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この日、麗美は大学へ行く事なく、近くにある児童養護施設を訪れていた。
「あ、麗美お姉ちゃんだー!」
子供達が集まって来ると麗美は笑顔を見せた。
麗美は時々ここを訪れては子供達と遊んでいる。
麗美自身は優しい両親の下に育ち、何不自由ない生活を送ってきた。
裏の世界の情報屋として動いている事を両親は知らないため、家に帰ればありふれた一般家庭の幸せがそこにある。
しかし、そうした生活を送る事が出来ない子供も世の中には多くいる。
麗美は2年前、友人の誘いで参加したボランティア活動の中でこの児童養護施設を訪れた。
そして自分でも理由はわからないが、子供達を見て麗美は胸を痛めた。
それから子供達のために何か出来ないかと考え、こうして時々訪れては子供達と遊ぶ事にしたのだ。
「それじゃあ、今日は何をしようかー?」
今、麗美はここの子供達からとても好かれている。
そして麗美も子供達の事を好きでいる。
「いつもありがとうございます」
その時、ここの職員が出て来たため、麗美は挨拶をした。
ここの職員は髪を明るく染めた女性であり、ここの管理をしているのも彼女だ。
ここを管理する者は様々な事情で何度か変わり、彼女自身はこの辺りに来てから3年程だと言っている。
しかしながら子供達を愛し、また愛されている人物であり、彼女のおかげでここにいる子供達は幸せそうにしているのだと麗美は思っている。
「例の足長おじさんはあれからどうですかー?」
麗美は特に前置きを話す事なくその質問をした。
この児童養護施設には時々大金が届けられるのだ。
それは募金のようなものだという事だが、既に金額は一千万を超えている。
そしてそうした大金を送ってくる謎の人物の事を昔何処かで聞いた話に出てきた足長おじさんと呼んでいるのだ。
「あれからは特に何もないですよ」
その返事に麗美は残念そうに溜め息を吐く。
「でも、絶対に須藤誠の件と関係ありますよね?」
この施設にはもう1つ変わった過去がある。
1年以上前になるが、ここにショッピングモールを建てるという計画があり、この施設も取り壊される事になっていた。
しかし、それはある人物によって中止された。
その人物というのがセレスティアルカンパニーの元社長、須藤誠なのだ。
須藤誠は自らの会社を潰し、そうして得たお金を使い、ここにショッピングモールを建てようとしていた者達を黙らせたのだ。
その具体的な方法について麗美は知らないものの、お金によって解決したという事なのだろうと考えている。
またそれだけでなく、募金として大金を提供し、古くなっていた建物の改装までしてもらえたのだ。
最も須藤誠のこの行動についてはマスコミ等が取り上げなかったため、知っている者はあまり多くない。
ただ、子供達に感謝の気持ちを持たせようと職員が話をしているため、子供達は全員知っている。
麗美は子供達からこの話を聞き、須藤誠がそんな行動を取った理由に疑問を持った。
そして調べていくうちにある事を知ったのだ。
「ここにいた誠一という少年については何もわかってないですかー?」
この施設には以前、誠一という名の少年がいたのだ。
しかし、誠一はある日突然姿を消し、今も行方がわかっていない。
そこで麗美はこう考えた。
他でもない、その誠一という少年が須藤誠の隠し子なのである。
誠一は施設を離れてからしばらく経っていたものの施設が取り壊されてしまうという話を聞き、放っておく事が出来なかった。
そのため彼は自らの父親である須藤誠にお願いし、この施設が取り壊されずに済むようにしたのだ。
それだけでなく、もしかしたらここに大金を送っている足長おじさんも彼なのではないかと考えている。
「生憎だけど、記録が何も残ってないんですよね」
とはいえ、その誠一という少年については何もかもが不明だ。
今、ここにいる子供達の中で彼を知る者もいない。
彼はこの施設を離れた後、神野家に引き取られたのではないかと麗美は考えている。
しかし、その証明は出来ていない状態だ。
麗美は今日も進展がないようだと知り、溜め息を吐く。
「あ、でも、この前来た人だったら何か知ってるかもしれないですよ」
その言葉に麗美は驚きを隠せなかった。
「ホントですかー!?」
「以前、ここで働いていたそうなんです。連絡先を教えましょうか?」
「はい、お願いします!」
何か手掛かりが見つかるかもしれないと麗美は興奮を抑えられなかった。
「お姉ちゃん、遊ぼうよー」
そこで待ち切れなくなった子供達から急かされ、麗美は笑った。
「しょうがないなー。じゃあ、鬼ごっこでもする?」
麗美は情報屋としての顔を消すと、単に子供好きな女子大生の顔になり、子供達と追いかけっこを始めた。