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加代子は手錠を付けられた後、外へ連れ出された。
手錠は刑事ドラマ等で見たものとは異なり鍵穴が見つからず、ICカードのようなものを近付ける事でロックが解除される仕組みらしい。
また、この手錠自体に発信器も付けられているとの事だ。
鈴木からこうした話を聞き、加代子はそう簡単には逃げられないのだと知った。
行き先もわからないまま加代子は車に乗せられ、すぐに車は走り出した。
加代子は車が何処へ向かっているのか見当も付かず、さらに不安になった。
前と同じように鈴木が運転をし、自分と佐藤が後部座席に座っている状態だが、それだけでなく前後には他の車も数台ある。
これだけの人手を必要とする理由も当然わからないが、何よりも今自分に行われている事が少人数によるものではないという事実が加代子は怖かった。
それから少しして車が止まり、外へ出されるとそこは公園だった。
以前、司と訪れた事もある二和木公園である事にもすぐ気付いたが、既に閉園時間を過ぎている。
しかし、彼らは正面の門をいとも容易く開けてしまった。
その様子はまるで彼らがここの持ち主であるかのようだった。
「お前達はここに残れ」
佐藤が指示を出し、何人かはここに残るようだが、加代子はそのまま公園の奥へ連れられる。
そして、中央広場のほぼ中心に来たところで止まった。
周りに木等は生えているものの、ここは見晴らしの良い場所だ。
「司は……ここに来るんですか?」
加代子が質問したが、誰も答えない。
ただ、もしもここに司が来るとしたらすぐに見つかり、逃げる事は難しいと感じた。
そのため、加代子はどうにか出来ないかと考えたが、良い案は浮かばなかった。
その時、携帯電話の着信音が鳴り響き、佐藤が電話に出た。
「そうか、わかった」
そう言っただけで佐藤はすぐに電話を切った。
「神野司が正面の門を抜けた。もうじきここに来るだろう」
その話を聞き、加代子は逃げようとしたが、すぐ鈴木に捕まった。
「大人しくして。何も危害は加えないから」
鈴木がそう言ったが、加代子は信用出来なかった。
その時、遠くに数人の人影を見つける。
「司、来ちゃダメ!」
どうやら既に周りを囲まれている様子だ。
それでも、今の状況なら逃げられるのではないかと加代子は考えた。
しかし、加代子の下まで来てしまえば、この広場を長い距離走る必要があり、逃げる事は困難になる。
そのため、加代子は必死に止めようとしたが、遠くに見えた人影は既に近くまで来て、はっきりと姿を確認出来る状態だった。
そこで加代子は違和感を覚える。
「加代子を放してくれないか? 俺がいれば十分だろ?」
その声は司の声だ。
しかし、加代子の違和感は消えなかった。
「あなたが言う事を聞いてくれる保証がありませんので、彼女はまだ解放出来ません」
「加代子を解放するなら言う事を聞く。そうしないと言うなら聞くつもりはない」
「彼女の身の安全を確保したいなら、言う事を聞くしか選択肢はないはずです」
司はどうにかして加代子を解放しようと考えているようで、強気な言い方になっているが、上手くいかない様子だ。
「お前達の目的は何だ? 会ったら話すと言っていただろ?」
司の質問に佐藤は少しの間、黙ったまま答えなかった。
「答えないのか?」
司が繰り返し聞くと、佐藤は溜め息を吐く。
「何処かに残されているシヴァウイルスのデータが私達の目的です」
「……シヴァウイルスか」
加代子はシヴァウイルス等知らない。
しかし、司は何か心当たりがあるような反応だった。
「pHは高野俊之からシヴァウイルスのデータが何処にあるか、聞いてたんじゃないですか?」
「……悪いが、思い出せない記憶がたくさんあるんだ。pHは知っていたのかもしれないが、わからない」
「だったら、あなたが思い出すまで待ちますよ」
加代子は2人が何を話しているのか理解出来なかった。
しかし、どうやら自分も司も解放される事はなさそうだと感じた。
「もう交渉決裂でしょ? 強行策に出ようよ」
それが誰の声なのか加代子はわからなかった。
周りにいる他の者も加代子と同じようで、驚いた様子を見せている。
「もう少し何とか出来たんじゃないか?」
「状況は的確に判断しねえとダメだよ」
司が会話を始めたが、その相手の姿は見えなかった。
しかし、そこで加代子は気付いた。
ここにいないのは司の話し相手ではなく司自身だったのだ。
「彼女を解放してもらうよ。素直に解放してくれるなら、俺達は何もしねえから」
「あなた、誰ですか?」
他の者も目の前にいる人物が司ではないと気付いたようだ。
「俺は久城零次。いや……ここはクライムプランナー、エースと名乗ろうか」
司の顔をした零次という人物は不適な笑みを浮かべる。
「周りには狙撃手を配置しています。逃げられませんよ」
「司、お願いするよ」
「やってみる」
その時、複数の銃声が響く。
「何ですか?」
佐藤が驚いている間に零次は加代子に駆け寄り、近くにいた鈴木を蹴り飛ばす。
「ちょっとビリッとするよ」
その時、手錠に何かを当てられ、手首に軽い痛みが走る。
それから少しして手錠が意図も簡単に外れた。
どうやら電気を流す事で手錠を外したらしい。
「走って!」
「待ちなさい!」
佐藤が銃を向けてきたが、その直後、銃が弾け飛ぶ。
それから少しして銃声が聞こえた。
周りの者も銃を出したが、次々に弾き飛ばされた。
「これ以上抵抗するなら、次は銃を狙わずに腕を狙う」
そこでまた司の声がした。
どうやら零次がスピーカーのようなものを付け、そこから声がしているらしい。
「pHって名前の由来知ってるかな?」
零次は余裕の笑みを浮かべている。
「百発百中で標的を仕留める、PerfectHitから付けられたんだよ。銃声が遅れて聞こえてきてるでしょ? それは、ここから1キロも離れた場所から撃ってるからだよ」
「そんな事言ってないで早く移動しろ」
「了解」
零次に連れられ、加代子はその場を後にする。
途中、待ち伏せをしていた男が銃を向けてきたが、直後に腕から血が噴き出す。
「警告を無視したので腕に当てた。死角はないと思え」
司がそう言うと、もう2人を止めようとする者はいなくなった。
「司、近くにいるの?」
「近くにはいないけどすぐに会える。零次と一緒に行動して欲しい」
「俺はこのままデートに行っちゃうかもよ?」
「つまらないジョークは後にしろ」
司の冷たい言葉に零次は苦笑する。
「それじゃ司達もそろそろ逃げなよ」
「わかってる。後で合流しよう」
それで司との会話は終わった。
零次はそこにあったバイクのエンジンを掛ける。
「乗って」
「あ、はい」
まだ何が起こっているのか、加代子は理解出来ていない。
しかし、司の声が聞けただけで不安は随分と和らいだ。