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月曜日、制服を着込んだあたしは上機嫌で朝食の用意された座敷へ入った。
既に食事を終えて、お茶をすすっている二人にも陽気な挨拶をプレゼント。
これから数時間、そのすまし顔を見なくて済むと思えば寛大になれるってものよ。学校行くのが嬉しいなんて一生に数えるほどしかない、考えれば貴重よね~。
「それはなんです」
そんな気分をぶち破るお祖母ちゃんの嫌そうな声に、膳の前に座ろうとしていたあたしは中腰のまま止まってしまった。
すがめられた視線を辿れば、どうやら注目の物は制服のようで。でもま、一応。
「それって何?」
「その制服ですよ」
はいはい。わかっちゃいたけどやっぱりこれのことなわけね。
短いスカートとブラウスにネクタイを見ながら、あたしは顔をしかめる。
やっぱりスカートの長さかなー、お母さんにもさんざん言われたもんね。中が見えるって。でも、膝上15センチくらい、
「みんな、やってんだけどねぇ」
裾を摘んで見やると、お祖母ちゃんは何のことかわからないって顔をして、それから片方の眉をひょいっと上げた。
「そんなものはどうでもよろしい。学校に行かなくていいと、言っているんです」
はい?まさかやめてまで花嫁修業とやらをしろって言うわけ?冗談じゃない、今は平成だよ?明治じゃない。
「女だって、ある程度教養は必要でしょ」
わかんない訳じゃあるまいと、その顔を覗き込んでやるとお祖母ちゃんはお茶をすすりながらすまし顔でのたまった。
「転校するんです。あちらの校風は風間の娘にふさわしく…」
「ちょっと待った!」
一瞬にして怒りをMAXまで持って行かれたあたしは、まだ何か言いたそうなお祖母ちゃんを手で制す。
「学校へ行くのも、それをどこって決めるのもあたしだよ。勘違いしないで」
「早希、なんて口をきくんだ」
怒りを内包した声でお祖父ちゃんからの横やりが入るけど無視。こっちはマジ切れしてるんで。
「人の話にくちばしつっこまないで。今お祖母ちゃんと話してるの、見えない?」
口調は静かに、けど二人を黙らせるだけの眼力を込めて睨みつけたあたしは、連中がおとなしくなったのを確認して言葉を継いだ。
「昨日から人の意見、全く無視してるじゃない?百歩譲ってこの家に合わす努力はするけど、学校と結婚はあたしがすることなんだよ。これだけは絶対2人の言いなりにはなんないから。よーく覚えといてくれる?」
びっと宣言したあたしにしばらく呆然と眺めてた二人だけど、いち早く正気付いたお祖母ちゃんが顔をひきつらせて睨み返してきた。
「生活の面倒を見てもらって、学費さえ親ががりのあなたに選ぶ権利などないんですよ。結婚にしても同じ事、少しは風間の娘である自覚を持ちなさい」
吐き捨てるように言ったお祖母ちゃんに、あたしはニヤリと笑った。
ありがたいこと言ってくれるじゃない。それこそ、こちらの思うつぼ。
「ごもっとも、学費は親がかりです。嫌なら家に帰してよ、両親は交換条件なしで娘を養ってくれますんで。も一つ、風間風間うるさいけどこの家がなんぼのもんよ。お金持ちでなくても、家柄なくても生きていけるっつーの」
ぐうの音もでなかろうに。
昨夜から決めてたんだ、この二人には1度家族の定義ってヤツをじっくり考えてもらおうってね。
話し合ったり、支え合うのが家族でしょう?そりゃ年長者は尊敬するし両親にも敬意は払うけど、自分を殺してまで尽くさなきゃいけない法はない。
時代の流れで世間はこんな風潮に変わったって事、納得してもらわなきゃ一緒には住めないよ。
時代錯誤な上流階級の習慣は、徹底的にあたしにあわないんだから。
「…転校も結婚も、そんなに嫌か」
しばらく考え込んでたお祖父ちゃんが呟くように言った。
声に力がないのは、少しはわかってくれたって証拠?
「転校は絶対いや。公立だけどこれでも一生懸命勉強して入ったんだから、相応しくないなんて下らない理由で辞めたくないの」
あたしはそこで言葉を切ると、ふっと思いついてお祖父ちゃんの隣まで歩いていき、座り込む。
深い皺も、見事な白髪も、意外に優しそうな光を宿す瞳もよく見える近さ。
そう、大事な話をするならこの距離の方がいい。
「家族になるんでしょ?あたしも頑張るから、結婚もできるだけ早くするよう努力する、お祖父ちゃんの選んだ相手から選べるようお見合いでもなんでもするからさ、だから決定しちゃうのはまだやめよう?」
わかってって思いを込めて、膝をつきあわせ話した声は届いたと思う。
だって、お祖父ちゃんの表情、ちょっと緩んでるから。
「だめ、かな?」
期待を込めて、ちょっとカワイコぶった上目遣いで見上げたりしたらどうだろう。更に効果倍増かな?
「近衛君の事はまあアレだが、学校は早希の好きにしなさい」
苦笑いだけど、ちゃんと親愛の情が籠もってるお祖父ちゃんを、初めて見ちゃった。そんな風にも笑えるんじゃない。これなら普通の祖父と孫に見えるね、お祖父ちゃん。
いっぱいの感謝とわかってもらえた喜びを込めて、年の割に逞しい体にあたしが抱きついたのと、ヒステリックなお祖母ちゃんの叫び声が聞こえたのはほぼ同時。
「あなたっ!早希は私に一任して下さるお約束じゃありませんか!」
振り返ると、そこに鬼ババがいる。
青筋怖いって、血管切れるよお祖母ちゃん!
あまりの剣幕に一瞬ビビってたらしいお祖父ちゃんも、詰め寄られて世帯主のプライドが疼いたのか、顔を強ばらせると、低い声で一喝した。
「学校などどこでもかまわんだろう。すぐにも婿を取ろうという娘に教師の教育は必要ない。お前の気に入るよう教え込んだらいいじゃないか」
いや、お祖父ちゃん…それはそれでイヤ。鬼ババじゃんこの人、殺されるって。
「でも…」
「私の決定だ、本人の希望でもある。文句はきかん」
言い募ろうとするお祖母ちゃんに話しの終了を申し渡して、お祖父ちゃんはまだしがみついてるあたしを見下ろした。
いたずらっぽく笑って、ね。
「学校へ送ってやる。支度しなさい」
「はーい!」
飛び上がるように立ち上がり、カバンを取りに行こうとしたあたしの後に何故かお祖父ちゃんもついてきていた。
なんでって視線だけで問うと、眉を寄せてね。
「あれは、うるさくてかなわん」
だって。あはは!怖かったんだね、鬼ババが。うんわかる、その気持ち痛いほど!
「ご飯食べ損ねちゃった。コンビニ寄ってね」
「ああ、平沢に頼んでやろう」
秘密を共有して、少しだけど本音で会話して、こっそり共犯者の笑みなんか交わしちゃって。
お祖父ちゃんとあたしはちょっぴり仲良くなった。