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麗美はpHが隠れ家として使用していた建物にいた。
今、麗美は人を待っている。
最もその人とは待ち合わせをした訳じゃない。
勝手にここへ来ると予想し、こうして待っている形だ。
その時、足音が聞こえ、麗美は顔を上げる。
「やっぱり来たねー」
「何であんたがここにいるんだよ?」
やって来たのは麗美が待っていた人物、零次だった。
「ここに来ると思って待ってたんだよー」
「もう関わらねえんじゃなかったのか?」
「うん、そのつもりだったんだけどねー」
麗美は笑ってみせたが、零次は特に反応を見せなかった。
「勉は元気か?」
「うん、こっちは別に誰からもマークされてないから安心してー」
「それでもこれ以上関わるとさすがに危ねえんじゃねえの?」
「だからこれがホントに最後だよー」
そこで麗美は一息吐いた。
「私、あなたがいた児童養護施設……大好きだから」
麗美は零次が何か言う前に続ける。
「今もあれがあそこにあるのは、誠一のおかげなんだよね? ありがとう」
これがずっと麗美のしたかった事だ。
零次は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開く。
「人違いじゃねえか?」
そんな返事をされる事を麗美は予想していた。
「じゃあ独り言として聞いて。腹違いの弟が死神を名乗っていただけでなく、亡くなってしまって落ち込んでない?」
図々しいかと思ったが、麗美はこれを聞かずにはいられなかった。
両親は既に亡くなっているため、誠二が亡くなったという事は唯一の血縁が亡くなってしまったという事だ。
それが零次の心にどれだけの傷を与えているか麗美は想像も出来ず、何か力になれればと思ったのだ。
しかし、零次は笑顔を見せた。
「こっちも独り言だから。血の繋がりがなくても、家族って呼べる奴らがいるから良いんだよ」
麗美は零次の言葉を聞き、何の心配もいらないとわかった。
血の繋がりもなければ、今は一緒にいる訳でもなく、お互いに何をしているかすら知らないはずだ。
しかし、あの施設で暮らした者達はそんなのが関係ないと言える程、強い絆で今も結ばれているのだ。
その事が麗美は嬉しかった。
「でも、あなたも大変だねー。イレイザーが捕まえようとしてるみたいだよー」
「てか……まだ情報収集出来てるのかよ?」
「須藤誠二が支配してた部分を奪ったんだよ。だから情報収集と操作は出来るの」
「なるほどね」
零次はそう言いながら部屋に入ると壁を叩き始める。
「何やってるのー?」
「この部屋で高野俊之が殺されたみたいなんだけど、俺の予想だとこの辺りに……」
その時、壁にあった隠し扉が開いた。
「そんなのがあったの?」
「出入り口がそこだけなんておかしいでしょ? 別の脱出経路があるはずだと思ったんだよ」
麗美は興味が湧き、零次について行った。
しかし、その隠し扉を抜けてすぐ近くに遺体があったため、足を止めた。
「……誰の遺体?」
「多分、ずっと見つかってなかったpHの遺体だ」
それは麗美にとって意外な答えだった。
なぜなら麗美はpHが生きていると考えていたからだ。
「pHはいつ殺されたの?」
「多分、1年前に高野俊之が殺されたのと同じタイミングだよ」
零次は何か考え込むような様子を見せる。
「何を考えてるのー?」
「色々だよ」
そこで麗美はある事を思い出し、携帯電話を取り出す。
「もしかしたら、これも役に立つかなー?」
麗美は携帯電話を零次に向かって投げた。
零次はそれをキャッチし、確認する。
「加代子さんが持っていたものなの」
「え?」
警察が来る前に麗美は加代子の遺体を調べ、この携帯電話を手に入れていた。
何か手掛かりがないかと探すためだったが、連絡先を確認したところで加代子の携帯電話じゃないという事はすぐわかった。
その時点で麗美は嫌な予感がしたため、調べるのを止めたものの、この携帯電話は所持していたのだ。
「この前、渡そうと思ってたんだけど忘れてたから」
「ありがと」
零次は携帯電話を仕舞った。
「それとセレスティアルカンパニーのシステム、全てあなたの支配下に置いたからね」
「え?」
「元々、あなたが持つべきシステムだから……誠二が使ってた部分も含めて、今は全部使えるようになってるからね」
「わかった、ありがたくもらうよ」
零次はそう言った後、麗美の横を通り過ぎる。
「もう行くの?」
「今回、あまり金稼ぎが出来てねえから、もう少し稼いでくるよ」
「ホントに目的はお金だけなのー?」
「資本主義の国だよ? 金以外の目的なんてねえよ」
麗美は零次が児童養護施設に対してお金を送り続けている事を知っている。
そのため、そんな零次の言葉を聞き、単純に素直じゃないと思った。
「気を付けてね。何かあったら協力するから」
「もう関わらねえんじゃねえのかよ?」
零次は呆れた様子を見せたが、そこでSDカードを取り出した。
「もしも余裕があったら、お願いするよ」
「何これ?」
「見ればわかるよ」
零次は背を向けるとそれからは振り返る事なく、行ってしまった。
麗美はそんな零次の背中をいつまでも見ていた。