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凛は零次と共に行動しながら司の事を心配していた。
「きっと司だったら大丈夫だよ。今までの司を見てればわかるでしょ?」
「司はただpHの記憶を持ってるだけよ。それに素数を見つけるのも大変じゃない」
いつの間にかドアに書かれた数は4桁になっている。
零次は携帯電話を使っているため特に問題なく奥へ進めているが、司は頭で計算する必要がある。
ガスから逃げるために時間はあまりない。
そんな状況で4桁の素数を見つけ出す等、困難な事だ。
そこで凛は別の考えが浮かんだ。
「そういえば、何で催涙ガスなの?」
長時間受ければ、何かしらかの影響が出るかもしれないが、催涙ガスに殺傷能力はない。
それこそ毒ガスと呼ばれるような人を死に追いやるものがあるにも関わらず、それを使わないのは不自然に思えた。
「あくまで推測だけどね」
しかし、零次は何か考えがあるらしい。
「誠二は手を抜いてるんじゃねえかな?」
「え?」
「このゲームだってそうだよ。そもそも初めから誠二は凛ちゃんを殺すつもりじゃねえみたいだし」
確かに零次の言う通りだった。
「あくまで私を誘き出そうとしてるだけって事なの?」
「まあ、それならこんな事しねえで簡単に会わせろよって思うけどね。何か賭けのつもりなのかもね」
「賭け?」
「まあ、直接会って聞いてみれば?」
零次が開けた先は短い廊下になっていた。
そしてその正面に1つドアがあるだけだった。
気付けば、この辺りでは催涙ガスの噴出が止まっている。
「ゴールかもね」
零次がドアを開け、奥へ進んだため、凛もすぐ後ろをついて行った。
「ここ……研究所だったみたいね」
そこは父が使っていた研究所のようだ。
荒らされているのではないかと思っていたが、中は整理整頓されていて、父が使っていた当時の状態のままだと言われても納得出来た。
最も凛がここに来るのは初めてのため、実際にそう言われても真偽を確かめる術はない。
「やっぱり司はまだいねえみたいだね」
その時、物音が聞こえ、凛はそちらに目をやる。
「来てくれて嬉しいですよ」
そこには仮面を被った男がいた。
「正体はわかってるんだし、そんなのもう取れよ」
「言われてみればそうですね」
零次の言葉に対し、誠二は仮面を外す。
「ゲームは楽しんでもらえましたか?」
「何で、こんなことをしたの?」
凛の質問に対し、誠二は笑みを浮かべる。
「それ相応のリターンを得るためにはリスクを背負う必要があるからです」
「え?」
「あなたが来て私を殺すというリターンを得るために、あなたが死ぬかもしれないというリスクを背負ったんですよ」
「どういう事?」
「人を殺すのも同じです。そうしてリスクを背負う事で大きなリターンを得られると思っているんですよ」
そこまで話を聞いても、凛は誠二の考えを理解出来なかった。
「シヴァウイルスのデータは何処にあるの?」
「ああ、それなんですけど……」
そこで誠二は笑い出す。
「私は何も知らないんですよ」
「え?」
「昨日、神野司が話しているのを聞いて利用させてもらったんです。本当に来てくれるとは思いませんでしたよ」
誠二は凛を騙したという事がおかしいらしくいつまでも笑っている。
凛は銃を取り出すと誠二に向ける。
今まではこうして銃を向けても撃てなかった。
そのせいで誠二は殺人を繰り返し、多くの人が死んでしまった。
今ここで彼を殺さなければ同じ事の繰り返しだ。
凛はそう考えると引き金に指を掛けたが、そこで止まってしまった。
「どうしたんですか? また撃たないんですか?」
誠二は挑発するような態度を見せる。
凛は唇を噛み、手を震わせる。
その時、零次が凛の持つ銃に手を当て、ゆっくりと下ろした。
「凛ちゃん、ここは俺に任せてくれねえかな?」
零次はそう言うと手首を回し始める。
「これは私の責任だから……」
「うん、凛ちゃんの考えも知ってるんだけどね」
零次はゆっくりと歩き、誠二の前で足を止めた。
「責任って点だと多分、凛ちゃんよりも俺の方があるんだよね」
「え?」
「俺……こいつの腹違いの兄だからね」
凛は零次の言葉の意味がわからなかった。
しかし、誠二は意味を理解したのか驚いた表情をしている。
「……誠一ですか?」
「今は久城零次……いや、エースだよ」
そこで誠二はナイフを出すと零次に近付く。
そしてナイフを振ったが、零次は軽く後ろに下がり避ける。
誠二は距離を詰めようとまた近付き、ナイフを振る。
それに対し、零次は反対に距離を詰めると誠二の頬にパンチを与えた。
誠二はその攻撃により大きくよろける。
これまでたった数秒の出来事だった。
しかし、凛の目にも2人の実力差は明らかな形で見えた。
誠二はまた攻撃を仕掛けようとしたが、零次はそれよりも早く蹴りを当てていた。
攻撃を受けた誠二がまた下がり、零次はそれを追い掛けるように距離を詰める。
咄嗟に誠二はナイフを振ったが、零次は軽く頭を下げるようにしてそれをかわすと5発程殴った。
そして誠二はその場に倒れた。
「もう終わりにしよう」
「ふざけるな!」
誠二は今までの丁寧な言葉から急に乱暴な言葉に変わった。
「何でこんな事をしたのか聞くつもりはねえし、非難する気もねえ。俺にその権利はねえみたいだしね」
零次はそう言うと誠二に背を向ける。
「私は死神だ! お前なんかに負けない!」
「その時点でお前の負けだよ」
零次は何処か寂しそうな表情だった。
「死神を名乗って強くなった気になるなよ。お前は須藤誠二として強くならねえといけなかったんだよ。てか、誠二には表の世界で成功する力があったでしょ? 俺に出来ねえ事だって誠二なら出来たはずなのに何でしなかったんだよ?」
凛は2人の間に何があったのかは知らない。
しかし、何かすれ違いがあってこんな事になってしまったのだろうと感じた。
凛は握ったままの銃に目をやった。
誠二を殺さなければならない。
凛はずっとそう思っていた。
しかし、零次の言葉を聞き、涙を流し始めた誠二を撃つ気にはなれなかった。