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スコープに映る男は間違いなく標的の男だ。

標的までの距離は約1キロといったところか。

スナイパーライフルから発射される銃弾は何処までも真っ直ぐ飛んで行く訳ではない。

これだけの距離があると風や湿気による影響を受けてしまうだろう。

それ以前に狙いのズレはほとんど許されない距離だ。

引き金を引く時点で角度のズレが1度でもあれば、標的から17メートルも離れた場所に着弾する。

1キロという距離はそういう距離だ。

こうして考えると自分はなんて不可能な事をしようとしているのだろうと思ってしまう。

だから結局いつも考えないんだ。

引き金を引く前には大きく深呼吸をする。

これで緊張が解けるだけでなく、自然と空気を感じる事が出来る。

そして大きく息を吸ったところで息を止めると同時に引き金を引く。

スコープに映る標的の頭が弾け飛ぶのを確認しても、まだ仕事は残っている。

スナイパーライフルを分解した後、ケースに仕舞い、すぐここを離れる必要があるのだ。

1キロも離れているからと安心して長居する事は命取りだ。

街の雑踏に自分を溶け込ませ、やっと仕事は終わりになる。

最も次の仕事がすぐに舞い込んでくる事を考えれば、終わったという実感はほとんど湧かない。

そう思っている間にまた仕事が来た。

今度の標的は……高野タカノ 俊之トシユキという男らしい。


司は目を覚ますと辺りを見回す。

そして今、自分がどういう状況にいるのか改めて認識した。

司はそれから先程見た夢を思い返す。

その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「起きてる?」

凛の声が聞こえ、司はベッドから出るとドアを開けた。

「ああ、今起きた」

「零次の話だとそろそろ出られるみたいだから準備して」

凛はそれだけ伝えると部屋を離れようとした。

「変な夢を見た」

司がそう言うと凛は足を止める。

「スナイパーライフルで標的を撃った。標的の顔に見覚えはなかったけど……」

司は夢の内容を思い出す。

「携帯電話に送られてきた次の標的の名前を見た。確か……高野俊之だ」

「え?」

凛は驚いた様子を見せ、司に近付く。

「彼はそれからどうなったの!?」

「いや……名前を見たところで目が覚めたんだ。それからの事はわからない」

「そう……」

高野俊之という名前を聞いてからの凛の態度は不審なものだった。

「高野俊之という人物を知っているのか?」

「……いえ、初めて聞く名前よ。でも、どうやらあなたがpHの記憶を持っていて、その記憶を少しずつ認識出来るようになるって推測は合ってそうね」

「この先、どれぐらい思い出せるかはわからない」

「また何か思い出したら教えて。……それより零次が待ってるから行くわよ」

この事に限らず、凛が何か隠しているようだったが、司は詮索する事なく部屋を出た。

そして凛に続いて零次が待つ部屋に行った。

「おはよう。準備に時間掛かっちゃってごめんね」

そう言いながらパソコンを操作する人物に司は見覚えがなかった。

しかし、おそらく零次なのだろうと判断する。

昨夜、零次は茶色に染めた短い髪に服装もカジュアルなもので、典型的な若者と言える見た目だった。

それが今は髪も黒くし、少しだけ長くなっている。

それに加えてメガネを掛け、服装もチェックのワイシャツにしているため、昨夜とは異なる印象となっている。

「変装か?」

「いや、凛ちゃんを口説こうと思ってイメチェンしたんだよ」

その言葉の意味がわからず、司は何の反応も示さなかった。

それに対し、零次は慌てた様子を見せる。

「ジョークだよ。ちょっとは笑ってくれねえと寂しいよ」

そこで司は零次の左手首に着けられたミサンガに注目する。

記憶が正しければ昨夜もこのミサンガを着けていた。

長く着けているだろう事は色褪せているのを見ればわかる。

今後、また零次が姿を変えた時はこのミサンガに注目すれば良いかもしれない。

司はそんな事を考えていた。

「それより今からなら大学に行けるけど、どうする?」

零次は自信に満ちた表情を見せている。

「イレイザーやガーディアンの問題はどうした?」

「それは夜のうちに散らしておいたから安心して」

「現にイレイザーは全然関係ない場所を中心に捜索を開始してるみたい」

凛は携帯電話を操作しながら不思議そうな表情を浮かべている。

「何をしたんだ?」

「色んな誤情報をイレイザーとガーディアンに伝えたんだよ。監視カメラにあんたらの姿を映したりもしたしね」

その結果、イレイザーとガーディアンはその情報を基に全く関係のない場所で司達の捜索を行っているらしい。

「俺を仲間にして正解だったでしょ?」

「何でこんな事が出来るんだ?」

「それは俺が魔法使いだからだよ」

またそんな事を言われ、司は言葉を失う。

「ほら、せっかく準備したんだから早いとこ行こうよ」

まだ零次の事を司は信じていない。

この先も行動を共にするべきかどうか、判断を誤ればそれは危険を呼ぶはずだ。

そのため、ここで核心を突く質問をぶつける事にした。

「お前は何者で、何で俺達に協力するんだ?」

司の質問に零次は笑う。

「それがはっきりしねえと不満なのかな?」

「不満と言うより不安だ」

「へえ、上手い事言うね」

零次は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開く。

「俺のコードネームはエース。普段はクライムプランナーをしてるよ」

「エース……」

凛は何か知っているような反応を見せる。

「クライムプランナーって何だ?」

「犯罪の計画を立てるのを仕事にしてる人よ。でも、エースと呼ばれるクライムプランナーは犯罪の計画を立てるだけでなく自ら実行のサポートまでするって聞いた事があるの」

「へえ、俺って結構有名なんだね」

「そんな奴が何で俺を助けるんだ?」

司の質問に零次はすぐ答えず、間を空けた。

「……俺の理由は単純だよ。金稼ぎ」

「金稼ぎ?」

「資本主義の世の中じゃ、金が1番でしょ? クライムプランナーの仕事だけだとあまり稼げねえし、時々副業もやってるんだよ」

「俺を助けると金が稼げるのか?」

司の質問に対し、零次は首を傾げる。

「あんた、金持ちでしょ? 命を救ってもらったお礼ぐらい払えると思ってたんだけど、間違ってるかな?」

零次の言葉から司は理解する。

両親が残した財産の存在を零次は知っているらしい。

そうなれば零次の言う通り、話は単純だった。

「わかった、無事に解決したら礼をする」

「それじゃ疑問も解決したみたいだし、行きますか」

「……車があるから、それで行くわよ」

凛は司と零次のやり取りを黙って見ていたが、やはり苛立ちを感じている様子だった。

そして3人は簡単に支度をした後、ここを出発した。

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