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正人は奥木大学の屋上に1人でいた。
加代子が亡くなったという話は既に大学内でも広がっている。
しかし、正人は特に何をするでもなく、ただ景色を眺めていた。
その時、左に数メートル離れた場所に立った者がいたため、正人はそちらに目をやった。
そこには司が立っていた。
「司……?」
司は正人の方を向かず、先程までの正人と同じようにただ景色を見ているようだった。
正人はそこで拳を強く握り締める。
「加代子の事は知ってるよね?」
「ああ、知っている」
「全部、司のせいだよ!」
正人は自らが持つ怒りの大きさを表すように自然と声が大きくなった。
「司が加代子を危険な目に遭わせたんだ! そのせいで加代子は死んだんだよ!」
司は特に何も言わず、相変わらず顔を正人に向ける事すらない。
「司、何とか言ってよ!」
そこまで言ったところでやっと司は正人の方を見た。
司は無表情だった。
何の感情もないかのようで、正人は何故かそんな司に恐怖を覚えた。
「加代子を危険な目に遭わせたのは確かに俺のせいかもしれない」
その声からも司の感情を感じ取る事は出来なかった。
「でも、加代子が死んだのは加代子を殺した人のせいだ」
その言葉は正論だった。
正人自身、その通りだと思っている。
しかし、今それを認める訳にはいかなかった。
「違う! そもそも司が危険な目に遭わせなければ……」
「加代子を殺そうなんて思わなかったか?」
正人は一瞬、背筋が凍りついたかのような感覚を持った。
「な……何を言ってるの?」
「昨夜、加代子に会っているだろ?」
「いや、僕は……」
「加代子はここでデータの管理がどのように行われていたかを調べていた。それで正人があのデータを紛れ込ませたと気付いたんだ。俺が実験を受けた時に使用した、あのデータだと言えばわかるだろ?」
正人は何も言えなくなってしまった。
「だから加代子はここに正人を呼び出して、何故そんな事をしたのか聞いたんだろ? それとあのデータを何処で手に入れたかも聞いたはずだ」
そこで正人は気付いた。
司は何もかも気付いているのだ。
正人は少しだけ間を空けた後、話をする事にした。
「あのデータは僕の家に届けられたんだよ。差出人はわからなかったんだけど、手紙が一緒に入ってて……」
手紙の内容は不審なものだった。
差出人は研究や実験の内容を知っていたようで、送ったデータを実験で使用して欲しいと書かれていた。
ただ、使用した事により何かしらかの影響が発生しても責任を持たない等、そうした事も一緒に書かれていた。
「内容を調べようとしても暗号化されててわからなかったし、普通だったら何もしないで捨てるべきだよね」
「何で、そんなものを紛れ込ませた?」
その先を答えるべきかどうか正人は一瞬だけ迷った。
しかし、少しだけ考え、答える事にした。
「それは司の事が嫌いだったからだよ!」
正人がそんな事を言ったにも関わらず、司は何の反応もなかった。
それでも正人は自らの思いを全て話す事にした。
「確かに司は優秀かもしれないよ。でも、僕の方が加代子を幸せに出来たよ! 加代子があれだけ司の事を愛してたのに、司はいつも素っ気ない態度でそれを踏みにじって……」
最も1番の理由は別にある。
加代子はそこまで好きでない人と付き合っていた時、彼氏以外の男友達と遊びに行くといった事を普通にしていた。
時には正人も加代子と2人で遊びに行ったりして、その時を楽しんでいた。
しかし、司と付き合うようになってから加代子はそうした事を止め、一途に司を愛するようになった。
その結果、加代子と2人きりで会う事が出来なくなり、常に司が一緒だった。
その事が正人は何よりも許せなかったのだが、それは言わなかった。
「あの記憶を使えば、司の記憶が壊れると思ったんだよ。そうしたら加代子は自分と付き合うようになるって……」
「正人の話はわかった。それよりも聞きたい事がある」
司は相変わらず表情を変えず、落ち着いた声でそう言った。
それだけで正人は何も言えなくなってしまった。
「加代子が1人でいた理由は聞いたか? 加代子は俺達に何も言わないで単独行動を取っていたんだ」
正人は戸惑いながらも、昨夜の事を思い返す。
「司達が危険にならないように1人で行動してたんだよ。加代子と一緒にいたせいで危険な目に遭うって事もあるかもしれないから……。あと、僕に気を使ってくれたんだよ」
直接そう聞いた訳ではないが、加代子だったらそんな理由だっただろうと考え、正人はそう答えた。
そうして加代子の事を思い返しているうちに正人の中である考えが生まれた。
「僕……加代子の事が好きだったんだよ」
それから正人は司に全てを話す事にした。
昨夜、加代子から呼び出され、正人はすぐに出掛けた。
数日振りに会った加代子は悲しい顔をしていた。
まず、加代子から話を聞いていく中で正人の中には司に対する怒りが生まれた。
司のせいで加代子が危険な目に遭っているという事実がまず許せなかったのだ。
それから司のせいで加代子が死ぬ事になるかもしれないと考え、正人の思考は間違った方向に進み始める。
それは加代子の生死が司に委ねられているという考えだ。
加代子を独占したいと思っていた正人はそこで加代子の生死は自分によって決めたいという望みを持った。
結果、正人は衝動的に自らの手で加代子の首を絞めていた。
そうして正人は加代子の命を自らの手で絶ち、その瞬間、加代子を手に入れたと思った。
しかし、今にして思えば、司があの記憶を持った事が全ての発端であり、その発端を作ったのは自分だ。
そうした事を考えていくうちに、正人は大きな後悔を持った。