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司が起きてから少しして零次がやってきた。
「司、起きた?」
「何かわかった事はあったの?」
零次はここで何があったのかを調べていた。
こうしてやってきた事を考えると何か発見したのだろうと凛は思った。
「うん、ちょっと面倒な事になってるみたい」
今に限らず既に面倒な事になっている状態だ。
それにも関わらず零次がそう切り出したため、さらなる不測の事態が起きているのだろうと凛は感じた。
「ここってそれなりにセキュリティがあるみたいで監視カメラとかもあったんだよ。だからここにいた人を誰が殺したのか調べてみたんだけど……監視カメラの記録とかが全て消されてたんだよね」
「じゃあ、誰がやったのかわからないって事なの?」
「いや、予想は出来てるんだけどね」
そこで零次は言葉を切る。
「死神の噂、知ってる?」
凛は零次の言葉に驚いてしまい、咄嗟に平静を装った。
「何なんですか?」
加代子は当然知らないようで首を傾げる。
「表の世界じゃ未解決の事件でも、裏の世界じゃ色んな情報が行き交ってるから誰かしらその事件の真相を知ってるもんなんだよ。特に殺人のような大きな事件なら誰も犯人を知らねえなんて状態にはならねえって事」
零次はそこで険しい表情になる。
「でも、時々裏の世界の人物すら犯人の特定が出来ねえ殺人が起きたりするんだよね。そんな時に死神が出たなんて言われるんだよ」
それは当初、裏の世界で語られる都市伝説のようなものとして凛も聞いていた。
しかし、今は違う認識だ。
「……ここにいた人を殺したのはその死神だって言うの?」
「死神の噂は殺人事件の犯人がわからねえ時に都度使われてる状態だから、死神がやったと言っても全て同一人物とは言えねえ。ただ、そう呼ばれる存在の1つに異質な奴がいるんだよ」
「異質?」
「そいつが何の目的で動くのかは謎なんだけど、何かのきっかけで姿を見せては状況を混乱させるんだよ」
「具体的にどういう事をするんだ?」
その質問に零次は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開く。
「去年のクリスマスイブに発生した関東大停電の事は覚えてるよね?」
零次の言う関東大停電を知らない者はまずいない。
去年のクリスマスイブ、東京を中心とした関東全域の停電が発生したのだ。
後にそれがテロリストによるテロ行為であった事が明らかになったが、1つだけ不審な点があった。
「あの事件、電力会社を攻めた数人のテロリストが何者かに殺されて見つかったでしょ?」
「ああ、そうだったな」
「そのテロリストを殺したのは誰なのかわかってねえんだよね。仲間割れでもしたんじゃねえかって推測されてる程度だよ」
「それも死神がやったっていうのか?」
司の質問に対し、零次は笑う。
「証拠もなければ何でそんな事をしたのかもわからねえけど俺はそう考えてる。死神がやる事はいつだって何の手掛かりもなく、謎しか残らねえんだよ。ただ、遺体の様子から死神がやったようだって推測は出来るかな」
そこで零次は表情を変える。
「死神はナイフを使って体中を切り付けるような殺し方なんだよ。ここにいた奴も遺体の様子を見れば死神と同じように感じられるよ。でも、その目的は全然わからねえんだよね。偶然ここに立ち寄って殺したって言われても納得出来るし」
「そんな……」
加代子は信じられないといった表情をしている。
一方、司はこの話をただ1つの真実として冷静に受け止めている様子だ。
「ただ、今回はどういう訳かガーディアンに宣戦布告してるんだよね」
「え?」
「加代子ちゃんと一緒にいた鈴木って女が死神に殺されたみたいで、今はガーディアンが死神の行方を追ってるよ」
「何でガーディアンを?」
「それもわからねえよ。ただ、今後俺達の前にも現れるかもしれねえかな」
「死神の正体はわからないのか?」
司の質問に零次は何か考えているような反応を見せる。
「わからねえよ。死神に会って生き残った奴はいねえしね」
「え?」
凛はそこでまた動揺してしまった。
「どうした?」
「……うん」
凛は少しだけ迷ったが、話すべき事だと判断して口を開いた。
「私、死神に会った事があるのよ」
「え?」
凛の言葉に零次は驚いた様子を見せる。
「半年程前の事なんだけど……」
凛はその日、窪田と共に標的がいる場所へ行った。
標的が住宅街の近い廃ビルに潜伏していたため、狙撃は困難と判断して直接そこを訪れたのだ。
しかし、凛達が訪れた時、既に標的は死んでいた。
それから凛と窪田は何があったのか調べるために中を回った。
その途中、鉄パイプを持った男から奇襲を受け、窪田が気絶させられてしまった。
そして、残された凛は男に銃を向けた。
「その時、男の顔も見たの」
男は凛に銃を向けられているにも関わらず楽しそうに笑っていた。
そして自らを死神と名乗った。
凛は銃を撃とうとしたが、手が震えてしまい撃てなかった。
「男から何で撃たないのかと聞かれても答えられなくて……そしたら男は自分がもっと人殺しをすれば自分の事を憎く思って殺したくなるかなんて言い出して……」
男はいつまでも銃を撃たない凛をバカにするようにして笑った後、仮面を被り、そのまま行ってしまった。
確実に凛を殺せる状況であったにも関わらず、何もせずに去って行ったのだ。
「私があの時、あの男を殺していたらここにいた人達も助かったかもしれないわね……」
その時、凛の目に涙が浮かぶ。
凛はイレイザーに所属しながら、人を殺した事は1度もない。
危険なものは排除しなければならないというイレイザーの考えは凛も納得している。
しかし、その役を自分が担うとなると話は別だ。
どんな理由があっても殺人等犯せなかった。
窪田もそうした考えを知っているため、凛に自らの補佐を任せるだけで殺人はさせなかった。
そうして過ごしてきた凛だったが、あの男に限って言えば、凛が殺さなければいけなかった。
「よく夢を見るの。私の前にあの男が現れて、私は銃を持っているのに撃てなくて……そこにいた人がみんな男に殺されてしまうの」
その時、凛の目から涙が零れた。
「私のせいで人が死んでるの……」
「それは違う」
司は落ち着いた様子で話し始めた。
「殺した奴のせいだ。その裏に何か事情があったんだとしても、他の誰でもなく殺した奴のせいに変わりはない」
司はただ正論を言っていた。
否定のしようがない正論だ。
「だから凛のせいなんかじゃない。そんな風に考えるな」
凛はまだ自分の気持ちに整理をつけていない。
それでも司の言葉によって、少しだけ救われた気がした。
「ありがとう」
そのため、凛は心から司に礼を言った。