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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
逃げ道はひとつじゃない
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「お待たせ」

 にこやかに現れたおば様の後ろにいたのは、近衛氏だけじゃなかった。

 見知らぬ顔がもう一つ。正体は言われなくてもわかる、お兄さんのどっちか。

「大嗣がそこにいたものだから、連れてきちゃった」

 ついでを強調するおば様の目が光ったの、見逃さなかったから。

 これって、わざわざ呼んでるよね。あたしに意地悪する時の近衛氏の表情とそっくりだったもん。


 この計算ずくの演出を気付かないふりでお祖父ちゃんに挨拶する大嗣さんは、近衛氏より更に落ち着いた雰囲気を持つ大人の男って感じの、綺麗な弟とは正反対の渋いかっこよさを持っていた。

 顔がおば様に全く似てないところを見ると、おじ様似なんだろうな。近衛氏といい、大嗣さんといい、凡人のあたしと並べて置いたら女の方が完全に見劣りする構図の完成で、何だか虚しくなってくる。


 おば様、できれば普通の見かけの息子を生んでくれたら良かったのに。

「こんにちは」

 考えを中断するようにかけられた声の主は、近衛氏。

 白いTシャツにジーンズなんてラフなスタイル、初めて見た。

 仕事帰りのせいかいつだってスーツにネクタイだったもんね。乗っかってる顔がいいせいで、どんな服装でも似合うのが気に入らない。

 相変わらず好みのタイプじゃない。悔しいくらいに。


 しかし一月も前に婚約解消した相手と久しぶりで会ったっていうのに、気まずさもなく接することができるとは… あたしの事なんて思い出すこともなかったって事?むかつくことっ。

「どぉも」

 八つ当たりだとわかってるけど、平然と微笑む近衛氏が気にくわなくてふてくされた返事をたら、困った笑顔がちょびっと歪んだ。

「僕に話があるって聞いたけど、その表情からすると苦情かな」

 あう、そうだった…。ここでケンカ売ってどうするよ、もう一度お願いしますしに来たのにさ。

 近衛氏、完全に誤解したよ、あの顔は。さて、どうするか。


 そこで気付いた好奇の視線。自分たちは違う会話をしていますって顔して、なにげに耳をそばだててるじゃない、みなさん。

 盗み聞き、するかねいい年した大人が。いやいや、大事な話をこんなとこでしようって、あたしも悪いのか。

「それよりたちの悪い話。…場所移さない?」

 なんでちらりと周囲を見てこう提案すると、近衛氏は素直に頷いた。

 聞かれて困りはしないけど、わざわざ聞かせようとは思わないじゃない?

 大嗣氏は純粋な好奇心だろうけど、大人二人の場合は自分の思惑が絡んでるからね、うっかり口を滑らせたら明日には結婚式だなんて事になりかねない。

 できればお付き合いから始めたいので、それはごめんこうむろう。


「待って、大嗣を紹介してからにして」

 立ち上がりかけたあたしを慌てて止めたおば様は、大嗣さんの腕を力任せに引っ張っている。ちっとも動いてないし、本人はやれやれって表情だけど。

「初めまして、早希さん」

 無言で促されるまま社交辞令ばりばりの笑顔をくれた彼は、どう見てもあたしと結婚したがってるようには見えないな。

 お祖父ちゃんの会社って付属品を含めても、16の小娘相手じゃ食指が動かないってか?まぁ14の年の差じゃ無理もないけど、あからさまに仕方ないって顔に書いてあるのはいやなもんだね。近衛氏は初対面でも結婚の意思だけはしっかり持ってたのに。好奇心といえど、興味は持ってくれてたのに。


「こんにちは」

 早いとこケリをつけて近衛氏に重大発表したかったあたしは、適当に頭を下げるとさっさと大嗣氏に見切りをつけ、お祖父ちゃんに向き直った。

「ちょっとだけ待ってて。隆人さんと話してくるから」

 おば様には申し訳ないけど、興味が無い者同士が話す事なんて無い。

 びっくりしてる大嗣氏を置いて、あたしは近衛氏の腕を掴むとドアをすり抜けた。

 気の毒に、仕事上でも男女の仲でも無視に近い扱いを受けた事なんて無かったんだろうなぁ。後でちゃんとフォローするから、少しほっといてね。


 廊下に出た後、当然どこに行こうか戸惑うあたしを促して、先を歩く近衛氏はぐるりと巻いた螺旋階段を上がると重厚な木の扉の前で立ち止まり、無言で中へ入るよう示す。

 恐る恐る足を踏み入れた向こうは、リビングとはかけ離れた装い。

 革張りのソファーとローテーブルにテレビ、最低限の調度が広い空間にぽつりぽつりと置かれたフローリングはラグ一枚ない殺風景さで、どこでくつろぐんだと聞きたくなっちゃう。

 色目も悪いの。カーテンも壁も天井まで濃紺だよ?海の底かっていうのよ。あんたの陰険な性格はここで形成されわけか、納得。

 まさしく、近衛氏の私室でございってとこね。


「座って」

 呆れ半分で突っ立ってたあたしの肩をそっと押した近衛氏は、奧のソファーに体を沈める。その表情はこの前見た冷たい影を帯びたままで、ついさっきまでの愛想良さはどこ行ったって感じで。

 あれ、演技だったのか。お祖父ちゃんやおば様の手前作ってただけでこの男、不機嫌?

 しっかしその暗さ、背景にマッチしてこっちまでブルーになるからやめてくんないかなぁ。

「読めない男」

 呟きながらあたしも、深海色のソファーに腰を下ろした。

「君みたいに考えてることが丸わかりなんて、単純にできてない」

 聞いてやがった近衛氏の嫌みは、にこりともしない唇から滑り出た殺傷能力を秘めた一品で、明らかにこれまでのヤツとは違う。思わず背筋を、冷たい汗が滑り落ちたほどだ。


 声も顔も目も、人間性を疑いたくなるほど冷酷で、あたしを嫌ってるなんて生易しいもんじゃなく、憎悪すら感じるってのは、これいかに。

 しばらく会わない間に何かあったってのか。それともこれが本性だって言うなら、秘密だらけだ、こいつ。

「…それじゃ当ててみなさいよ。あたしが来た訳」

 本能的な恐怖心を押さえつけ、好戦的に睨みつけてやると、近衛氏は鼻で笑ってご自分の大層な考えを述べられる。

「離れて考えてみたら僕ほど条件の整った男を振るのが惜しくなった、こんなところ」

「半分正解、半分外れ」

 ふんぞり返って舌を出したあたしは、全く崩れないポーカーフェイスを打破すべく、向き合った自分の気持ちを吐露してやることにする。

 あんだけこの男から逃げ回ったんだもん。散々罵ったこの口から、まさか愛の告白が聞けるとは思うまい。


 うろたえるが良いっ。


「惜しくなったのは当たってる。その顔、いっぱいある秘密、実にあたし好みなのよね。何の因果か、好きになっちゃったの。でも、条件はいらないよ。そんなのここん家の兄弟なら誰でも一緒でしょ」

 誰でも一緒って辺りで、僅かに彼の眉が上がった。本人上手く隠したつもりだろうけど、恋する乙女の観察力、バカにしたもんじゃないのよ。

 で、なに、どこがヒットしたの?

「…大嗣兄さんはお気に召さなかった?」

 鼻で嘲笑う風の近衛氏は、どっかネジが飛んでるに違いない。

 人が結構テンパッて告ったのに、それをさらっと流すとは良い度胸じゃない。

 召すか、あんなもん。大嗣さんがあたしに対して、興味の欠片も示さなかったの見てなかったわけ?

「前に言ったこと覚えてない?あたしのこと好きじゃない人とは付き合えない」

 しかたない。もう一度言ってあげるから、今度はちゃんと聞いときなさいよ。

 ふんぞり返って言い切ると、敵も然る者、そちらこそとしっぺ返し。

「僕も君を好きじゃない。この先も好きにはならない、そう言った。大嗣兄さんとどこが違うの」

「近衛氏は初対面から親に言われて仕方なくって態度はしなかったでしょう」

「作っていたのかも知れない、会長と両親にいい顔がしたかったのだとは思わない?兄さんは正直な分、僕よりましだ」


 反論してみろってこちらを見てる冷めた目、どうにも気に入らないわ。

 何故にお兄ちゃんと自分を比べたがるんだ。まさか、この男が劣等感?ありえない!

「あんたがいいか、大嗣さんがいいか決めるのはあたし。極悪人でサドで人いじめて楽しむのが趣味な男の方がいいって言ってるの、どこが不満よ」

「そんな男より大人で地位も財産も持ってる男がいいとその内気付いたらどうする?僕から兄さんに乗り換えるなんて、両親が許しても兄や妹は許さない。後悔しても遅いなら、始めから付き合う相手を選んだ方がいい」

「しつこいな、条件で男は選ばないって言ってんでしょ!!」

 ねちねちねちねち、うっさいんだよ!

 何なのよこいつは!そんなに兄ちゃんとあたしをくっつけたいか。そうまでしてあたしから逃げたいか。わかった、そんなら望み通り消えてやるわよ!

 怒鳴りつけられたのに驚いたのか、近衛氏の鉄面皮は崩れて驚愕に固まってるけど知らない。人の一大決心を小賢しい手でかわしに来るならもう結構。

 怒髪天をついちゃったあたしは、跳ねるようにソファーから立ち上がると口を開きかけた近衛氏を制して捨て台詞を叩きつけた。


「はっきり言ったらいいじゃない。あたしに好かれるのは迷惑だってさ。悪かったわね、自分で終わらせた話を蒸し返して。二度とあんたの前に顔見せないから安心すれば?」

 一睨みだけは忘れずに小走りに部屋を後にしようとして、勢いよく開けた扉の向こうに見つけた人影に何かが切れる音を聞いた。

「すごい啖呵だな。隆人が黙り込むのを初めて見たよ」

 にこやかに微笑む大嗣さんは、盗み聞きを隠すことなく盛大にあたしを褒めてくれる。

 いつからいたんだよ、このバカ兄!

「そこどいて」

 でかい図体で通せんぼしてる常識無い大人に言い放つと、あろう事か彼は寝言をのたまってきた。

「骨のある子は大いに好みだ。君と結婚してあげてもいいよ」


 いやー、人って殴ると手が痛いんだね。やったことないから知らなかったよ。

 派手な音に見合った手形を精悍な顔に貼り付けたバカ兄は、呆然と自分を殴った女子高生を見下ろしていた。

「兄さん…!」

 慌てて声を上げた近衛氏が、後ろから駆け寄ってくる気配がする。

 あーあ、これでホントにお仕舞いだわ。仲直りする気で来たって言うのに、その身内ぶん殴っちゃうなんて最悪。でもここまできたらこいつらに、庶民の常識教えてあげるのもいいかも。


「あんた達に結婚して頂く必要はないわよ。喜んであたしをもらってくれる人だって広い世の中、一人や二人いるでしょう。兄弟揃って人バカにすんのもたいがいにしろ!」

 条件だの、結婚してやるだの何様のつもりだ。

 全身に怒りを漲らせて叫んだ声に、何故だか拍手?

 ぱんぱん乾いた音させて、近づいてくる謎の人物…って同じ顔してるよ…兄ちゃんと。

 休日にダークスーツの三つ揃い。厳しい印象の残る兄ちゃんとは反対に、近衛氏の柔らかな雰囲気を醸した明らかな血縁者は、間違いなく真ん中の将彦君だね。

 それがわざとらしい拍手しながら、ニヤニヤと(断じてニコニコでは無い)こっちに寄ってくる図って言うのは…。


「兄さんも隆人も女の子の扱いを全然わかってないよね。早希ちゃんだって二人を相手にしてたら怒り出したくもなるってものだよ」

 いやぁ…知ったかも、かなりむかつきます。

 つーかあんたも立ち聞きですか?この家の防音対策はいったいどうなってるんだ。

「初めまして早希ちゃん。次男の将彦です」

 くるんと効果音つきそうな華麗なターンを決めた彼は、気味の悪い笑顔をずいっと近づけてあたしの手を取った。

「結婚して頂けませんか、お嬢さん」

 口づけられた手の甲から走ったのは悪寒。

 吐き出された言葉に走ったのは虫ず。


 おば様、もうちょっと普通の息子を生んで下さい!!

 ええーい、逃げ道はどっちだ?!


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