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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
逃げ道はひとつじゃない
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 取られた手を引き抜こうとぶんぶん振り回すのに、馬鹿力は一向に緩む気配は無い。どころか気味の悪い笑顔で、

「照れる必要はないんだよ」

 っときたもんだ。死ね!今すぐ死んでくれ!

 思わずバイオレンスな気分になっちゃったところで、危うくそれを押しとどめたのは、静かに成り行きを眺めていた近衛氏だった。

「消えて下さい、二人とも」

 引っぺがされる勢いで体ごとあたしを抱え込んだ彼は、頬を押さえてぶつぶつ言ってる長男と、横取りだと騒いでる次男を自分の部屋の前から追い立てると、開きっぱなしの扉の奧に踏み行ってバタンと乱暴にドアを閉る。


 帰るって言った人を、引き戻してどうするのよ。なんとも思ってないんだったら、放っておいてくれればいいのに。でなければ、お祖父ちゃんのところまで送ってくれたら上出来。

「…あたしも消えるから放して」

 なのに、抱きしめるように肩に回された腕を嬉しいと思うのは、近衛氏と恋愛したい自分がまだ死んでいないから。

 きっちり振られても、人間の心はそう簡単に切り替えられない。

 一月考えてたのよ、この人を自分の気持ちを。やっと結論出したのに玉砕して、その相手の腕の中で平静でいられるほど、あたし人生経験積んでない。

 心おきなく泣けるよう、解放してくれる優しさくらい、あってもいいでしょ?


 睨み上げることでその想いを伝えると、

「僕との話は君が一方的に答えを出しただけで、終わってないよ」

 一瞥をくれて有無を言わせずソファーにあたしを座らせた近衛氏は、こっちの気持ちなんか無視で、横に腰を下ろした。

「あっち行けばいいじゃない。どうしてここに座るのよ」

 バクバクしてる心臓を誤魔化す為、ふくれっ面で言ってみる。

 だだっ広い空間があるんだから、こんなに密着する必要はないはずでしょう?ましてや逃げようと必死だった相手の側にいてどうするよ。

「言われっぱなしは好きじゃないんだ。近くにいないと君は逃げるだろう?」

 そう言って微笑んだ顔の裏には、気のせいじゃない邪さが山と見えた。


 さっきまで冷たい顔してあたしのこと突き放してたのに、大嗣兄ちゃんとくっつけようと聞きたくもない言葉を投げつけてきてたのに、いきなり初めて会った頃の近衛氏に戻るなんて、どうしちゃったの?

 からかうような表情は確かにもう一度見たかった彼の顔だけど、冷たいあんたが消えた理由がわかんない。

「逃げたっていいじゃん。そうしてもらおうと、あんな事言ってたんでしょ」

 近衛氏の真意を測りかねてるあたしには、この豹変ぶりがどうしてもわからなかった。

「そうだね、あの時は君が僕に愛想尽かすよう話してたから。と言うよりはあれが僕の本来のしゃべり方なんだけど」

…随分物騒な物言いすんのね、あんたって人は。皮肉屋って項目も付け加えないといけないわけだ。

「大嗣兄さんと結婚した方が、幸せになれると思わない?」

 微笑みながら優しく諭すようまた兄ちゃんをお薦めする近衛氏は、目が笑ってなくて怖い。

 素直に頷いたら絞め殺されそうなんだけど、問いかけは肯定することを前提としているようで。どう答えて欲しいのかね、この男は。


「人見下した高慢ちきさんと一緒にいて、幸せだーって感じる人がいたらすごいよね」

 難しい選択は微笑み返し、嫌みのスパイス付きで。

 あたしはバカにされたまま、一生を終えるなんてまっぴらよ。そう言外に伝えると、凶悪な微笑みは引っ込めないまま近衛氏は質問を続ける。

「それなら将彦兄さんは?ふざけた人だけど、女性には優しいよ」

 今度は次男かい…。しかも自分でふざけた言っといて薦めますかね、普通。

「世界中の女性に優しい人と結婚できるほど心が広くないんで」

 浮気性のダンナは、もっといらないっての。


 随分なお薦め物件を並べ立ててた彼だけど、お断り申し上げた時点でうーんと少し考え込んだ。

 もしや、他にもいるんですか、あたしの婿さん候補は。

「僕は君にあげられるものが何もない。大嗣兄さんは長男だからこの家と会社がついてくるし、将彦兄さんは毎日甘い言葉と、望めば薔薇の花だって贈ってくれそうな人だ。それでも僕を選ぶ?会長なら別の人を捜してくれるかもしれなくても」

 ああ、上2人の方がお買い得だと言いたい訳ね。


 比較対象が間違ってることはさておいて、近衛氏の態度は変に卑屈だった。

 いつも自信満々のくせに、兄達にあるものを持っていない自分を卑下してるって感じで、過去に何かあったんじゃないかとバカでも勘ぐりたくなる。

「お家はお祖父ちゃんがあそこをくれるって言うから間に合ってるし、会社もあたしとお姉ちゃんのものなんだって。甘い言葉は毎日もらったらありがたみが無いし、花は望めば近衛氏だって買ってくれるでしょ?お祖父ちゃんがいくらお金持っててもあたし好みの顔して、そこそこの家柄の男はあなたぐらいのものだと思うんだけど、本人があたしじゃイヤだって言うならいいかげん見切りつけないとね」

 もうやけくそだよ。何言っても納得しないんだし、いっそ切り捨てたらどうなるんだろう。

 あっちの気持ちがわからないことに対する苛立ちも手伝って、吐き捨てるとソファーを立とうとした、んだけどね。

 タイミング良く肩に回された腕にそれは阻止され、出会う真剣な瞳。


「…君は何もかも、彼女とは違うんだ」

 そっとあたしの髪に手を置いた近衛氏は、見てるこっちが切なくなるような顔をして秘密を1つを吐き出し始める。

 初めて知る別の顔。あたしを試しながら重ねていたに違いない、彼の中の忘れられない誰か。

「君は僕が今まで会った女性の中では、一番純粋なんだろうな。年や持っている物の大きさのせいもあるんだろうけど、気持ちだけで動いてる。結婚するなら全てを持ってる長男の方がいいとか、次男でも三男よりは手に入る物が多いなんて計算をしないんだよね」

 なんとも打算的で、更には下らない考え方だけどもしや。

「…そう言われたことあるの?」

「4年付き合った恋人にね、大嗣兄さんに会わせたその日に」

 苦笑混じりの過去の傷とやらは、己の未熟さを露呈させるものだから、あたし如きに教えるにはさぞ勇気がいったんだろうけど…なんとも、呆れるくらい豪快な女の人だねぇ…。

 長年付き合った恋人に、情は湧かなかったんだろうか?札束の方が大事か…そんな考え方もあるのか…。


 近衛氏ならそんな人切って捨てるような気もするんだけど、そうはいかなかったみたいで、歪んだ表情が今も忘れられないって教えてくれた。

「彼女と結婚したいと、両親に話すつもりで家に連れてきたんだ。当然、好きだったから未来も考えたのだし、それが一瞬で崩れたわけだからね、衝撃と失望で女性に対する偏見ができあがった。あれから2年も経つのに、未だ恋愛に心が動かない」

 自嘲気味に上がった唇で、更に手ひどく振られたことを知る。

 そっか、だから恋にはならないって言われたわけね。

 あたし程度の本気じゃ、凍り付いた近衛氏の感情を動かすことはできなかったと。そりゃ、自他共に認める凡人ですし?彼のためなら火の海にも飛び込んじゃうわ~的な献身的愛情も育ってませんからね、彼の気持ちをこっちに向ける事なんて、不可能でしょうよ。


 だけど、玉砕なら一度が良かったな。あたし如きじゃどうにも相手にならないって、わざわざ2度もダメージくらっちゃ、さすがにしんどいもん。

「始めから、そう言ってくれたらよかったのに」

 胸が、石でも抱え込んだように重くて苦しかったけど、笑った。

 切なくてこぼれ落ちそうな涙も、決壊させるタイミングじゃないって必死に我慢して。


 なによねー、最初から全然望みは無かったんじゃない。

 頑張ればあたしのモノになるかも知れないなんて家まで押しかけて、格好悪いったらないわ。せめて最後くらい格好つけなくちゃ、やてらんなわよ。

「実らない恋なんて追いかけないから安心して。上2人もね、好みじゃないけどいいところの1つくらいなら見つけられるでしょ。大嗣さんから傲慢さが消えるなら充分お婿候補としていけてるし、近衛氏じゃなくてもおば様やお祖父ちゃんの願いは叶えてあげられるもん」

「諦めちゃうの?」

 強がり半分本音半分で息巻いてた声を、からかいを含んだ彼の声が受ける。

 それ以外どうしろって言うんだか、この男は。


 人の精一杯の虚勢をどの面下げてちゃかすんだって一瞥をくれてやった近衛氏は、馴染みの極悪人スマイルであたしを見上げてる。

 さっきまでの深刻さは微塵も感じさせないその顔ったら…まったく、読めない男。

「君なら僕を裏切ることはない気がするんだ。極悪人でサドで人いじめて楽しむのが趣味な男が、好きなんだよね?」

「リピートすんじゃない!むかつく記憶力の良さだよね。そういうのは忘れたふりをすんのが、紳士でしょっ」

どうして真面目な会話のまま終われないのよ~。あたしがあんたを諦めなかったら、不毛な恋愛の堂々巡りになっちゃうじゃない。

 一生報われない片思いなんざ、したくないっての。


「なかなか心揺さぶられる告白だったよ。君となら新しい恋が始められるんじゃないかと思うくらいに」

 だけどもこの人、こっちの言うことなんざ聞いちゃいないし…。

 って…え、本気で言ってるの?あたしと恋する気になったの?兄ちゃん達を薦めてたくせに?

 半信半疑でまじまじと眺めた近衛氏の表情は、相変わらず全然読めなかったけど、信じていいかな、ううん信じたい。

 失恋より前向きな片思いの方が希望があるもの。


「ホントに真面目に、あたしと恋愛する気あるの?」

 それでも疑っちゃうのは、致し方ないでしょ。

 恐る恐る聞いてみたらば、近衛氏は綺麗な手を差し出してきた。

「改めてよろしくね、早希」

 小首を傾げて天使の微笑み。

 ああ、いいわ!その顔やっぱし好み!

 餌に釣られる魚みたいにうっかり手を取ろうとしたあたしって、やっぱりバカ。

 救いようのないバカ。

「まあ、君次第だって心得といて。不要になったら即兄さん達に下げ渡すから」


 綺麗な顔した悪魔はやっぱり健在でした…。

 ちょっとでもラッキーとか思っちゃった自分、エライ間抜け。めちゃくちゃ愚か。

 考え直したいなぁ…もう遅いかなぁ…。


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