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逃げ道はひとつじゃない  作者: 他紀ゆずる
逃げ道はひとつじゃない
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「今日は素直で気持ち悪いね」

バッドタイミングで夕食のお誘いに来た近衛氏が、狭い車中でサラリと嫌味を。

いつもならソッコー言い返す所なんだけど、事実だからつい黙り込む。

 お祖母ちゃんに投げ入れられた小石がどんどん波紋を広げて、彼について考えなきゃいけないって思いが、強迫観念に近くなっていて、本人目の前にすると喋るよりも観察、しちゃうんだよね。


 ここは良いとこ、ここは嫌なとこって。


 虫が好かないって言い切っちゃいたいんだけど、顔見るのもイヤってんじゃなきゃ説得力に欠ける気がするし…好きって感情は理屈じゃないんだから、考えてもなぁ。

 でぇも~しぃかぁしぃ~。


「本当にどうしたの、具合でも悪い?」


 あんまりにもあたしの様子がおかしく見えたのか、車を脇道に止めてまで、近衛氏がこちらを覗き込んできた。

 うう、綺麗な顔のアップ。意地悪してない今はこれは好みの顔だし比較的…好き?

 気遣ってくれる優しさも持ち合わせてるなら…これも好き?

 でも、さっきの嫌味は嫌いだし。基本的に意地悪なとこは、範疇外だし。


「黙ってたらわからないよ。引き返そうか?」

「…ダイジョブです。構わないで行って」


 心配してくれるのはありがたいんだけど、当の本人に話したからってどうなるもんでもない。自分の口から長所や短所を話して貰ったって、それじゃただの自己紹介になる。客観的とはほど遠い。

 それっくらいなら1人、悶々としてるほうがましってもの。

「…無理しないで、駄目なら言うんだ。いいね」

 念押ししてから車を発進させた近衛氏に頷いて、あたしは無限ループにはまりつつある無駄な努力を繰り返していた。

 良いとこ探し…ポリ○ンナか?世界名作劇場だ。ははは…。


「…一つ聞いてもいい?」

 ふと思いついたあたしは、運転する近衛氏の横顔に視線を送る。

「答えられることなら」

 ちょっと優しいかなって思ったのに、結局それかい。意味不明の秘密主義者め。

「大事なことなんで、絶対答えて下さい」

 誤魔化すなよって睨みつけた後、今回の件で最重要なんじゃないかと思う質問をぶつけてみる。

 きっと、これがわかればうじうじ悩む必要もないって、明快なヤツを。


「あたしのこと、好き?」


 そらもうストレートに、いっそ気持ちが良いくらいど真ん中に。

 近衛氏が結婚を決意するまでは聞いたけど、あんたの気持ちはどうなのよ。あたしが意地になったのも、逃げ出したいのも、そもそもそこが原因な気がしてきたんだよねぇ。

 自分を好きじゃない男と結婚したりするのって理解できない。お子様って言われようと打算で結婚できる程冷めてないんだよ、10代は。あたしは。

 ところが、ここでも近衛氏は秘密主義を貫こうって腹らしい。作り物めいた微笑みを崩さず、切り返す。


「…僕の気持ちだけ聞き出そうって言うのは、狡いんじゃないかな」

 そう簡単に、逃がすもんか。

「結婚するって張り切ってるのはそっちでしょ。プロポーズするなら告白付きでお願いします」

 しれっと返すと、首を傾げて、

「プロポーズ…今更必要なの?」

 と。でもね、心なしか顔色が冴えなくなってきてませんか、近衛氏ってば。

 ああ、出会ってから初めて優位に立ってる気がする!

「必要です、めちゃめちゃ大事な事です。あたしにとっては人生の残りを丸ごと決めちゃうことなんだからね、しかもフツー一生に1度の大事件だよ?なあなあで済ますわけないじゃん。あなた得意の嘘と誤魔化しも受け付けてません」

 きっぱりはっきり言い切って視線をフロントグラスに据えたあたしは、流れる景色を見送りながらそっと息を吐いた。


 今の状況でプロポーズされたからどうなるってものじゃない、自分の気持ちがわからないのに返事ができるはずないんだから。

 でも、近衛氏の気持ちを聞くのは、すんごく重要なんだよね。

 スタンスって言うの?その人に対する立ち位置、これが決まらないことには恋愛が始められないんだもん。そこをすっ飛ばして婚約とか、結婚とか、ありえないし。

 なのに、信じがたいことだけど、あたしこの男と会ったり話したるするの馴れて来ちゃったんだ。お祖父ちゃん達と一緒で近しい人物に認定されてる。好意、悪意、関係なく身近になったから余計こんがらがった、友人と結婚しろって言われたみたいに。


 友情から始まる恋もあるけど、それにはまず意識することから始めないと。ある日、突然好きになるなんて奇跡みたいな瞬間を待ってる時間が、こっちには無いんだもん。

 だから聞かせて。恋愛する気があるのか、大人の事情で結婚するだけなのか。

 祈りにも似た時間、お互い黙り込んだまま、今後を決定する一言を待っている。

 息詰まるような静寂を破る近衛氏の言葉を。


「…結婚して下さいって言えるけどね、君を好きかと聞かれると困る。嫌いではないけれど恋してるわけじゃない」

 やっと発せられたのは、無表情な、声。

 感情を排除したそれは、揺らぐことなく響く分、本気なんだと嫌でもわかるもので。

 なんとなく、予想していた答えだったらから驚きはしなかったけど、どこかで失望してもいた。

 上手に騙してくれたらいいのに。小娘謀るのなんか楽なもんでしょ?嘘でもいい、恋は始まってるかも知れないって笑ってくれたら、あたしは信じてあげたのに。


「今後、恋することもない?」

 苦笑いで、最終確認を。

「可能性は…低いね」

 最後までバカ正直な男に、力が抜けた。おかげでいとも簡単に答えが出たからね。

 よかった、きちんと答えてくれる人で。子供の戯言って聞き流さないでくれる人で。


「じゃ、この話なかったことにしよう」

「僕は会長を…」

「お祖父ちゃんの心配はあたしがする」

 この前聞かせてもらった理由を引っ張り出そうとした近衛氏を制して、困惑した横顔を見つめる。

「恋愛しないで結婚はできない、お父さんの娘だからね。でも駆け落ちもしない、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが悲しむから。あなたは二人のお気に入りだけど、事情を説明してわかってもらう。…あたしは好きな人と一緒にいたいの。大切な家族を捨てることなく、全部一緒に抱えていたい。それは当然、恋してる人とね」

 前を向いたままの彼の顔は困惑の色を消し、全くの無表情になっていた。

 最後通牒を聞いても、動揺することもなく冷静で。

 冷たい横顔、感情が見えない分そう思えるほどに。


「…うん、わかった」

 でも、それは一瞬のこと。柔らかく微笑みながらこちらを流し見た彼は、いつもと同じだったから。

「でも、今晩の夕食は付き合ってもらえるかな?」

 レストラン、予約しちゃったからねっと言った彼に曖昧に頷いたあたしは、何ともすっきりしない気分で。

 やっと逃げ出せたのに、当初の目的を果たしたはずなのに、この引っかかりは何だろう…どうして冷たい顔した近衛氏が気になるんだろう…。

 やっぱ、あれ?別れ際、もう会うこともないねって言った彼が、綺麗に瞳から色を消していたせい?

 笑ってるくせに笑ってない、あの表情が忘れられない、から?

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