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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
逃げ道はひとつじゃない
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「やり直し」


 またですかぁ?もう勘弁してよぉ。

 汗だくになりながら結んだ帯を恨めしげに見つめて、あたしはその複雑に入り組んだ布を解きにかかった。

 帰宅から一時間、ぶっ通しで着付けの練習ってどうよ?それもお太鼓ならともかく、成人式でおねーさんたちが背中に背負ってるような複雑な帯結びが、いきなりできるかっての。


「お祖母ちゃん、休憩…」

「それも、やり直しです」

「はい?」


 最後まで言わせることなく駄目を出したお祖母ちゃんは一瞥をくれてから盛大なため息をついた。


「お祖母様とお言いなさい。初対面で注意したと言うのに、全く直っていないじゃありませんか」


 あ、まだ覚えてたのね。あれ以来一度も言われないから諦めたんかと思ってた。


「へいへい」

「返事は『はい』!」


…鬼ババめ。


「はーい」

「伸ばさない!」

「はい!」


 どうなの?どうなのよ、これ!

 びしっと正座して下から睨み上げられながら、あたしは首を竦めた。

 覚えが悪いのは認めるけど、バカだし言葉遣いもなってないけど、もうちょっと優しくしてよー。可愛い孫じゃないの?


「早くなさい」


 血縁関係を疑いたくなりながら、固く締まった布地を解く為あたしはお祖母ちゃんの厳しい視線から目をそらした。

 誰だ、こんなしっかり結んだヤツは!くぅ…。


「奥様、お客様がお見えです」


 そんな時、背後の障子から、お手伝いさんの声。それこそ、天の助け。

 しかし、ちょっとびっくりしちゃったぞ…。集中してたから、人の気配感じなかったし。もしかして、忍者?


「誰です?」


 居住まいを崩すことなく声だけ投げかけたお祖母ちゃんに、近衛様ですと簡潔な返答が戻る。

 また来たんかいあの人は。まだ五時くらいでしょうに、仕事しろよ、不真面目社会人。


「こちらでは、いけませんね」


 言葉を切ったお祖母ちゃんは、帯の解けかけた着物で立ちんぼしてるあたしを見て首を振ると、奧へ通すように告げた。


「その格好を何とかして、あなたもいらっしゃい」


 そんな諦めの表情で見ないでよ、こっちもいっぱいいっぱいなんだからさ。

 お祖母ちゃんが部屋を出たのを確認して、あたしは畳みにへたり込む。

 何しに来たんだか知らないけど、とりあえず近衛氏に感謝だね。立ちっぱなしで足は痛いし、腕はもう上がんないくらいパンパンだったから。


 だからって、会いたくはないけど。ここ、別問題だから。

 とはいえ、窮屈な着物とおさらばできるのは嬉しいから、さっさとジーンズとTシャツに着替える。

 その後は内心を表す動きで、のろのろ客間になってる奥座敷に移動してだらっと畳に座り込んで。

 すぐに用意されたお茶に手を伸ばしてお祖母ちゃんに嫌な顔されたけど、あの人にはそんなことより服装と態度の方が気に障ったみたい。


 しょうがないでしょ、こんな婚約認めてないし、上品な服なんて持ってないんだから。

 それに見てみなって、お祖父ちゃんも近衛氏でさえも笑顔なんだよ?気にすることないない、これくらい。

 ところがだ。ヤツは寒い笑顔で、言っちゃうの。


「これから、洋服を買いに行きませんか?」


 鼻歌でも出ようって勢いで、可愛らしい和菓子を口に運んでたあたしの手はぴたりと止まったね。

 あ~、そう。気にしてる訳ね、あんたも。これを。


「もう店閉まるよ」

「大丈夫ですよ。知り合いのところですから」


 むかつきを体全体で表してやったってのに、近衛氏の鉄壁の笑みは崩れるこはなく。

つーかこの人あたしと二人の時と様子違いませんか?悪魔はどーした!なんだ、その猫かぶり!


「そうして頂きなさい。その格好は見るに耐えません」


 じゃあ、見んな!の声を抑えることができたのは、ひとえにお祖父ちゃんの目配せのおかげ。逆撫でるなって渋い顔で訴えてるんだ。


「食事もご馳走してくれるそうだ。楽しんできなさい」


 えーこの人とですかぁ?でも、ちょっと待って。ここで脱出すればこれから予定されていたであろうお祖母ちゃんの特訓からは解放されるわけじゃない、あれ、もしかして。

 答えを求めて送った視線の先で、お祖父ちゃんがぎこちなく難しい表情を作ってる。

 ああ、そうか。朝言い切った手前、自分では助けられないけど、近衛氏呼んでくれたんだね。嬉しいけど、悲しいよ、お祖父ちゃん。あたし、この男が本気で苦手なんだよ。

 しかし、好意を無にするのもなんなんで、本音言っちゃえばこれ以上お祖母ちゃんに付き合うのは無理なんで、あたしは素直に頷くとこにした。

 究極の選択だけど、今回は仕方ない。


「では、早速参りましょうか」


 ニタリとしか表現しようのない笑顔を見た時、自分の決断をちょっと後悔しちゃったのは致し方ないはずだ。

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