2. 癖
「あれが赤谷くんと阿南くんだよね」
雪藤は前を指さした。
前のほうに赤谷輝義(男子1番)と阿南達也(男子2番)が座っている。
このふたりは剣道部(学年でたった3人)で、何かと一緒にいることが多いが、太った赤谷とスラリとした阿南では未だにアンバランスな気がしてならない。
「で、窓に寄り掛かってるのが玲朝ちゃんで、隣は麟ちゃん。前はちょっと見えずらいけど、由紀ちゃんと雛ちゃんがいて……」
と続け、また頭を元の位置に戻した。
龍造寺玲朝(女子23番)と黒住麟(女子07番)はともに吹奏楽部だ。
龍造寺はその長い髪とかわいらしい外見とは裏腹に非常におとなしく、あまり喋らない子だ。
反対に、黒住は活発で何かと物事をはっきり言うタイプで、その上文化部所属のクセに恐ろしく運動神経が良いのも特徴だ。
野球部で100m走ダントツの須藤と同じタイムだというのだから驚きだ。
このふたりは性格が真反対ということもあってか、何かと一緒にいることが多い。
その前にいる、加藤由紀(女子04番)と白州雛乃(女子09番)も同じ吹奏楽部だ。
小学生並みの身長の時雨と大して変わらない大きさの雛乃は意外にも吹奏楽部の部長で、その横の加藤が副部長だ。
雛乃はその天然っぽい性格から男子どもにやたらに人気がある。
「真千佳ちゃんたちに囲まれてるのって森田くんだよね」
その前で森田拓也(男子20番)が榎並真千佳(女子3番)と錦織千尋(女子16番)、的場日向(女子20番)に囲まれるかたちで座っていた。
森田はサッカー部でやたらにもてているが、彼女は今いないと聞いたことがある。
同じサッカー部の榎本亮(男子3番)も近くで一緒に騒いでいる。
「……あれ?」
雪藤が間抜けな声をあげた。
「前の方ポッカリと開いてるね」
見ると運転席の後ろあたりの席には誰も座っていない。
「あーアイツらも来てねーんだ」
浜島はちょっと安心した。
アイツらというのはワルぶった、この学校にしては珍しいタイプの不良グループだ。
金髪で耳にピアスをして、背丈は190cm近いという恐ろしい体格の和合公平(男子20番)を首領として何かと問題を起こしている連中だ。
高校は義務教育ではなく、進学校におけるこういう輩は大抵入試を受けれなかったり、あっけなく退学にされたりするものだが、なぜか和合たちはそうはなっていない(我が緑ヶ丘高校の偏差値は65)。
聞いた話によると他校と喧嘩をしまくり、果てにヤクザとも接しているとの噂だがどれも確証はないらしい。
誰かが見たっと口コミが流れるだけで実際に教師や職員が見たわけでもないし、その系統の連絡もないのだ。
かといって、確証もないのに先生に言うヤツもいない。
なんと不合理な話だか、それでも進学校へ来ただけあって和合たちは普通に良い成績なので、学校では半ばこのことに対しては放置状態だ。
ついこの間、ロン毛の小野純平(男子04番)が下級生の女子にちょっかいを出して、生徒指導室へ呼ばれたが翌日からは何事もなかったかのように登校してきた。
反省文1枚書かされただけで済まされたらしい。
他にも金髪の岡田章磨(男子03番)はコンビニでよく万引きしているとの噂を聞いたことがある。
ただ、そのことは教師たちの耳には届いていないらしく、今のところ呼び出しもされていない。
実は浜島はついこの間、駅前のカフェテリアの前で岡田が辰巳慶(男子10番)とタバコをふかしているところを目撃していた。
だが岡田たちは特に驚いた顔もせず、そのままカフェの中へと入っていった。
おそらく岡田たちは進学校における生徒の面倒ごとには巻き込まれたくないという心情がわかっているのだろう。
浜島自身もこのことは誰にも話していない。話したところで証拠も何もないのだ。
浜島はこうして真実が単なる噂に変わるというメカニズムを理解したのだ。
ただ、浜島にはなぜこの不良グループに藪慎一郎(男子18番)と若王子匠(男子19番)が入っているのかが理解できなかった。
藪は目つきは多少悪いものの、小野や岡田たちのように妙な噂もなければ、接しにくいというわけでもなかった。
若王子にいたっては茶髪の猫毛で見た目は男のクセにかなりかわいらしい外見で(実際浜島も初めて会ったとき、男か女か皆目見当がつかなかった。若王子が男から女と勘違いされてラブレターを貰ったという伝説はあまりに有名)、不良とはおよそ縁のないヤツだろうと浜島は思ったのだ。
最近になって浜島は藪と若王子は和合と出席番号が近いため成り行きで一緒にいるのではないかと考えはじめた。
「和合くんたちとツッチーがまだ来てないんだね」
と、雪藤の声が聞こえ、浜島の思考が途切れたのだが、その通りだ。
雪藤が席に座ったので、つられて浜島も席に着いた。
「別に全員の名前を言わなくてもいいだろ」
「いや、わたし、何でも数えるのが癖だって、前にも言わなかったっけ?」
雪藤は不思議そうな顔をした。浜島は少し雪藤の顔を見つめ、考えると、確かに前に一度聞いたような気がしたのだが、思い出せなかった。
「いや、聞いてない」
「そうだっけ?」
雪藤は手前の椅子の背もたれに付いている飲み物置きに置いてある、ペットボトルの中身を口に含んでから続けた。
「私って、小さい頃から物を数えるのが好き……っていうか、癖でさ。お菓子の中身を食べながら、中の個数を数えたり、 中間テストの時とか、期末テストの時とかも、問題解く前に、問題数を数えちゃったりしちゃうんだよね」
思い出した。そうだった、そうだった。確か、その時オレはこういったんだった――
「変な癖だな」
「悪かったね」
どうやら向こうもすでにこのことを伝えていたことを思い出したらしい。
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