1. 初秋
「では、自分の荷物に名札が付いているか確認して、私に渡して下さ~い」
明るい口調の乗務員 (バスガイドと言った方がいいのだろうか) が、手を振って呼び掛けた。
浜島達郎(男子17番) は、その明るい口調に答えることができないような表情でバスガイドに荷物を渡し、足を早々と進め、バスに乗った。
目線を足元から前方、座席の方に移し、空席を探すと、丁度バスの真ん中辺りにぽつぽつと人が座っていない席があったので、再び足を進めると、自分を呼んでいるかのような手振りをしているのが目に入った。
雪藤詩歌(女子22番) だった。
ここ最近、仲良くなった――まぁ、2年になってから、ちょくちょく話す仲だったが、3ヶ月くらい前の文化祭の時、『ある事』がきっかけでお互いの自宅に行き来するくらいまでの仲になった。
浜島はバスケ部の、雪藤はバトミントン部のキャプテンでお互い話の合う関係だった。
「いえ~い」
「何がいえ~いだよ」
浜島は笑みを浮かべながら隣に座ると、ふぅと溜息交じりの息をついた。
「どうしたの? なんか元気ないじゃん」
浜島は少し間を置き、話そうか話さないか迷ったが、結局正直に言うことにした。
「別に元気がないって訳じゃないけど、やっぱり一番後ろの席見ると、ちょっとね」
浜島は『ある事』がまだ心残りだったらしく、少しだけ言いづらい所があった。
「まだあの事引っ掛かってるの?」
「まぁね――」
浜島はそう言って、カバンの中からブドウ味のグミを取り出すと、
「食べる?」
と少し明るい口調で言った。
「ありがと」
雪藤は軽く礼を言い、一粒口へ頬張ると、自分のバックを広げて見せ、
「私も沢山ではないけど、お菓子持って来たよ~」
と笑った。
それを確認すると、浜島は笑みを浮かべ、座席に深く腰を掛け直し、正面を見るとデジタル時計が目に入った。
AM 7:27
黒いバックに緑の文字。典型的なバスのデジタル時計。
付け足して言えば、午後表示は24hでなく、PMで示すのは少しだけ珍しい。
集合時間は7時30分で、バス出発時刻は7時35分。
さっき、バスの入り口で出席を取っていた先生がまだ乗車していないという事は、まだ誰か来ていないという事だろうか……
そこまで考えると、浜島はふと周りを覗いてしまった。
一番後ろの5人掛けの席には、宮島和幸(男子19番)と清宮美沙都(女子10番)、曽根井樹(女子11番)と鷹島涼子(女子12番)と御子柴悠(女子21番) が楽しそうに話しながら座っていた。
いつも仲の良い5人組で、中に男が宮島ひとりだけっていうのも何だか妙な話だが、清宮と付き合っている以上、誰も文句は言わないだろう(ハーレムってのは実に羨ましいが)。
まぁ、清宮の席の前には木村遼太郎(男子06番)もいるし、その隣には彼女の藤原蛍(女子18番)と続いて、
もうひとつその前の席には谷口亜里沙(女子14番)と松井さやか(女子19番)が時々、宮島達の方に顔を向けながら、小刻みに頭が上下するのが目に入った。
通路を挟んで、その横の列には、生徒会長の川村彩菜(女子05番)と岸辺夕菜(女子06番)、寒川美奈子(女子08番)がトランプ(多分、ババ抜き)をしていて、何やら騒がしく、その騒がしさに笑いながら、丁度自分の横に座っている、今村舞(女子01番)、田中あいみ(女子13番)、新名朋江(女子15番)が少し大きな声でふざけていた。
「誰探してるの?」
雪藤が浜島の行動を不思議に思ったらしい。
「いや、誰を探してるって訳じゃないけど、誰がまだ来てないのかなぁって。だって、先生がまだ外にいるって事は、まだ誰か来てないって事だろ?」
雪藤は少し眉間にしわを寄せ、間を空けた。
「あ、ツッチーとか来てないんじゃない?」
雪藤が閃いたといった表情をした。
『ツッチー』とは、辻修平(男子12番)の愛称で、みんなからそう呼ばれている。
辻はかなりの遅刻魔で、3日に1回はSHRに顔を出さない。
夜中にバーデンでバイト(校則でバイトは禁止)をしているらしく、そのせいでいつも寝る時間が朝の6時なのだそうだ。
ただ、そのバイトのせいで、ダーツ投げは神がかかっている。
そう考えてる途中に雪藤が付け足した。
「だって、優輝くんとかが前にいるじゃん?」
雪藤のその声が中込優輝(男子14番)の耳に入ったらしく、浜島の座っている前の席の中込が、
「ん?」
と口に出しながら顔を上げ、それにつられて原田智文(男子18番)も振り向いた。
「あ、ゴメン。何でもないよー」
惚けた口調で、雪藤が謝ると、
「おいおい、勘弁してくれよ。こないだの試合はマジで膝が痛かったんだって」
と勘違いした中込が少し唇に笑みを作った。
中込は雪藤と同じバトミントン部だ。
浜島は雪藤に試合で中込のヘマであえなく一回戦敗退したのを知っている。
「はいはい、お次はがんばってね」
「う、冷たい」
中込が頭を下げてがっくりとした。
そんな中込に慣れている雪藤はスルーして
「で、原田くん、響くん、佐藤くんに須藤くん……」
財前響(男子07番)は本来なら同じ軽音部の遅刻魔の辻とつるんでいるのだが、当然まだ来てないので、中込と中川の前に座ったらしかった(ただ、中込や原田とも仲がよく、常時後ろを向いている)。
その前の佐藤昌平(男子08番)と須藤誠(男子10番)と西島圭一(男子15番)の3人は、いつも仲が良い。
野球部で体育会系のこの3人はなにかと一緒にいることが多い。
それにつられて神宮寺馨(男子09番)と中城順輔(男子13番)が座ったという感じだ。
神宮寺と中城はふたりとも陸上部所属だが(ハーレム男の木村も)、特に仲が良いというわけでもない。
成り行きで座ったって感じだ。実際、中城は早速爆睡しているし、神宮寺はなにやら携帯ゲームのようなもので遊んでいる。
長髪で結構モテる神宮寺が携帯ゲームで遊ぶってのも妙な話だが。
だがその疑問はすぐに解決した。
その列をはさんだ向こうに座っている、伊藤美羽(女子02番)と平沢時雨(女子17番)も同機で遊んでいるのが見えた。
浜島はそういえば、伊藤も平沢も外見に似合わず、陸上部員だったことを思い出した。
「うぎゃ! ヨッシー速過ぎ!!」
平沢が小さい身体を揺らした。
「時雨ったらまたバナナで滑ってやんの」
伊藤がスクスク笑った。
その光景はまるで小学生の妹をお姉ちゃんがあやしているみたいだった。
「馨くん! 次はヨッシーじゃなくてクッパ選んでね!! クッパ!!」
「おい時雨、何回キャラチェンジしないといけねーんだよ。これで5回目だぜ? いちいち部屋も立て直さないといけないし」
「わたしが勝つまで!!」
平沢がうーっと唸った。
まるで毛が逆立った子猫だ。
なるほど、あれはマリオカートか。浜島も持っているが、今はない。
【残り46人】




