33
この日、麗美は勉と一緒に夕食を取っていた。
勉は麗美に気があるような仕草を繰り返しているものの恋には臆病な性格らしく、今夜の夕食も麗美から誘った形だ。
しかし、勉の純粋な思いは麗美にとって嬉しいもので自分が主体となっている事も悪い気はしなかった。
そして2人は食事を終えるとその場で別れた。
勉が自転車で行ってしまったのを見送り、家まで送るといった気遣いは出来ないのかと心の中で文句を言ったが、そんな風に思う自分が楽しくて麗美は笑った。
しかし、それから一息吐くと麗美は気持ちを切り替える。
「人に見られながらデートするのはちょっと嫌だったかなー」
麗美がそう言うと彼はゆっくり出て来た。
その顔は初めて見る顔だが、麗美は彼が誰だかわかっている。
「クライムプランナーが私に何の用?」
「今は勉の友達、久城零次だよ」
「じゃあ私も勉君の彼女候補として話をすれば良いのかなー?」
麗美がそう言うと零次は笑った。
「いや、情報屋としてのあんたと話がしたいからそれは困るかな」
零次の言葉に麗美は諦めにも似た溜め息を吐く。
予想通り、零次は麗美が何者であるか気付いているのだ。
「何で気付いたのかなー?」
「俺と名前が1字違いだからかな。妙に親近感が湧いて……」
「あなたの名前はどうせ偽名でしょ?」
「まあ、裏の世界の人間は一目でわかるからね」
零次が言う事の真偽はわからないが、現に自分の正体を知られている事は事実だ。
ここから自分が情報屋ではないと思わせる事等不可能と考え、麗美は零次の目的を聞く事にした。
「何か情報が欲しいんでしょ? 何の情報が欲しいのかなー?」
「あんたと同じものだよ。神野司の情報」
零次は自分の考えを隠すつもり等ないようだ。
「司の何を知りたいの?」
「色々かな。まあ、特にあの戦闘能力を持ってる理由とかね」
「戦闘能力?」
「シューティングバトルってゲームで偶然対戦したんだよ。あれ、もしも実践だったとしたら……」
零次はそれまで笑顔で話していたが、そこで笑顔が消えた。
「俺が殺されてたよ。俺は近接戦闘で負ける事なんてほとんどねえんだ。それなのに表の世界の人間に負けたなんてありえねえでしょ?」
クライムプランナーのエースが高い身体能力を持っている事は麗美も知っていた。
近接戦闘のスペシャリストを彼は自負し、それがいつしか周りからの評価にもなっている事は有名だ。
そんな彼がこうまで言うのは珍しい事なのだろうと麗美は感じた。
「それで神野司という人物が何者なのか調べようと思ったんだよ。そしたら既に神野司を追ってる奴がいたから挨拶しようと思ってね」
「じゃあ、初めから私に狙いを付けてた訳じゃなくて偶然だったんだー? 良い迷惑なんだけど」
「でも、勉の件では感謝してもらいたいね」
「別にあなたの力がなくても私は彼と一緒になってたよー」
「そうかな? まあ、結局は俺が直接司と関わる事になったから無駄になっちゃったけどね」
今、司に何が起こっているか麗美は知っている。
「組織とは関わりたくないし、ここから私は控えめに動くから」
「ここまで来て引くの?」
「私は表の世界で生きるのがメインなの。裏の世界で動くのはサブに過ぎないからねー」
「じゃあ、あのプレゼントは喜んでもらえなかったかな?」
零次にそう言われ、麗美は勉からもらったペンダントを手に取った。
「これ、やっぱりあなたからだったんだー?」
家に帰った後、ペンダントがロケット型になっている事に気付き、麗美は開けてみた。
そして中に入っていたマイクロSDカードの存在に気付いたのだ。
「欲しいものを選んだつもりだったんだけど、失敗だったかな?」
「いや、なかなかのチョイスだったよー」
麗美は冗談を言うような雰囲気でそう返した。
マイクロSDカードに入っていたのは奥木大学のデータだった。
そこには当然、司の情報も含まれていた。
「何か気になる点はあったかな?」
「私が知りたい情報はなかったかなー」
「てか、あんたは何で司を追ってるんだよ?」
そこで麗美は零次の顔を見た。
そして零次を相手に優位な立場を築くのは困難だろうと麗美は思った。
零次は時々冗談を言っては常に真剣ではなく、ふざけているような雰囲気を出している。
そのため、隙が多い人物にも見えるが、それらは全て装っているだけなのだ。
実際には隙の少ない利口な人物のようで、相手を油断させては足下をすくう事もやっているのだろうと思った。
そのため、ここは零次に逆らわず、麗美は従う事にした。
「私は須藤誠の隠し子を探してるの」
それは当初、信憑性のない噂だと思っていた。
日本を代表する大企業であったセレスティアルカンパニーの社長、須藤誠には隠し子がいるというのだ。
その理由として、息子の名前が頻繁に挙げられる。
須藤誠の息子は一人息子であるにも関わらず、誠二と名付けられた。
まず、そこで誠一という名前を付けなかったのは何故かと疑問を持つ者がいた。
そこに須藤誠が息子の誠二にセレスティアルカンパニーを引き継がなかったのは何故かという疑問も重なった。
そして、須藤誠には隠し子がいるのではないかと言われるようになったのである。
「それじゃその候補として……」
「そう、神野司をマークしてるの」
麗美は須藤誠に隠し子がいると想定し、それを探そうと考えた。
そして様々な情報を得ているうちに神野司を見つけたのだ。
「彼は良家でもある神野家の一人息子として生まれた。10年程前に両親が亡くなった後、親戚に預けられていたものの今は一人暮らしをしている。彼の経歴はそんな感じなんだけど、調べてみると不審な点があるの」
「不審な点って何?」
「神野夫妻は息子を授かったものの、幼児の時に病気で亡くしてるって情報があるんだよー」
それが確かな情報なのかどうかはわかっていない。
ただ、司が生まれたとされる病院のデータを調べると改ざんされた後があるのだ。
つまり、司は神野家の息子として生まれたわけじゃなく、後から養子のような形で引き取られた可能性があるのだ。
「あと彼は両親が亡くなった直後から一人暮らしをしてると思うの」
「え?」
「彼を預かった親戚っていうのが実際は存在しないんだよねー」
零次は麗美の話に驚いた様子を見せる。
「あいつの経歴には嘘が多いって事なのかな?」
「というより実際にそうだったって証明が出来ないんだよ。証明が出来ないだけで全て事実なのかもしれないけどねー」
「でも、何でそれで須藤誠の隠し子だと思ったのかな?」
「その辺りも悪魔の証明になっちゃうんだけどね」
麗美自身、零次の疑問はごもっともだと思った。
「そうじゃないかって考えを否定出来る、違うって証明が出来てないからかなー」
麗美の考えはこうだ。
須藤誠は自らの隠し子の存在を知っていた。
そして、公に一人息子とされている誠二よりもその隠し子の事を愛していたのだ。
そのため、その隠し子は良家の息子として育てられるように手を回した。
そのお願いをする相手が神野家だった。
そして両親が亡くなった後もサポートをして、1人で生きられるようにしていたのだ。
「そうだと言う証拠は何もないけど、そうじゃないという証拠もないでしょ?」
「あいつ、大学のデータでは不審な点はなかったのかな?」
零次の質問に対し、麗美は改めて思い返してみた。
「まだ全部を調べ切った訳じゃないけどなかったよ。資金の提供とかあったら良かったんだけど、学費とかも神野家の遺産で十分なぐらいだったしねー。あ、でも……」
そこで麗美はある事を思い出した。
「あなたからもらった情報からわかった事じゃないけど、昨日と今日で須藤誠二が奥木大学を訪れてるの」
「え?」
「研究グループに資金を提供しようとしてるみたいだよ。そんな事をする理由と言ったら、司が研究グループにいるからかなと思って、ますます怪しいって思っちゃったんだよね」
誠二は父親が亡くなった後、莫大な遺産を受け取ったが、特に仕事等もせずに退屈な生活を送っていると聞いている。
それが突然、大学の研究グループに対して資金提供をしようとしているのはおかしいと麗美は考えた。
零次も麗美の話を聞き、何か考えているようだ。
「あと、1年前から変わってる事はねえか?」
麗美は零次が何故そんな質問をするのかわからなかった。
しかし、簡単に思い返してみた。
「研究グループに入ったのは1年前だね。あと、サークル活動に時々参加し始めたのもその頃かな。フットサルとかでちょっとした大会に参加して成績も残してたけど、1年以内だったし……」
「1年前よりさらに前は?」
零次に質問される前から麗美の中である疑問が生まれていた。
「帰ったらもう少し調べてみるよ」
「ああ、よろしくね」
零次はそこでニヤリと笑った。
「でも、何で須藤誠の隠し子を捜してるんだよ?」
「それは……」
そこで麗美は笑みを浮かべた。
「秘密だよー」
ここまで麗美は様々な事を零次に話した。
そのため、最後は秘密にする事があっても良いだろうと思ったのだ。
「何で?」
零次がわざとらしく不機嫌な表情を見せたため、麗美は思わず笑ってしまった。
「まあ、良いかな。それじゃそろそろ俺は行くから……」
そこで零次は何かを思い出したような反応を見せる。
「あ、他にも調べて欲しい事があるんだけど良いかな?」
「何で私が調べないといけないの? あなただって情報収集は得意でしょー?」
麗美は零次が情報収集や情報操作も出来る事を知っている。
わざわざ自分が調べなくても零次ならそんな情報を手に入れられるはずなのだ。
「餅は餅屋って言うでしょ? 俺は司と一緒にいるから忙しいし」
「何が知りたいのー?」
そこで零次はまた笑顔を消した。
「死神の情報」
その言葉に麗美はどう反応すれば良いかわからなかった。
「……それは組織と関わるより嫌だから断るよ」
「そっか残念だね。まあ、自然と入ってきたら教えてよ」
零次は最後にそう言うと行ってしまった。
麗美はその後姿を見送った後、軽く溜め息を吐いた。