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法定速度を守る事なくバイクを走らせている司を零次はしっかりと捉える形でついて行っている。
「あいつ、バイクの運転上手いね」
司は右に左にバイクを振っては次々と車を追い抜いて行く。
零次は後ろに凛を乗せているため不利ではあるものの、バイクの運転には自信がある。
しかし、司から引き離される事はないものの、追い付ける気がしなかった。
場合によってはスターダストタワーに先回りする事も考えたが、司が最短ルートを進んでいるため、それも困難だ。
零次は司をどう止めようか頭を働かせる。
その時、脇道から『それ』が姿を見せ、零次は咄嗟に避ける。
結果、零次は少しだけ遅れを取ってしまった。
「あれ……何?」
凛がそんな事を呟いたが、零次も全く同じ疑問を持っていた。
『それ』は一見すると戦車のようだった。
ただ大砲のような物は見当たらず、キャタピラではなくタイヤで走行しているため、速度も速い。
「情報表示」
零次はそう呟くと左目にだけ映る形で情報を表示させる。
両手が塞がっているものの、声を使って情報を取得する事は出来る。
いくつかの言葉を発するだけで零次は目的の情報を手に入れた。
「ガーディアンの佐藤が単独行動を取ってるらしいね。ストライカーって名前の装甲車を奪って姿を消したみたいだよ」
「じゃあ、あれが……?」
「そのストライカーで運転してるのは佐藤だろうね」
当然、司もその存在に気付いたようで後ろを確認するような仕草をしている。
その時、爆発音が鳴り響き、ストライカーの前方を走っていた車が炎を上げながら引っくり返る。
「あんなんじゃ司が死ぬんじゃねえかな?」
「佐藤は司を殺すつもりだよ。一緒にいた鈴木が死んだのは司が発端になってるって思ってるみたいで……さっき会った時、正気ではないように見えたの」
「そっか、何で急に来たのかと思ったけど、イレイザーに捕まったっていう司をあれで待ち伏せしてたのかもね」
それだけでなく、佐藤はストライカーでイレイザーの本拠地へ攻め込むつもりでもあったのではないかと零次は考えている。
通常であれば、そんな無謀な事をする訳がないが、凛の話を考えれば十分あり得る。
ストライカーは司と距離を詰め、真後ろに位置を取った。
司は後ろを確認する事なく勢い良くバイクを振り、左に移動する。
同時にまた爆発音が鳴り響き、前方を走る車が炎を上げる。
しかし、当たり所の問題か今度はその場でスピンを始めた。
「掴まっててよ!」
零次はストライカーの後ろにバイクを移動させる。
そしてストライカーがスピンしている車を吹っ飛ばしたため、零次達が巻き込まれる事はなかった。
ストライカーの後ろにいればある程度の障害物は問題ない。
しかし、ストライカーから攻撃を受ける危険もあるため、零次はすぐにバイクを横に移動させる。
その時、司は急ブレーキを掛けるとタイヤを滑らせながらバイクの向きを反対にする。
そして銃を取り出すと1発だけ撃った。
同時にストライカーの前方で爆発が起こる。
司はそのままストライカーだけでなく零次達の横も通り抜け、すぐ近くの交差点を曲がった。
「ストライカーの武器をあっさり壊したみたいだね」
ストライカーは司を追い掛けようとブレーキを掛け、切り返した。
その横を零次は通り過ぎる。
「司を追わないの?」
「こっちの目的はスターダストタワーに行く事だよ」
零次はミラー越しにストライカーが司と同じ交差点で曲がるのを確認する。
しかし、零次はこの後の事を既に予測していた。
次にあった交差点を零次は曲がる。
「勝ってると嬉しいんだけどね」
その次の交差点は直進だ。
しかし、信号は赤になっている。
「無茶するよ!」
零次はブレーキを掛ける事なく交差点を走り抜ける。
そんな零次を避けようと何台かの車が事故を起こしたが、零次は気にしなかった。
それよりも交差点を曲がってきた司が横に並んだ事を零次は気にした。
司が簡単な迂回をしたため、何とか追い付く事が出来たが、油断は出来ない。
ストライカーも少しして姿を見せた。
「あれの前には出たくなかったんだけどね」
「零次!」
凛の叫び声を聞き、零時は咄嗟にブレーキを掛ける。
いつの間にか司は銃を取り出していたのだ。
しかし、狙いは零次じゃなかったらしく、そのまま交差点に入ったところで司は銃を1発撃った。
それから少しして横転したタンクローリーが滑ってきた。
零次はタンクローリーをかわすように左へ移動し、交差点を通過する。
タンクローリーは道を塞ぐような形で交差点に横転した状態で止まった。
それから少ししてストライカーがタンクローリーに突っ込んだのか大きな炎が上がる。
零次はミラーを使い、後ろを確認する。
そこには炎に包まれたストライカーがいた。
司は軽く後ろに顔を向けた後、今度は上に向けて銃を撃った。
それにより電線が切れ、火花を散らしながら地面を這いずり回る。
零次はタイミングを計り、電線を避ける。
直後、ストライカーに電線が触れ、激しい光を放つ。
しかし、それでもストライカーは止まらなかった。
「あれ、どうやったら止まるんだろうね?」
「私に聞かないでよ」
凛とそんなやり取りをして零次は笑う。
その時、大きな橋に入り司はバイクを左に寄せる。
それから司が少しずつ速度を落とし、零次はまた横に並んだ。
「何してるの?」
「わからねえけど……」
司が何かしようとしている事はわかるものの、具体的に何がしたいのかはわからなかった。
ストライカーも追い付き、司の後ろにつけている。
司は何度か後ろを確認し、何かタイミングを計っているようだった。
そしてストライカーが間近に迫ったところで司は無理やりバランスを崩すようにしてバイクを倒す。
そのまま司はバイクから落ちて転がっていくが、倒れたバイクはストライカーの左前方に引っ掛かる形でぶつかった。
結果、ストライカーは左前方のみブレーキを掛けられた状態になり、大きく左に曲がる。
咄嗟にブレーキを掛けて止めようとしたようだが、ストライカーは左側にあったガードレールを突き破り、そのまま歩道も越え、橋から落下した。
零次はその光景をミラーで見ながら、その場から走り去ろうとした。
しかし、地面を転がりながら司が銃を撃ち、それが後ろのタイヤに当たったのかパンクしてしまった。
当然、零次はバイクを制御出来なくなってしまい、前を走る車に激突する形で止まった。
「凛ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だけど……」
零次も凛も奇跡的に軽傷で済んだ。
とはいえ、司から追撃を受ける危険があるため、零次は後ろを警戒する。
しかし、司は零次達に構う事なく後ろに銃を向けて撃った。
その銃弾が後ろから来ていたバイクの運転手に当たったようで、運転手がバイクから落ちる。
運転手のいなくなったバイクは倒れた後に地面を滑ったが、司の目の前で止まった。
司は銃を仕舞うとバイクに乗り、零次達に構う事なく行ってしまった。
「早く追い掛けねえと」
そうは言ったもののタイヤを撃ち抜かれたバイクを使う訳にはいかない。
「あの……大丈夫ですか?」
その時、零次達が衝突した車の運転手が出てきた。
「車借りるね。凛ちゃん、運転してよ」
「ごめんなさい」
零次と凛はそれだけ言うと車に乗り込み、走り出した。
「さすがに間に合いそうにねえし、足止めするよ」
零次は携帯電話を使い、ある情報を発信した。
それは司が死神であり、今はスターダストタワーに向かっているという情報だ。
「何やってるの?」
早速、携帯電話に情報が入ったようで、凛は驚いた様子を見せた。
「死神を標的にしてる奴、結構いるんだよ。そいつらに司の足止めをしてもらおうと思ってね」
「そんな事して大丈夫なの?」
「多少のリスクはあるけどしょうがねえよ」
司を止めるのは困難な事だ。
そのため、相応のリスクを負うのはしょうがないと考えた結果の行動だ。
しかし、零次はこれでも司を止める事は出来ないと考えている。
とはいえ、零次は今の状況で不謹慎な考えも持っていた。
それは司と接近戦を行いたいという考えだ。
近接戦闘のスペシャリストを自負している零次の力が死神である司に通用するかどうか、零次自身が知りたいのだ。
しかし、零次は興奮する気持ちを表に出さないように冷静を装った。