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零次の話を凛は信じる事が出来なかった。
「司が死神で……父を殺した犯人だって言うの?」
「うん、そうだよ」
「……またいつものつまらないジョークでしょ?」
凛がそう言ったが、零次は真剣な表情だった。
「だって司がそんな事する訳ないじゃない」
「それじゃ凛ちゃんは司の何を知ってるの?」
「それは……」
零次の質問に凛は答えられなかった。
考えてみれば司とはまだ出会ったばかりだ。
司の事はほとんど知らないも同然の状態といえる。
しかし、凛は納得出来なかった。
「やっぱり司がそんな事するなんて思えないわよ」
「もしかして凛ちゃん、司の事が好きだったの?」
「そんなんじゃないわよ!」
「ジョークだよ。怒らないでよ」
零次の態度に凛はいつも通り苛立ちを覚えた。
「とにかく俺を中に入れてくれねえかな? 凛ちゃんに捕まったって事にすれば中に入れるでしょ?」
零次はそう言うと笑顔を見せる。
「さすがに強行突破ってのは無理そうだし、協力してよ」
「中に入って何する気なの?」
「司に会いたいんだよね」
凛は銃を構え直すと零次を睨んだ。
「あなたを中に入れる気はないから」
「こんなとこで時間を使う訳にはいかねえんだよ。連れてってくれねえかな?」
零次の頼みを聞く気等、凛にはなかった。
そんな凛の様子に零次は溜め息を吐く。
「だったら、凛ちゃんを納得させようか?」
零次は携帯電話を取り出した。
その携帯電話は零次が持っていたものとは異なるように見える。
「これ、加代子ちゃんが持ってた携帯電話だよ」
「え?」
「研究員が全員殺されていた、あの研究所で拾った物じゃねえかと思ってるよ」
零次は携帯電話を操作すると、画面をこちらに向けた。
そこには1人の男性が映っていた。
「今、俺達は閉じ込められて、次々に殺されてる。多分、俺も助からないから今から犯人の名前を言う」
男性は慌てた様子で続ける。
「俺達を殺しに来た犯人の名前は……神野司だ」
そこで零次は動画を止めた。
「これを見たから加代子ちゃんは誰にも言わずに隠れ家を出て行ったんだよ」
「違うわよ! こんなの……どうせ作り物でしょ!?」
「だったら、俺が考える真相を話したら納得するかな?」
零次はそう切り出すと話を始めた。
まず、司はシヴァウイルスを手に入れるために高野を襲ったが、結果的に手に入れたものはpHの記憶が入ったSDカードだけだった。
さらにデータとして保存された記憶は暗号化されていて解読する事も出来ず、結局司は何も得られなかった。
しかし、そこで司は諦めなかった。
記憶の研究をしている者を探し、加代子の事を知った後、奥木大学の生徒として潜り込んだ。
それから研究グループに入り、間接的に加代子や正人を操作する形で自らがpHの記憶を持ったのだ。
とはいえ、そこで問題が発生する。
裏の世界で生きていたpHの記憶を持った事により、死神として裏の世界で生きていた記憶をほとんど失ってしまったのである。
それだけでなくpHとしての記憶もほとんど認識出来ず、司は無意識のうちに自らの存在をイレイザーやガーディアンに知らせてしまった。
しかし、司はpHだけでなく本来持っていた死神としての記憶も潜在記憶としては持っていた。
そのため、銃の扱いに優れているだけでなく、近接戦闘も得意とし、ここまで生き延びられた形だ。
そこまで零次の話を聞いたものの凛はまだ納得出来なかった。
「そんな面倒な事しなくても、もっと効率の良いやり方があったでしょ? pHの記憶を持った事でリスクを高めてるだけじゃない」
「確かにその通りだけど、死神は効率とか考えずにただ行動するんだよ。それに潜在記憶の存在を考えれば、そこまでリスクはねえと思うけど?」
それについては零次の言う通りだった。
司が持つ戦闘能力はイレイザーやガーディアンを相手にしても問題ない程、優れている。
現にここまで司が生き残っている事がそれを証明している。
pHの記憶を持っても潜在記憶は残ると考えた上での行動だとしたら、今起こっている事も問題ないといえる。
「でも、全部推測でしょ?」
「だったら、そう推測した根拠を話そうかな。まず、司は神野家に生まれた訳じゃなく養子として引き取られたみたいだよ」
「え?」
「奥木大学についても前からいた事になってるみたいだけど、司を知ってる人はみんな1年以内に知り合ったみたいで、それより前の司を誰も見てねえんだよ」
話を聞きながら、零次が裏で何か企んでいるように見えたのは、こうした司の情報を集めていたためだったのだろうと凛は思った。
「司が死神だって証明は出来てねえよ。でも、司が死神じゃねえって証明も出来ねえんだよ。とにかく司の過去は不審な点が多過ぎるよ」
凛は零次の話から少しずつ司の事を疑い始めていた。
しかし、そんな疑いを否定しようと首を振る。
「やっぱり司は死神なんかじゃないわよ」
「……説得は難しそうだね」
苦笑してみせた零次を前に凛は表情を険しくした。