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2-10 秘密の遊戯(4)






 帰り道、綾は少し落ち込んでいるみたいだった。

 そうすると、男の子の格好した綾が女の子のように見える。


 なぜだかわからない。

 けど、そう感じてしまう。


「春」


 自転車の後部座席に座った綾が、悲しげな声を出す。


「今度も上手くいかなかったね」


「いいや。今日は上手くいっていたさ。自転車でうろつくっていうのも画期的な案だったし、それに見合った対価も手に入れられた」


「そうだけど。でも、代償もあった」


「たしかに代償はあった。でも、そんなことはたいした問題じゃないんだ」


 僕はそう言うが、綾の様子は変わらない。


「それに私」


「うん」


「親友の真由を騙した。ううん、ずっと騙している」


 綾が僕の背中に頬をあずけている。

 それだけで、綾の懊悩がこっちまで伝わってくる。


「綾、それはしょうがない」


「しょうがなくないよ」


「そんなことないさ。だって、僕はそのおかげで救われたんだから」


「そうだけど」


 綾は曖昧な返事をする。

 なので、僕は自分にも言い聞かせるように言う。


「綾、物事は深く考えすぎないようにすること。後、自分と物事との間に適切な距離を築くことが大切なんだ」


「適切な距離?」


「そうだよ。深く入りすぎないようにするためにはそれが必要だから」


 僕は最近よく思っていることを滔々と述べる。

 それは全ての事象にはしかるべき距離があって、これを意識していないとまれに息苦しさや胸の詰まりを感じてしまうことだ。

 夜寝る前に一日を思い返しているのも、そういうことを整理している側面があったりする。


「春」


「何?」


「その適切な距離ってずっと変わらないものなの?」


 綾がそんなことを聞いてくる。


「そうだよ。たとえばさ、直と僕が兄妹であること。綾と僕が幼馴染であること。絵里ちゃんと僕が先輩後輩の関係であること。小倉くんと僕が友達であること」


「そうなんだ」


 なぜだか声の響きに落ち込みが感じられる。


「綾?」


「なんでもない」


 その言葉とは裏腹に綾がぎゅーと抱きついてくる。

 あまりに勢いで運転に支障が出るくらいだ。


「綾、運転できない」


「ごめん。後、これは深い意味はないから」


「わかってる」


「わかってないくせに」


 綾が何かをぼそっとつぶやいたが聞こえない。

 聞き返そうかと思ったけど、なんとなく止めておく。


「綾。次、右に曲がるから気をつけて」


「うん」


 ここを右に曲がると、後は一直線で都立公園に着く。


「春は自転車の漕ぎ方丁寧だね」


「綾を乗せているからだよ」


「そうなの?」


「いや、やっぱりなんとなくかな」


 僕まで直の口癖が移ってしまったみたいだ。

 ともあれ、僕はまるで今日の労をねぎらうかのようにゆっくりと自転車を漕いでいく。

 もしかしたら、今日の秘密の遊戯が終わるのを惜しんでいるのかもしれない。


「綾。これで秘密の遊戯が終わらせようなんて思ったりしてないよね」


「あ」


 綾が図星をつかれたような声を出す。


 表情は窺い知ることはできないけど、唖然としているに違いない。


「僕は構わないんだ。綾が欲するままにすればいい。それは僕の女装がばれたところで変わらないよ」


「ありがと」


 素直な幼馴染のお礼の言葉が胸に響く。

 それを聞いて、僕は活発でわがままな綾のイメージが最近薄れているなと思う。






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