49
凛は険しい表情でパソコンを操作する零次を心配そうに見ていた。
今では凛もイレイザーの情報を手に入れられなくなってしまっている。
そのため、無闇に移動する事が出来ず、今も車は停止させたままだ。
零次は様々な策を講じて今の状況を変えようとしているようだが、まだ進展はない。
その時、凛は自転車に2人乗りしている男女を見つけ、何となく見ていた。
2人はフラフラと走っていたが、近くまで来ると後ろに乗っていた女が降りた。
「零次!」
女に呼ばれ、零次は慌てて顔を上げる。
「麗美!? 勉までどうしたんだよ!?」
「知り合いなの?」
「情報屋と……一般人だよ」
「良いから乗せてくれない? 勉君も……」
「あ、僕はここで帰ります。自転車もあるので……」
勉は笑顔でそう言った。
麗美は少しだけ迷っている様子を見せた後、溜め息を吐く。
「確かに勉君はここで引いた方が正解かもしれないね。解決したら連絡するから、すぐにここを離れて」
「はい」
麗美はそこで勉に向けて笑顔を見せた。
そして勉は自転車に乗って行ってしまった。
「じゃあ、とりあえず車を出してよー」
「でも……」
「私に任せてくれれば大丈夫だからー」
凛は麗美を信じて良いのかわからず、迷ってしまった。
「凛、言う通りにしよう」
しかし、零次がそう言ったため、凛は車を走らせた。
「2人共、何の情報も入ってこなくなってるよね? 情報操作も出来ないでしょ?」
「ああ、その通りだよ。とりあえずこっちの状況は隠れ家にいたら死神が来て、司と加代子ちゃんは行方不明って感じだよ」
「加代子さんは……殺されたよ」
「え?」
凛は何を言われたのか理解出来なかった。
「……ジョークでしょ?」
「私と勉君が働いてるコンビニにゴミを置いておく倉庫があるんだけど、その近くに遺体があったの。この前、強盗があったばっかだし店長は呪われてるとか言ってたよ」
「誰が……死神がやったのか?」
「私は違うと思ってるよ。彼女は首を絞められて殺されてたの。死神の手口とは全然違ってたよ」
「加代子が……」
凛は昨日、加代子と話をした事を思い返していた。
いつか表の世界に戻ると約束出来、凛は嬉しかった。
しかし、その約束を果たす事なく、加代子はもういないのだ。
それが突然こんな事になり、凛は悲しいというより理解したくなかった。
「司の姿もそこで見たの」
「司も見たの?」
「加代子さんの遺体、勉君が見つけたの。司は多分、加代子さんを追ってきたんだと思うよ。結局、間に合わなかったようだけど……」
司が隠れ家に残っていたという事はやはりなかったと知り、凛はひとまず安心した。
しかし、それなら零次が司を見つけられなかった理由がやはり疑問だった。
とはいえ、今は情報収集等が上手く出来なくなっているため、その影響だろうと気にしない事にした。
「次の十字路を右に曲がって」
「あ、はい」
凛は指示に従い、道を曲がる。
麗美は真剣な表情で引き続き携帯電話を操作している。
「今、セレスティアルカンパニーのシステム、使えなくなってるよねー?」
「え?」
「何で零次の利用してるシステムを私が知ってるんだろうって疑問かなー?」
麗美はからかうような笑みを見せる。
「どういう事なの?」
「セレスティアルカンパニーが構築したシステムは会社が潰れた後も残されてるんだよー。零次はそれをハッキングして利用してた……というより支配してたって事」
「何でそんな事までわかったんだよ?」
「私は何でも知ってるよ。まあ、ちょっと話が長くなっちゃうんだけど良いかなー?」
麗美はそう言ってから話を始めた。
まず、零次は関東大停電が起こった際にそれを利用してセレスティアルカンパニーのシステムをハッキングした。
その際、特にセキュリティ関連のハッキングを行い、いつでもそれを利用出来るようにした。
今まで零次はそれを用いて情報収集から情報操作、時には建物のセキュリティを解除したりしていたのだ。
一方、麗美はセレスティアルカンパニーのシステムそのものをハッキングし、全てのシステムをいつでも利用出来るようにしたらしい。
「簡単に言えば、零次が支配してる部分を含めた、もっと大きな部分を私が支配してるって事だよー」
「どうやってそんな事したんだよ?」
「関東大停電ってホントはサイバーテロをするための前準備に過ぎなかったんだよー。結果、上手くいかなくてハッキングは一部しか出来なかった訳だけどねー」
そこで零次は表情を変える。
「あんた……」
「私についての詮索は止めてね。今はそんな暇だってないでしょー?」
零次がそれで何も言えなくなってしまい、麗美はさらに話を続ける。
「今、零次がハッキングしたシステムを利用出来ない事も居場所を特定される事も……全部1つの理由だよ」
「あんたみたいにシステム全体を支配してる奴が敵……というか死神って事か」
「そういう事。すぐにわかるなんてさすがだねー。まあ、支配しているというより、元々の持ち主って考えた方が良いかもね。正規の手順を踏んでるから、それこそ何でも出来るみたい」
「なるほどね」
零次が納得した様子だが、凛はまだ麗美の話を理解出来ていない。
「どういう事なの?」
「チェスに例えて言えば、俺は精々4つ程しか駒を使えねえ状態なんだ。盤上全てを支配してる奴がいたとしたら俺がどの駒を動かしてるかは一目瞭然だろ? さらに他の駒を使って……というより盤自体を自由に使えるって事はそもそも俺の4つの駒を使わせねえようにも出来るって事だ」
「何でチェスに例えたの? わかりづらいんだけど……」
「とにかく一部を支配してるだけだと、全体を支配してる奴に敵わねえって事だ」
そこで零次はまた何か考えている様子を見せる。
「でも、誰なんだ? 元々の持ち主は須藤誠だろうけど、死んでからは放置されてたはずだし……」
「相手はシステムを所持していたものの今までは全く使おうともせずに放置してたみたいなんだよね。なのに最近になって突然使い出してるのは疑問なんだー。おかげで正体を探ろうにも手掛かりがほとんどなくて……」
「私を捜すためだよ」
凛は確信を持っていた。
「私は彼を殺せたのに殺さなかった。その事が彼にとっては屈辱みたいなの。私が司の件で動いてる事を知って、彼は邪魔する事にしたのよ。そのためにそのシステムを利用して何かしらかの妨害をしようとした……」
「そっか、凛ちゃんを捜すのにシステムを使おうとしたんだね。そしたら凛ちゃんと一緒にいる俺がシステムを利用してる事を知って直接妨害してきたと……」
零次は呆れた様子で言った。
「それで、これからどうすれば良いのかな?」
「……このシステムの真の支配者は持ち主じゃなくて私だよー」
その言葉に零次は驚いた様子を見せる。
「ハッキングだと限界があるし、持ち主には敵わねえんじゃねえの?」
「普通はそうだけど、私の場合は特殊だからー」
麗美はそう言うと笑った。
「相手にばれねえようにシステムを利用出来るのかよ?」
「今までは持ち主が放置してたし、私も目立ちたくないから手を抜いてたんだけど、やろうと思えばシステムの支配を完全に確立出来るよー。それまで時間をもらっても良い? 上手くいけば死神の正体もわかるかもしれないし」
「他に手はねえじゃん」
「じゃあ、完了するまで車を色々と走らせて位置情報を特定させないようにする必要があるから、しばらくドライブかなー」
麗美はパソコンを取り出すとキーボードを叩き始めた。
零次同様、凛も他に手はないと考えているため、麗美に任せる事にした。