3. 衝撃
「あぶねー! あぶねー!! あぶねー!!」
突然少し遠くの方から明るい声が聞こえた。――辻だった。
「うわ~、ギリギリだし! ってか、座席ねぇぞ。響!」
本当に興奮しているらしく、財前を呼ぶ声も大きかった。
「ホントねーなー」
少し暗いながらも、透明感のある軽音部独特の財前の声がした。
すると、その後ろに和合、岡田、小野、辰巳と続き、藪と若王子がペッタリとついてきた。
――こいつらも結局来るのかよ。
浜島は頭を落とした。
しかし、和合がこの勉強合宿にくるとは思いもしてなかった。
授業はほとんどサボっているし、たまに出たかと思いきや携帯をいじっているだけのコイツがだ。
ただ、頭のほうは恐ろしく賢く、勉強しているわけでもないのに定期テストはいつも一番だ。
いつも全教科満点のため、授業にほとんどでていなかった和合が進級できたのはここにあったのだ。
しかし、それでも勉強合宿などと和合から言わせればお遊びに過ぎないこの行事になぜ参加したのだろうか。
実際、今年の体育祭もでてこなかったし、去年の文化祭も出てこなかったらしい。
「なんだよ、前しか空いてねェのか」
小野が軽く舌打ちをした。
「和合はどこに座りたい?」
「お前らのスキにしろ」
「へっへ~じゃあ俺は窓側な」
辰巳が先に空いていた席に座った。
「僕はこっちでいいや。藪もこっち来なよ」
若王子が続けて座ると藪もその横に腰を下ろした。
「なあ和合、どーして合宿なんか行く気になったんだ? 俺はてっきりこんなもんスルーとばかり考えてたのに」
岡田が和合に向かって声をかける。
「別に」
「別にってなんだよ、お前が行くって言うから雀荘も結局――」
「えー、皆さん」
岡田の言葉を遮り、担任の乙井が運転席前で声を張り上げた。
6人の後に少し遅れてバスに乗って来た、金髪頭の少年が乙井の横にいた。
誰だ? 転校生か?
「さあ、野元くん。ここへ」
浜島の横にいる雪藤が驚いた。いや、その場の全員が。
驚くのも無理はない。何らかの理由で学校に来ない――いわゆる、不登校児の野元直樹(男子16番)がやってきたのだ。
さらに驚くのはその外見。
以前までのあのオタク風の外見がだ。
金髪で耳にピアスをつけていて、白かった肌は黒に焦げている。
野元はそのまま岡田たちの前にドサリとバッグを置いて座りこんだ。
ヤツに何があったんだ?
バスガイドにマイクを渡され、乙井が繰り返した。
「えー、皆さん。おはようございます」
何か返事を期待していたのか、皆、自分と同様に少しボーっとした表情で乙井を見ていたので、さっきまで話しをしていた生徒達も、誰も喋らなかった。
「緊張しているのか、まだ眠気が覚めていないのかわかりませんが、今日から3日間、勉強合宿として大阪に行く訳ですが……遊びに行くわけではないので、その点はくれぐれも間違いのないように」
乙井は口元からマイクを離し、バスガイドと少し会話を交わすと、
「では、全員揃ったそうですので、出発です」
と言って、マイクをバスガイドに返し、少しだけニヤリと笑い(乙井は教師の中では優秀で、あまり笑顔を見せないはずなのだが)、一番前の席に座った。
浜島はふとデジタル時計に目をやった。7:35。予定通りだった。
相変わらず、佐藤と須藤、西島は何やら先週オープンしたスポーツ用品店について大声で話していた。
それがキッカケで周りのみんなも少しずつ話し始めた。
「ねぇ、文系は2日目、どこに行くんだっけ?」
それにつられて雪藤が話し掛けてきた。
「えーと確か――」
浜島が答えようとした瞬間だった。
揺れた。身体が突然グラリと。
いや身体どころではない。
バス全体がだ。
そのアナログ腕時計は、7:41を指していて、出発から6分弱しか経っていなかった――。
【残り46人】




