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「ん…んあっ?うー!!」
息苦しさに目を開けたら、唇を塞ぐ不埒モノがいた。
白く霞む室内は、人工の光りでなく本物の陽光が眩しいくらいに降り注ぐからで、昨夜はあのまま寝入ってしまったらしい。
しかし、目覚めても同じ状況って悪夢?いや、悪魔?近衛氏ってば顔、近すぎだし…。
にしても、寝こみを襲うとは卑怯じゃん!と、声を上げようとして不用意に口を開けたのがまずかった。
にょろって、何か入ってきたよ!舌だってわかってるけど、認めたくない!認めたくないが事実だ!
何とか反撃しようにも両手は拘束、体は布団と近衛氏に挟まれてびくともしやしない。
でも、自由になるとこだってある!
「つっ!ひどな、早希」
我が物顔で暴れていた舌を噛んでやったんだけど、空々しく口を押さえて痛がるフリすんじゃないって!あんた目が笑ってんじゃないよ。大したことないんでしょーが。
「…なにしてらっしゃるんですか、近衛さん」
自由を取り戻したんだから、一発お見舞いしたいところだけど寝起きに快感注ぎ込まれて指の先まで痺れてるんじゃなにもできやしない。
仕方なしにギッと睨んでやったんだけど。
「昨夜の続きですよ、風間さん」
悪びれずに言った悪魔は、頬に1つキスをおとした。
いらんわ、そんなもん!
「フルコース堪能しといてまだ足りないっての?」
「デザートにいく前に眠り込んだ人がいるんでね」
「寝てない!気絶!食あたりで死ね!」
間違ってました、昨夜のあたしの決断は大間違いです。神様お願い、やり直させて!
婉然と微笑む近衛氏が、色っぽいやらバカっぽいやら。
…1番バカはあたしかぁ。だってさ、こんな人に見えなかったんだよ。余裕があるっての?隣で裸の女が寝てても平然としてられるような大人と言うよりストイックな人だと思ってたんだい。
キスを許しても、タイミングが合わなきゃ迫ってくることはないと踏んでたのにな。
これって大いなる、誤算?
「近衛氏、あたしなんかと、その…したいわけ?」
一瞬の間、そんで起こる爆笑。
噴き出すとこ?人が赤面しながら聞いてるってのに、腹抱えてベッドに倒れるか、普通?
「なにがそんなにおかしいかな?!悪かったわよ、妙な質問して、忘れて」
「忘れないよ、おかしな質問だけど」
照れ隠しに布団に潜り込んだのに、その上からボディプレスをかけられて息苦しさに顔を出す。
狙いすました悪魔に、頬をやんわり押さえ込まれたらもう、逃げ道はない。
目尻に爆笑の余韻を残して、近衛氏は身の危険を感じる視線であたしを捕らえると、掠れた声で宣言した。
「したいよ」
なにを?って聞くのは愚問なんだろうな。そもそもこっちが話題を振ったんだし。
けど、その、なんか…恥ずかしいんだけど、限りなく。
勢いよく熱を持ったあたしの顔を、満足げに目を細めて見やった近衛氏は、更にこそばゆい話し方で続けた。
「僕が一生、早希を綺麗なままでとっておくとでも思ってた?」
「…わりと」
冗談で迫られることはあった。昨夜だっていつかは…と考えもした。
でもさ、引き下がるのも早いじゃない?新婚初夜もサラッと流してくれたし、無理な要求を通すこともない。
うまくいけばジジババになるまで、逃げおおせるかと呑気に考えてたんだけど、ね。
「近衛氏は飢えてないって言うか、同じベッドで寝てても貞操の危機は感じないって言うか…あんまそういう相手として認識できないんだよね」
うっかり本音を零したたら…すっごい睨んでるんですけど、この人!
本能で身を竦ませた獲物を、捕食者はついぞ感じたのない殺気で追いつめて来るのだ。
「それは…僕に男を感じないってコト?」
返答次第では絞め殺されるんじゃないかと思うと、迂闊なことは言えません。
なのに!嘘をつけないあたしの口ってば!
「正確には、性的欲求の乏しい男に見える、かな?…あは、あはは…」
口先だけ、実際に行動は起こさないから安心していいよオーラが漂ってるんですよ、あなたは。
と、怯えながらも言っちゃいました。へらへら笑って誤魔化してもみました。
「…ふーん。それであのバカな質問につながるわけだ」
それが拙かったようです。
うっかり、やっちゃいました…どうやら悪魔を本気で怒らせてしまったようです…。
だってほら、付き合ってる(?)時も全然ムードないしさ、やばそうな場面になったこともあったけど、リベンジ無しでしょ?されても困るけど…。
昨夜だってその前だって、機会はいくらでもあったのに放置じゃない?構われても困るけど…って何あたし、襲ってほしいの?!
…虚しぞ1人突っ込み。現実を見ろ、怒れる悪魔が目の前にいるんだぞ!
「種族維持本能って知ってる?」
にこやかな質問は、ビミョウに際どい。
「…子孫を残すためにある奴ですね…?」
引きつって答えてみたが、当然追及の手を緩めてくれる慈悲なんかは持ち合わせちゃいないらしい。なんとも立派な悪魔っぷりだ。
「僕が人畜無害に見えたのは、いきなり結婚を迫られた早希を怯えさせないためでショ?まぁ、女性にさして興味がなかったのもあるけど、自分の選んだ結婚相手を抱きたいと思わない男がいるの?」
「世の中広いですから、1人くらいは」
あああ!!またやっちまいました!ボケずにいることはできないのか、この口は。
近衛氏の眉間に一瞬深い皺が刻まれて、そんで、呆れるくらいの素早さで綺麗な笑顔が浮かんだら、あたしは逃げる!過去の経験上、今すぐここを立ち去らなきゃ危険だって、本能が告げている!
…え~ん、だけどボディプレスされたままなんだよう…体が布団と近衛氏に挟まれて動けないんだってぇ…。
ところが、情けなく藻掻いていた上から、意味不明な言葉が落ちてきた。
「早希は…即決即断即実行の人だったね」
すいません、その質問どこにつながるんで…?
訝しんだ視線は、近衛氏の行動によって答えをもらうという、ありがたくない結果になるわけだ。
「今日は学校、休みなさいね」
唇を塞ぎながら、なんて恐ろしいことを言うんでしょう。
え?その後どうなったかって?
美味しくいただかれちゃいましたよ!
体中痛いし、近衛氏は満足そうだし、うー最低!