2-7 秘密の遊戯(1)
風邪もすっかり完治し、綾と秘密の遊戯の約束をした日曜日はあっという間にやってきた。
昼過ぎに降った雨も止み、夜の街を自転車で滑走するには程よい天候だ。
「春。明日楽しみだね」
「うん。でも、直と綾と僕の三人でやる小パーティーも忘れないようにしないと」
「ん。わかってる」
今、東風荘では明日に迫ったハロウィンパーティーの準備で忙しい。
美咲さんはこういうパーティーが好きで準備に余念がないのはもちろんではあるが、鳥子さんも意外と乗り気である。
考えてみればハロウィンパーティーに一番似合いそうなのは、黒一色の衣装を着ている鳥子さんだ。
他にも、あまり交流のない号の人達も集まって作業をしている。
舞台は東風荘全体だから、参加せざるを得ないという側面もある。
「じゃあさ、直。僕はそろそろ行くね」
夕飯の片づけを終えて、ジャック・オー・ランタンを作っている直に僕は告げる。
ちなみに、ジャック・オー・ランタンとはお化けカボチャのことだ。
「春、わかった」
「うん」
「それで帰りは?」
直がこっちに顔を向けて聞く。
「二、三時間後くらい」
「ん。気をつけて」
「うん。あ、後、それ上手く出来てるね」
「絵を描くのと似ている」
「そうなんだ」
「そう」
「じゃあ、バイバイ、直」
「バイバイ、春」
最後にそんな言葉を交わし、家を出る。
外はすっかり日が暮れていて、吐く息も白い。
僕は寒さを感じながらも、自転車に乗る。
この前、直と買い物に行った時は、直が抱きついてきて漕ぐのもままならなかった。
だから、綾との待ち合わせ場所でもある都立公園までは、存分に自転車の感触を楽しむことにしよう。
「あ、もういる」
都立公園に着くと、すでに綾が待っていた。
それにしても僕は、綾に待たせるパターンが多い。
たしか前回もそうだった気がする。
「春」
綾は僕を見つけて、控え目に手を振ってくる。
なので、僕も同じように手を振り返す。
「待った?」
「少しだけ」
「ごめん」
「いいよ。少しくらい」
「それはどうも」
「春、お礼言うことじゃないって。それよりも早く行こう」
いつものボストンバックを掲げて綾が言う。
あのボストンバックには変装用の衣服が入っている。
男の子用と女の子用が入っているのだけど、着用する人の性別はそれぞれ違う。
「春」
「ん?」
「自転車はあそこに止めておいたほうがいいんじゃない?」
「あ、うん」
綾の言葉に従い、僕は都立公園入り口前にある駐輪場に自転車を置いておく。
そしていつも利用している広い障害者用のトイレで着替えをする。
綾、僕の順番で着替えをして、互いに見た目を確認し合う。
「春、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「ありがと。そして春も似合っているよ」
「僕はさ、似合っていてもどうかと思うけど」
「ううん。私にとってはそれでいい」
「そっか」
綾の言葉に苦笑しつつも、僕達は自転車を置いてある駐輪場まで歩く。
もう少しで着きそうになったところで綾が言う。
「春。私、変わるからね」
その言葉を合図に表情が男らしくなっていく。
綾が男子モードに変身する瞬間だ。
「春。さあ、ボクと行こうじゃないか」
「うん」
「夜の街を自転車でかけていこう」
無邪気すぎるほど無邪気な綾の笑顔。
僕はそれが見れただけでも、綾と秘密の遊戯をしている意味があると思っている。




