1-14 集中力
お風呂から上がって、綾の部屋でほっこりとくつろぐ。
入れ直しのアイスティーを飲み干し、これからの予定を綾と立てる。
予定とはもちろんこれからの勉強会のことだ。
「で、春はどうしたい?」
「どうしたいってさ」
「私はもう一回集中できそうだけど」
「僕はもう集中できなさそうだけど」
綾と僕の意見が食い違う。
「でも勉強会だし、もう少し頑張ろうよ」
綾に諭される。
「そうだよね」
「何、その返事」
「うん。自分でもそう思う」
さっきとは立場が逆転している。
けど、あんなことがあった後だから、集中力が切れても仕方がない。
なにせ、お風呂にまで入ってしまったのだ。
「春」
「ん?」
「さっき貰ったガム返すからさ」
「あ、今度はお嬢様から遠回しの愛情表現ですか」
「マリアはちょっと黙ってて」
「はい」
マリアさんは、ちゃめっけたっぷりに舌を出す。
そしてしゅんとへこむふりをする。
「それで勉強しようよ」
「うーん」
僕は、さっき自分が難しいことを要求していたんだと思い知る。
一度集中力が切れたら、立て直すのがなかなか難しい。
集中力とは勝手気ままなものである。
「これで終わったら、お嬢様はきっと寂しいんだと思います。だから坂本様、もう少し勉強会を続けませんか?」
「マ、マリアっ。余計なことを」
「すいません」
マリアさんがにやりと笑う。
その笑みはやはり小悪魔だ。
けど、マリアさんの一言で、僕はもう少しやって見ようと思った。
なぜだか理由はわからないが。
「綾。あのさ」
「何?」
「僕、もう少しやってみるよ」
「ほんとに?」
「うん、ほんと。だからさ、ガムちょうだい」
「あ、わかった」
綾からガムを渡される。
再度、手元に来たガムの奇妙な変遷を考えながらも、結局は僕のところに収まるのかと感慨深げになってしまう。
「さて」
僕は紙包みを開け、ガムを放り込む。
レモン味特有の酸味が口の中に広がり、やる気が芽生えてきた。
「春、いけそう?」
綾があどけない顔を近づけて聞く。
なので僕は、顔を逸らしながら答える。
「大丈夫」
「うん」
「な気がする」
「気がするってさ」
「気がするだけかもしれないけど、なんとなくいけそうだよ」
「そっか」
「うん」
「じゃあがんばろっか」
綾が腕まくりして言う。
「そうだね」
と、僕は返す。
こうして、僕達はもうひと頑張りすることとなった。
勉強会はまだ続いていく。




