25
司達が戻った時、既に加代子と零次は隠れ家で待っていた。
「司!」
加代子は司に駆け寄ると身を寄せる。
「会いたかったよ……」
加代子は緊張が解けたのか、泣き出した。
「心配掛けて悪かった」
司はそっと加代子の肩に手を置いた。
「司、愛されてるね。彼女、俺の口説き文句を全く聞いてくれなくて寂しかったよ」
「こんな時に何してるのよ?」
凛が呆れた様子を見せると零次は苦笑する。
「司、一体何が起きてるの?」
加代子は不安げな表情でそう尋ねた。
「話すと長くなるけど……」
司はこれまでに起こった事を丁寧に説明した。
話が終わるまで加代子は何も言わずに聞いていた。
そして話が終わり、加代子は口を開く。
「それ……」
加代子は体を震わせ、その先を言う事に恐怖を覚えている様子だった。
「私のせいだ……」
加代子は絞り出すようにそう言った。
「加代子のせいじゃない。あれは事故だ。そもそも俺が被験者になったのも俺の勝手だっただろ?」
当初、司は被験者として実験に参加する予定ではなかった。
しかし、少しとはいえ記憶を操作する事に抵抗を持つ者が多く、被験者があまり集まらなかったため、司も被験者として参加したのだ。
その際、加代子に言えば反対されると考え、正人と協力して司が被験者として参加している事を加代子に知らせないようにもしていた。
「加代子は何も知らなかったし、偶然俺がこの記憶を持つ事になっただけで……」
「違うの! 司だと知ってても知らなくても、しちゃいけない事だったの!」
加代子が叫び声を上げ、司は黙る。
「私、あのデータがおかしいって実験の前に気付いてたの。容量が大きかったからすぐわかったの。それなのに……あのデータを使ったの」
加代子はそれだけ言うと黙ってしまった。
「どういう事なの?」
凛は聞いて良い事なのかわからないようで、慎重な言い方だった。
「他人の記憶……というよりデータとして保存した記憶をまた人の記憶として戻す方法をどうしても見つけたかったんだ」
司は加代子がこの実験に掛ける思いを以前聞いていた。
「司、私から話すから良いよ」
加代子はそう言うと顔を上げる。
「……私のお父さんも同じ研究をしていたんです」
加代子はゆっくりと話し始めた。
「それで大容量の記憶を自分に入れようとして……記憶が壊れてしまったんです」
凛と零次は険しい表情を見せながらも加代子の話を聞いている。
「私の事もお母さんの事も忘れて、訳もわからず暴れ回って……今は精神病棟に入院してます」
司は加代子と交際を初めてから少しして、この話を打ち明けられた。
「お父さんは自分の記憶をデータとして保存していたので、実験が成功して方法が確立されればそのデータを使って記憶を戻せるかもしれないと……」
司が被験者として参加したのは実験も終盤に入った時の事だった。
それまで全ての実験で成功し、小容量のデータであれば記憶として持たせる事が出来ると証明出来ていた。
ただ、大容量のデータを使うとどうなるかという疑問だけは残っていた。
そして加代子はあの日、突然紛れ込んできたあのデータを確認して、おかしいと気付いたものの、そこで止まる事が出来なかったのだ。
「どちらにしろ加代子のせいじゃない。だから気にするな」
司がそう言ったが、加代子はまだ自分を責めている様子だった。
「でも、pHの記憶はどうやって紛れ込んだのかね?」
わざと話題を遠ざけようとしているのか、零次はそんな事を呟く。
「前に話した通り、実験に使うデータの管理は正人に任せていた。でも、あの研究室……というより大学のセキュリティは甘いから誰でも中に入って別のデータを混ぜる事は可能だ」
「そっか、現に今日は俺達が中を自由に動いてたもんね」
生徒獲得のため、オープンキャンパスを日頃から実施する大学が増えたが、奥木大学もその1つだ。
中に部外者がいない事の方が今は珍しい。
「それでこれからどうする?」
司の質問に凛は軽く溜め息を吐く。
「当初の予定通り、リライトする?」
その言葉に加代子が反応する。
「何しようとしてるの?」
「pHの記憶を思い出すためにリライトをしようとしている」
「何言ってるの!?」
加代子は大きな声を上げる。
「pHって人の記憶を持つ事で司の人格が支配される可能性もあるんだよ!?」
「え?」
凛は驚いた様子を見せる。
「どういう事?」
「記憶の中にはその人の考え方も含まれてるんです。何かあった時に過去の経験によって考える内容は変わりますよね?」
加代子は凛に伝わるよう、ゆっくりと説明する。
「pHという人の記憶を完全に持つ事で考え方が変わってしまったら、もう司ではなくなってしまいます」
加代子の話に凛は何も言わなかった。
「pHの記憶は既に持ってる。後はそれがどれだけの大きさかって事といつ認識出来るようになるかだけだ」
「でも……」
加代子は迷っている様子だったが、そこで何かを諦めるように溜め息を吐く。
「司は今2人分の記憶を持ってる状態だと思う。リライトは記憶の整理をする事でもあって、不要と思われる記憶は消す可能性があるの。その結果、どちらかの記憶が消えてしまう危険もあるよ?」
「それぐらいのリスクはしょうがない」
「……わかった」
加代子はそう言ったものの心配なのか不安げな表情だ。
「あとリライトが何処で出来るかを調べたい」
「連絡を取ってた研究グループの中にリライトの研究をしてたところがあるから、そこに……」
「頻繁に連絡を取ってたところは避けてね。携帯電話もガーディアンが持ってる訳だし、張ってるかもしれねえから」
零次の言葉に加代子は悩んでいる様子を見せる。
「1、2ヶ月前から連絡が取れなくなった研究グループがいて、そこもリライトの研究をしてたと思います」
「わかった、そこにしよう」
「それじゃ今日は遅いし明日になったら行こうかね」
全員が零次と同意見だったため、今夜はこのまま休む事にした。
「司、一緒にいても良いかな?」
加代子は凛達に気を使っているのか小さな声で言った。
「ああ、別に構わねえで良いから」
「シャワーもあるから使って良いわよ」
2人がそう言ったため、加代子は安心したように笑った。
そして明日の出発時間だけ簡単に決めると、この場を解散した。