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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
立ち止まってる暇はない
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16

 ポコン。ポス。カサ…。×21だったかな?

「もう!なんだっつーの」

 意味もなく丸めた紙を、これまた意味なくあたしの後頭部に放り続ける男、森山純太18才、特徴灰色の髪。


 近衛氏との対決を終え美味しく食べられちゃった翌日、平和な学園生活をエンジョイしてる女子高生に繰り返される嫌がらせとしちゃあ、幼稚じゃない?

 諸先輩方(主に先輩のおとりまき)に囲まれて、強制労働のように暗幕整理させられてたところに無言で入ってきて、以来はじっこに置いてある椅子にふんぞり返ったまま、このわけのわかんない行動を続けてるんだ、この男は。


 いい加減、我慢の限界で手を止めて睨みつけたんだけど、本人はどこ吹く風。

 決してご機嫌とは言い難いふてくされた態度で、更に紙つぶてを製造してる。

「べっつにー」

…なわけなかろうが!いつだってハイテンション、TPOも考えずおもしろおかしい毎日を過ごすのを常としてるアンタが、ろくすっぽ口も利かず紙球を投げつけるのに時間を費やす、それのどこが「別に」なんだ!


 が、言いたくないことを問いつめて素直に白状するタマじゃない。

「忙しいんだから邪魔するならあっち行って」

 ならば余計なちょっかいをかけられない場所に移動してもらえばいいわけだ。

 幸い学祭前のあらゆる場所で、先輩の手を必要としてるんだから引く手数多に違いない。


 ってわけで、強硬手段に出るんで。キャスター付きの椅子の背後に回りごろごろ転がして廊下まで一直線ですよ。

 姑息にドアの隙間から覗いていた『純太君ファンクラブ』のブーイングも、『森山先輩を愛でる会』の悲鳴も今のあたしには届かない。快適な労働を邪魔する奴が悪いんだつーの。お返しするからお好きに扱うがいいでしょうに。


 ところがあと少しで部屋から排除できるタイミングを計って、囁かれる声は近衛氏に勝るとも劣らない恐ろしい響きをもっていた。

「泣いてる早希ちゃんは、可愛かったなぁ」

 咄嗟にぴたりと足を止めると、立ちあがった先輩にがっつりチョークスリーパーを掛けられ再び部屋の中へ引きずり戻される。

 背後からは阿鼻叫喚だけど、騒ぐな!代われるもんならいつでも代わってやる!!


「放せっ!!」

「いやだね」

 暴れたのが悪かったのか回された腕は力を増して、背中を殴っても腕に噛みついても全く解放する気配無し。

 どうしたってのよ?これまでだって決して手加減はなかったけど、今日はまた一段と悪質になっちゃいない?

 お嬢さん方も無駄に騒ぎ立てる暇があるなら、この男引っぺがしちゃくれっての。か弱い乙女の力じゃいかんともし難いのよ、このクラーケンはっ!


「純太、その子嫌がってるんじゃない?」

 無駄な抵抗を続けてるところに、救いの一声。

 お、この声は、いつだって先輩の隣はキープ、親衛隊長さんじゃありませんか。

 しかしですね、折角の助け船だってのに笑って否定する奴がいる。

「ちげーよ、照れてんだよ」

「…むがー!む・が・う!!」

 必死の叫びが意味をなさない単語になるのは、先輩が力任せに後頭部を押さえるけてるが故。噛みついた大口のまま、腕でキープされちゃってるんじゃ喋ることもままならない。


 じたばた虚しい抵抗を続ける様に同情はなく「うらやましい」だの「ありえない」だの批判が巻き起こるのは全く不本意極まりないじゃないか。

 代われ!今すぐ代わってくれ!

「あの、風間さん何か言ってるみたいだけど…」

 出たな、外面女。吹けば飛ぶような風情で、影じゃ先輩に近づく女を粛正しまくってる親衛隊その2!いつもはむかつくけど今日は許す、存分に甘ったるい声でこいつの気を逸らして見せなさい!

「言わせねえよ。早希は俺に逆らえねえんだから」

…なんですと?聞き捨てならない、その一言。いつ、誰がアンタに逆らえなくなったんだ、詳細を述べてみろ!


「ダンナ、元気?」

 多分に揶揄を含んで、周囲に届かない小声で囁かれたセリフに凍り付いたのは、想像に難くないでしょ?

 力任せに横を向いてみても、想像通りのニヤニヤ笑いが待ってるだけで。

 脅迫?脅し?どっちだっていいわよ。それ言われちゃ動きは止まるし喉は詰まるし、抵抗する気力も失せるんだから。

 先輩の優しさに免じて最大にして最強の秘密を共有したのに、悪用かい。アンタ血も涙もないんか!!


「どういう意味なの?」

「理由があるの?」

 姦しいお嬢さん方を代表しての質問に、あたしを室外に連行しようとしていた先輩はサラッと仰った。

「好きな男に逆らう女はいないだろ?」

 いるわよ!逆らいっぱなしよ!あたしが近衛氏に対して素直になるのなんか、年にいっぺんあるかないかだよ!

 んなことより誤解の種をまき散らすんじゃない!



 学校中お祭り準備で大騒ぎだと思ってたのに、穴場ってあんのね。

 ここは旧校舎の一番てっぺん。

 日の当たらないはじっこは資料室と名の付いた物置で、年代物の教科書や教材が山と詰まってる。冬は凍死の危険があるけど、夏場は涼しくっていい感じだわ、こりゃ。


 強制連行された先で妙に和むのは、ここなら秘密を聞く余計な耳がないせいだろう。

 とは言え先輩に対する怒りが納まった訳じゃない。

 パイプ椅子を引っ張り出してどっかり腰を下ろした男にきつい一瞥をくれると、奴は意味深に笑うだけ。


「…良く知ってんね、こんなとこ」

「ま、いろいろとな」

 濁すってことはきっとしょうもない目的で使ってんな、ここを。

 本校舎のざわめきも微かにしか届かないんだから、多少の大声も大丈夫…なんて風に。


 想像して辟易としちゃったのに気づいたのか知らぬふりか、緩む表情を一瞬で引き締めた先輩はゆっくり口を開いた。

「昨夜、仲直りしたんだろ?」

「……うん」

 へらっと、勝手に顔が笑っちゃうのは勘弁ね。夕べのアレは恥ずかしかったけど、思い出すと嬉しいんだもん。

 それら全ては先輩のお陰で、ちょっと前まではむかつくことしかなかった人だけど、基本、いい人だって気づいたから。


「で、やりましたーってか?」

 テレも入って下を向いてたあたしは気づかなかった。

 足音もさせずに正面に立った先輩が、そっと首筋に指を這わすまで。ポコポコ、ポコポコ、飽きもせず紙玉をぶつけられた後頭部、背骨が通った辺りに冷たい指先が当たるまで。


「あからさまだよなぁ、早希ちゃんのダンナは」

 陰に篭った声が指す場所に覚えがある。近衛氏が、小さな痛みを与えたところ。

 それって、やっぱアレ?俗に言っちゃうキスマーク?

 な、な、な、何てことすんよ近衛氏!!今日は暑いから髪上げて家を出たでしょ?どうしてその時教えてくれないの!!


 見るも無惨なくらい慌てふためいてるあたしの視界がね、直後赤く染まったの。

 警告色って言うのかな、本能のお告げ?

 目の端に写った先輩の顔が、とってもヤバげに見えたから。

 口元はね、緩んでんの。目尻もまあ、下がっちゃいるのよ。一般的には微笑んでるって表現するんだろうね。一応。

 でもさ、鈍い光りを放ってる瞳とか、今にも飛びかかれちゃうよって緊張を孕んだ筋肉の張り具合とか、わかるんだよね。


 ほら、まずいと思わない?


 じりっと引いた踵が、すぐにぶつかったのは真後ろに棚があったから。ご丁寧に人の身長より高いそれは容易にあたしの行く手を阻む。

「ここにもひとつ」

 鎖骨に沿って降ろされた手が馴れた様子でボタンを外すと、胸元に現れる赤い花。

「なあ、他にもいっぱいあんじゃねえの?」


…未だかつて遭遇したことのないピンチだとあたしは踏んだんだけどね、どう?

 陰りはじめた太陽に、朱に染まった部屋は異様なくらい静まって、浅く繰り返す呼吸さえ耳障りな音を立てる。

 至近距離で不気味な笑みを覗かせる男は、近衛氏の比じゃないくらいおっかない。


「えーっと、昨日までは普通に先輩後輩じゃなかったっけ?」

 居心地悪い空気を少しでも和ませようと思ったんだけどね、甲高く引き攣れた声しか出なくて、余計緊張感を増しちゃったじゃない!

「そうなー、お前がボロボロ泣き始めるまではそうだったかもな」

 過去を振り返る時くらい、遠い目をしてみちゃどうです?なんで視線を逸らさないの。おっかないまんまなの。

「アンタの周りには泣くくらいの芸当してみせる女の子は、沢山いるでしょ」

 親衛隊その2とか、得意そうじゃない。

「質が違うだろ。あいつらがいくら泣いても気になんねえ」

 ご無体なセリフを聞いたはずなのに、怒る雰囲気じゃないんだよね。むしろ尚危険。


 シュチエーションからしてもこれ、告白だったりしますかぁ?経験値ないから、判断つきかねますけど?

「また泣くぞって…俺言ったよな?お前にゃ相手が悪いって」

 ほんの数センチ距離を詰められて、いつもは陽気な表情が真剣な色を帯びて。

 唇が触れるまで後ちょっと、下手に動けば自爆の可能性大って、隙はどこ?このままここにいるのは本気でまずい!


「で、でも!近衛氏が好きだもん…っ!」

 声を阻む素早さで唇を塞ぎに来たのに応戦した反射神経は、我ながらあっぱれ。

 首が痛くなるほど勢いつけて真横を向いたから、今度無防備になったのは首筋。

「やっ!」

 行き場を失った唇が辿り着いた先に、跡を残した感覚は泣きたくなるほどリアルだった。


「放せ!バカっ!!」

 むやみやたらと振り回した手足が、いずこかにクリーンヒットしてようやくあたしは先輩の囲いから逃げおおせる。

 その距離僅かに1メートル、でももう絶対捕まらない!


「ケンカの種をプレゼントだ。家出すんなら迎えに行ってやるよ」

 皮肉に歪んだ顔はむかつくくらい余裕があって、あたしは無言で部屋を飛び出した。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!!

 これ、不味いよね?!


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