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正人は加代子と司の事を考えていた。
昨日の司の様子から何か起こっているのかと思い、加代子の携帯電話に掛けてみたが、電話には出たものの相手は何も話さなかった。
そこで加代子の携帯電話が何者かの手に渡っているようだと正人は気付いた。
今、確実に何かが起こっている。
そしてそれは司が原因で起こった事であり、加代子はそれに巻き込まれているに違いない。
正人はそう考えている。
正人が加代子の事を好きになったのは中学2年生の時だ。
その日、部活が終わって帰ろうとした時、正人は忘れ物に気付いた。
通常、部活の時は荷物を全て部室に持って行き、部活が終われば教室に戻る事なく帰るという事を全員がやっていた。
時々、教室に残って勉強する者や友人と話をする者等もいたが、それも1時間か2時間程で帰ってしまう。
そのため、部活が終わる時間であれば教室に人が残っている事はまずない。
その日も正人はそう考えながら教室に入った。
しかし、そこには1人で泣いている加代子がいたのだ。
後で聞いてわかった事だが、加代子は彼氏とケンカをして、泣いていたらしい。
とはいえ、その時はお互いに親しい仲でもなかったため、正人は加代子に話し掛ける事なく、その場を後にした。
加代子から泣いていた理由と、彼氏と別れたという話を聞いたのは1週間後の事だった。
加代子は落ち込んだ様子も見せず、ただ泣いている姿を見せてしまったからという理由で話をしているだけだったが、その事をきっかけに加代子は何か悩みがあった際に正人に話すようになった。
そうして話を聞いているうちに正人は自分だったら加代子を泣かせないといった考えを持ち始めた。
それから加代子を好きになるまで、それ程時間は掛からなかった。
しかし、加代子は正人の気持ちに気付く様子もなく、正人以外の人との恋愛を繰り返した。
そして、何か恋愛で悩んでいる時だけ正人に相談しに来るのだ。
今まで加代子は何処か遊んでいるような恋愛をしていた。
相手が自分の事を好きと言ってくれるから付き合っているというだけで、時々相手の事を本当に好きなのかわからないとも言っていた。
当然、正人はそんな加代子の恋愛にずっと反対してきた。
そして自分だったら加代子とお互いを想い合う付き合いが出来るのにと思っていた。
それは決して自分のためだけでなく、加代子の幸せを願うがための思いだった。
しかし、司が現れてそれは変わった。
加代子が心から好きと言える人に司がなったのだ。
今までとは違った恋愛を始め、幸せそうな加代子を正人は当初応援していた。
司は誰が見ても優秀と言える人物で正人も憧れを持っている。
そのため、客観的に見た時、加代子と司の付き合いに反対する理由は何もなかった。
しかし、正人の本心は加代子が司と付き合う事に反対だった。
結局のところ加代子の幸せではなく、正人は自分が加代子と付き合う事を1番に望んでいるのだ。
とはいえ、その事を正人が意識する事はなく、あくまで司と付き合っている加代子は幸せじゃないと考え、反対している形だ。
司のために自分を成長させようと苦労している加代子は幸せじゃない。
加代子は自分の言う事を何でも聞いてくれる彼氏を持ち、苦労等する事なく過ごすのが1番幸せだ。
さらに今は司のせいで加代子が何かに巻き込まれていると思っているため、尚更2人が付き合っている事に反対だった。
しかし、それだけ考えても今は何も出来ない。
加代子と連絡を取る事すら出来ないだけでなく、いざ加代子と会えたとしても何を言ったら良いかわからなかった。
その時、研究室のドアをノックする音が聞こえ、正人は加代子が来たのかと思い、すぐに出た。
「こんにちは」
しかし、そこにいたのは昨日も来た誠二だった。
「あ、こんにちは」
2日も続いて来るとは思っていなかったため、正人は驚いてしまった。
「今日はどうしたんですか?」
「いや、昨日は神野司君から話を聞けなかったので、今日なら話せると思いまして」
理由はわからないが、誠二はどうやら司が目当てで来たらしい。
「すいません、今日は来てないみたいなんです」
「そうなんですか? 残念ですね」
誠二はそこで何か考えているような仕草を見せる。
この誠二という人物について正人は誰もが知っているような情報だけ持っている形だ。
誠二は、かつてあったセレスティアルカンパニーという企業の社長、須藤 誠の一人息子だ。
セレスティアルカンパニーはネットワークセキュリティを扱う企業で、この企業のおかげで日本は世界にも誇れるIT国となった。
しかし、ある日須藤誠は病に伏すと、セレスティアルカンパニーを誰にも託す事なく自ら潰し、莫大な財産に変えた。
そうして生まれた財産は須藤誠の死後、遺産として誠二に託されたのだ。
そうした経緯で誠二は日本でも有数の富豪となった。
これが、正人の知る誠二に関する情報だ。
そんな誠二の援助が受けられる等、正人達からすれば願ったり叶ったりである。
ここでの研究には限界があると考えていたため、自分達の研究のその先は誰かに託そうという思いを持っていた。
論文発表を行った理由もそれが大きい。
しかし、誠二からの援助を受けられるなら、自分達の力でその先に進めるかもしれない。
それは研究者としての大きな夢を叶える事にもなる。
そのため、今日も正人は誠二の相手をした。
誠二の目的がやはり司であり、そしてそうした大事な時に司がいないという事に苛立ちを持ちつつもそれは表情には出さないように努めた。
そしてそれが自然と司に対する妬みや憎しみだけでなく、加代子に対する独占欲まで大きくし始めていた。