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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
逃げ道はひとつじゃない
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 有無を言わせず和室に引きずり込まれ、洋館にこんなところがあったのかと感動する暇はない。

 近衛氏の貼り付けたんじゃないかって笑顔は、バラ園で見た時と変わらないの。

 そりゃあもう、アロンアルファで固めたんかってくらいにね。

「座ったら?」

 猫撫で声ってこれかぁ…。


 この人と会ってから字面でしか知らなかった言葉を随分実体験させてもらった気がする。冷徹でしょ、驚愕でしょ、豹変でしょ…ろくな言葉無いじゃない。

「早希?」

 突っ立て現実逃避を決め込んでたあたしを促す夏向きの声は、悪寒と共に脳の命令形態を支配して、体の力を奪い取っていった。

 崩れるようにへたり込んだ場所は、近衛氏からほんの一メートル弱。

 しまったぁ…咄嗟に逃げられる距離は確保しなきゃだったのに、野生動物の掟を破っちゃった。


 しかし、こちらの心情などお構いなしで至極満足そうな近衛氏は、相対したあたしを流し見るとにこやかに恐怖の宣告を下した。

「もう、家に来なくていいから。僕が早希の家にお婿に行く」

 時間がね、止まったの。

 ぴしーって音立ててね、止まったの。

 声を失ったあたしなんて気にかけることもなく、悪魔の計画は露呈され続けた。

「恋愛は結婚してからもできるでしょ?せっかく女性を信頼してもいいかなって思い始めたのに、ここにいると気が休まらないんだよね。過去が過去だけに、兄さん達に油揚げって事になると僕立ち直れないだろうし。二人の目が届かないように、ここへの出入りを禁じたら母さんの機嫌が悪くなる。早希の家に通い詰めれば、ロクでもない噂が出るんだろうから、いっそ結婚したら丸く収まるんだ」

 果てしなく自分本位の演説は近衛氏らしいけど、全く笑えない。


「あなたはあたしを、全然信用してないって聞こえたんですが…?」

 兄ちゃんズがどうあれ、あたしがしっかりしてれば済むことだと思うんだよね。

 家族のように接すれば、仲良く話してようが、どつき合ってようが、恋愛感情が生まれるなんて皆無でしょ?

 世の中には報われない片思いなんてのもあって、将彦さん辺りはとことん酔っちゃいそうなシチュエーションだけど、一人でやってる分には猿芝居。相手がいなきゃ恋愛はできない。

 その辺は信用問題に発展しちゃうんだけど、意固地に凝り固まってる微笑みを見る限り、近衛氏にはその余裕が見受けられなかった。

 彼の過去には同情するよ、でも先の事も考えればこれは充分話し合って然るべき問題だね。

 一方的にあんたの思い通りになんてなるもんか!


「早希を信じてないんじゃない、女性全般を信じてないんだ」

「尚悪いわ!」

 あたしをその中の1人と認識してる時点で失格だっつーの。

 これはもう恋愛云々以前の問題じゃない、人としてよ!

「近衛氏、信用できない人と仕事するの?」

 いきなり質問を振られて少し驚いたらしいけど、すぐさま意図を理解した彼は首を振った。

「仕事と恋愛は関係ないよ」

「大あり。どっちも根っこは同じだい!」

「全然違う。仕事は僕を裏切らない」

「あたしもあんたを裏切らない!」

「それはこれから、僕が決めることだよ」

 うがー!!この屁理屈大王は!!!

 顔色一つ変えずに言うかね、現状じゃあたしを欠片も信じてないってめちゃくちゃ失礼じゃー!


 子供みたいな睨めっこをしつつ、頭が煮立ってることを自覚すると現状がとってもまずいものだって気付いた。

 平行線の話し合いは続けても答えが出ない上、一度上がった熱を冷まさなくちゃ冷静な判断ができない。

 つまり、このまま進んだら取り返しのつかない険悪なムードが出来上がって、最悪ケンカ別れってことになる。

 一方だけが怒るのを、ケンカって言えばだけどね。


「気を許せない相手と結婚なんかした日にゃ、1週間と保たない!」

 口が止まらない~。わかっているのに言わなきゃ気が済まない~。

「僕の我慢が続く限りは、大丈夫だと思うよ」

 しれっと言いやがった。この期に及んであたしだけが悪者なの?!

 予想通りの悪口三昧は、相手に人生経験がある分圧倒的に不利で、それが余計にあたしをいらだたせる。こっちが真っ赤になって叫んだって、相手の面の皮が厚いんじゃ傷一つつけられない。

 いつの間にか互いの距離が縮まっていた。

 手を伸ばせば届く距離から、額がくっつきそうな所まで。なのにときめくどころか血が沸き立ってるって、宿敵と対峙してるんじゃないって。


「我慢なんかしてもらわなくて結構よ!結婚相手ならあんたじゃなくても…」

「ストーップ!!!」

 蹴倒しそうな勢いで開いた襖の向こうから叫びに、そのあまりの大きさに近衛氏もあたしも心臓が一回止まっちゃった。

 危ないなぁ、死んだらどうしてくれんの。人生まだ長いってのに。

 同時に睨みつけた先には、大嗣さんに面差しの似た美人が一人仁王立ちしてる。

 腰に手を当てゆっくり首を巡らせた彼女はあたしに視線を据えると、庭の薔薇にも負けないゴージャスな笑みを浮かべ、ずんずん近づいてくる。


「はじめまして、早希ちゃん」

 小首を傾げた仕草は近衛氏に激似。わかった、妹さん!

 3週間近くここへ通ったけど、お目通りできなかった彼女は突然現れて、あたしにそっと耳打ちした。

「口に出しちゃうと取り返しがつかないわよ。ここは任せて」

…その通りでございます。あのままいったらあたし、大嗣さんや将彦さんの名前を出してた。それこそ近衛氏が一番嫌がるのに。

 青くなったあたしの肩をふわりと包み込んだ彼女は、目の前の魔王に臆することなく口を開く。

「隆人君、早希ちゃん貸してね」

 訊ねるのでなく決めつけて、立ち上がらせたあたしの手を引いた彼女は不機嫌に黙り込んだ近衛氏を無視して和室を後にしようとした。


「あの、いいんですか?」

 言い合った後放置って、個人的にはすっきりだけどこの人に後々危害が及んだらどうしよう。相手は傍若無人大王なのに。

「気にしないでいいの。隆人君が私に勝てる訳ないんだから。この家は女の方が強いのよ」

 イタズラっぽく囁かれた内容は、充分理解できた。

 おば様なんて、おじ様や3兄弟を意のままに操ってるからなぁ。末っ子で女の子なんて権力ありそうだ。

「お茶しながら、親交を深めましょうね」

 優しく微笑まれちゃったら、聞いて欲しいことたくさんあるって叫びそう。

 どうしたって近衛氏には負け負けになっちゃうあたしは、強力な助っ人を得て不毛なケンカから脱出成功って訳。閉まりゆく襖からかいま見た彼は、1点を見つめたまま微動だにしなかった。



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