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麗美は待ち合わせ場所に1人で待っていた。
児童養護施設で働いていたという女性とこれから会う事になっている。
様々な事があったため、麗美は止めようかと考えもした。
しかし、せっかくの機会だと考え、予定を変更せずに会う事にした形だ。
「あ、麗美ちゃんだよね?」
そんな声を掛けられ、麗美は目を向ける。
「電話で話したけどルリだよ。よろしくね」
彼女は自らをルリと名乗り、麗美に対してもそう呼ぶように言った。
そのため、麗美はそれに従い、彼女をルリと呼ぶ事にした。
「初めまして、麗美です。わざわざ来て頂いてありがとうございます」
「ううん、私が麗美ちゃんに会いたかったんだから良いんだよ。むしろ電話で済む事だったのに時間使わせちゃってごめんね」
「あ、私もルリさんに会いたかったので、嬉しいですよ」
「それなら良かった」
電話で簡単に話した時から気付いていたが、ルリは活発で明るい性格のようだ。
自分より年上ではあるものの、見た目も若く、同い年と言っても疑問に感じる人は少ないだろう。
2人は近くの喫茶店に入ると早速話を始めた。
「ルリさん、あそこで働いていたんですよね?」
「うん、そうだよ。その前はあそこでお世話になってたしね」
「え?」
「私の親、ひどい親だったんだよね。それで育児放棄されちゃって、私もあの施設に入る事になったの」
その話を聞いていなかったため、麗美は驚いてしまった。
しかし、それよりもこうした話をルリが明るく話している事に驚いた。
「あ、不幸話として聞かないでよね。私は幸せだったんだから」
そこでルリは麗美の顔をじっと見た。
「麗美って、私がお世話になった職員さんと同じ名前なんだよね」
「そうなんですか?」
「何か縁を感じるよね。まあ、それで会いたいって思ったんだけどね」
今、あの施設は子供達が幸せそうで素敵な場所だと思っている。
しかし、それは今に限った事ではなく、昔から続いている事なのだと知り、麗美は嬉しかった。
「あ、本題から逸れちゃったね。えっと、誠一について聞きたいんだっけ?」
「はい、そうです」
そこでルリは少しだけ考えているような様子を見せる。
「私が高校に入ってから少ししていなくなっちゃったんだよね。みんなで捜そうとしたんだけど、何か誠一を引き取ったって人が来て、手続きなんかも全部終わっちゃってたし、それならしょうがないって感じで別れちゃったの」
ルリは何処か不満げな雰囲気だ。
最もあれだけ素敵な施設で暮らしていたにも関わらず、そんな形で離れたと聞いたら自分でも不満を感じるかもしれないと麗美は思った。
「まあ……みんな誠一がいなくなった後に噂してた事があるんだよね」
「噂ですか?」
そこでルリは笑ってみせた。
「裏の世界で活躍してるんじゃないかって噂だよ」
麗美はその言葉の意味がわからなかった。
「どういう事ですか?」
「誠一、将来は裏の世界で活躍したいなんて言ってたんだよ。スパイ映画か何かに憧れてたのかもしれないけどね」
自分が想定していたものとは異なる話をされ、麗美は軽く混乱してしまった。
しかし、とりあえず話を聞き続ける事にした。
「誠一を引き取ったって人は雇われた人か何かで実は偽者だったの。それで誠一は裏の世界で1人生きてるだろうって……まあ、内容はともかく誠一の夢でもあったから、当然危険ではあるけど叶えて欲しいなってみんなが思ってたんだよね。だから、そんな噂をしてたの」
ルリは穏やかな表情になっていた。
それを見ていたら、自然と麗美も穏やかな気持ちになった。
「彼が何故施設にいたのかは知らないですか?」
「ああ、何でだろうね。お互いにそういう話はしなかったからわからないんだよね」
「そうですか」
今のところルリから手掛かりになるような話は聞けていない。
しかし、麗美は満足な気分になっている。
あの施設は自分が思っている以上に素敵な場所であるとわかっただけで、もう十分だった。
とはいえ、出来る事なら誠一の正体を知りたいという気持ちもやはり捨てられず、最後に1つだけ質問する事にした。
「須藤誠と誠一の関係は何か知りませんか?」
「須藤誠ってセレスティアルカンパニーの社長やってた人? 誠一と何か関係あるの?」
「あ……私が勝手に考えているだけで赤の他人かもしれないです」
どうやら手掛かりはないようだとわかり、麗美は諦めた。
それからあの施設についての話をしばらくして2人は別れる事にした。
「今日はありがと。また機会があったら話そうね」
「はい、お願いします」
そして麗美は特に手掛かりを得られないまま、帰ろうとした。
「あ、そういえば……」
そこでルリは何かを思い出した様子を見せる。
「誠一、裏の世界で活動する時、コードネームを使うとか言ってたよ」
「え?」
「まあ、こんな事を知ってもしょうがないかもしれないけど……」
ルリは自信がないのか、また考えているような様子を見せる。
「確かエス……違う、エースだ」
「え?」
麗美は自分の耳を疑った。
「あ……もしかして『一』という字を使ってるからエースなんですか?」
そうだとしたらあまりにもくだらないと思いつつ、麗美は尋ねた。
「あ、違うよ。初めはイニシャルでエスってコードネームにしようとしたんだけど、誰かがエースの方が良いんじゃないかって話をしたら気に入ったみたいでエースにしたの」
自らの予想とは違ったが、むしろもっとくだらない理由だったため、麗美は呆れてしまった。
それからまた簡単に話をした後、ルリとは別れた。
1人残された麗美は軽く溜め息を吐いた。
「あいつ、全然そんな素振り見せなかったのになー」
今は久城零次を名乗るクライムプランナーのエース。
どうやら彼が麗美の捜していた人物だったらしい。