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司達はいくつかビルの屋上へ行ったりしたが、司が何か思い出す事はなかった。
「ここまで手掛かりなしだね」
零次は次の目的地を調べているのか携帯電話を操作している。
「次は何処へ行く?」
「ここからだったら……高野俊之の遺体が発見された場所が近いよ」
そこは凛が行くようにお願いしていた場所だ。
「だったらそこにしよう」
「了解」
2人はその場を後にするとまた移動を始めた。
移動は基本的にバイクだ。
零次が運転し、司がその後ろに乗る形だ。
電車等では組織の者と会った時に逃げ場がない可能性があると零次が考えたため、このようにしている形だが、今のところ組織の者とは会わずに済んでいる。
零次はある程度走らせたところでバイクを止めた。
「ここだよ」
零次がそう言う前から司は目的地に着いたという事に気付いていた。
ゆっくりとバイクを降り、ヘルメットを外すと司はただ1点を見た。
「高野俊之の遺体があったのはそこだよ。何か思い出したのかな?」
零次がそう言ったが、司は特に返事をしなかった。
ゆっくり目を閉じた後、司は大きく深呼吸をしてからまた目をゆっくりと開けた。
「こっちだ」
司は振り返ると感覚を頼りに走った。
「どうしたんだよ?」
零次は驚いた様子ですぐ後ろをついて来た。
この時、pHの記憶を認識していた訳ではない。
ただ、感覚としてここが何処で近くに何があるのかがわかったのだ。
「この先だ」
司は細い路地裏を進み、その先にあった建物の前に立つ。
そこはドアに南京錠が掛けられ、開けられなくなっている。
司は銃を取り出すと南京錠を撃ち、それからドアを蹴破った。
「何やってるんだよ?」
司は中に入ると周りを見回す。
「多分、ここが……」
窓がないため、中は暗かったものの司は理解した。
「pHが隠れ家として使っていた場所だ」
「え?」
零次が驚いた様子を見せている事を片目に司は電気を点けた。
ここがどういった目的で作られたのかは知らない。
pHは何かのきっかけでこの場所を自らの隠れ家とし、多くの時間をここで過ごしていたのだ。
「多分、潜在記憶のせいだ」
「え?」
「人には習慣として特別意識する事のない記憶があるんだ。例えば、家を出てから少しして鍵を掛けたかどうかわからなくなる時があるが、記憶になくても大体は掛けてるものだ。そうした事は意識する事が少ない潜在記憶によって起こるんだ」
「司がパスワードとして無意識のうちに決まった文字列を入れたのも同じ理由だったっけ?」
「ああ、そうだ。潜在記憶には自らの家についての記憶もある事が多い。酒を飲んで記憶を失う程酔っ払っても家に帰れる理由がそれだ」
「つまり司はpHの潜在記憶によって意識する事なくpHの隠れ家に帰れたって事?」
「簡単に言えばそういう事だ」
司はそこで床に血痕がある事に気付く。
それも点々と何処かへ続いているようにあった。
司は何か手掛かりを探そうと血痕を追う形で奥に進んだ。
そして、ある部屋の前で足を止める。
そこは爆破があったのかドアが破壊されていた。
司は部屋に入る事に強い拒否感を持っていた。
しかし、司は構う事なく部屋に入る。
そこには壁や床に大きく広がるようにして血痕があった。
同時に昨日と同じように視界が真っ暗になった。
歪んだ視界。
いくつもの渦が上下左右に進んでいく。
その渦の向こう側に何かが見える。
そこに意識を集中させると、少しずつ視界の歪みが弱くなっていった。
そこにあったものは遺体だ。
刃物で体中を切られたようで、切り傷が至るところにある。
顔に目をやり、この人物の顔を頭に焼きつける。
それから自らの右手を見た。
自らの右手にはナイフが握られていた。
司はそこで意識が戻った。
「何か見えたの?」
零次の質問に答える事なく、司は自分が今見たものを頭の中で整理させる。
「もう戻ろう」
「え?」
「凛に伝えないといけない事があるんだ」
「……わかったよ。了解」
零次はすぐに了解した。
そして2人はこの場所を後にすると隠れ家に戻った。