちでしょ? こんなの私にとっては子供騙しだよー」
零次はSDカードを受け取り、軽く笑う。
「でも、そんなのどうやって手に入れたのー?」
麗美は険しい表情を見せる。
「それ……pHの記憶だよね?」
「やっぱりわかったんだね」
零次は感心するように言った。
あの時、司からpHの記憶が入ったSDカードを受け取り、零次はすぐに自分が持っていた別のSDカードとすり替えた。
つまり窪田のスナイパーライフルで撃ち抜かれた、あのSDカードは全く関係のないものだったのだ。
そうして零次はpHの記憶を入手したものの、暗号の解読は出来ずにいた。
しかし、麗美に頼んだ結果、意図も簡単に暗号を解読し、こうして持ってきてくれた訳だ。
「それ、どうするつもり?」
「イレイザーが標的にした奴は科学者のような何かしらかの技術や知識を持った奴ばっかなんだよ。それを奪うだけでも大金は手に入るでしょ?」
零次は既にこの情報を用いて何をするか考察し始めている。
「私はこれで完全に引くからね」
「そう言いながら、また会いそうだね」
「あ、勉君も会いたがってたし、平凡な人に変装した上で会いには来て欲しいなー」
その言葉に零次はまた笑ってしまった。
「わかった、考えておくよ」
とはいえ、零次はそこで少しだけ考える。
「もう1つだけ依頼しても良いかな? 嫌なら断っても良いから」
「何?」
零次はわざとらしく間を空けた。
「……司は記憶について研究してた、ある研究グループを全員殺してるんだよ。それ、ある目的のためだと思ってるんだけど……」
麗美はそれだけで零次の求めているものを理解したのか表情を険しくさせた。
「pHの記憶を持つ前の記憶、司はバックアップしてたんじゃねえかな?」
「悪いけど、それが欲しいって事なら断るからね」
「まあ、そうだよね」
麗美がそう言うのはわかっていた。
「じゃあ、麗美からもらったシステムを利用して探すよ」
「気を付けてねー」
「俺はいつだって気を付けてるよ。それじゃまた」
零次は最後にそう言うとその場を後にした。