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1-11 ガム






 まずは、午前に一時間半数学の勉強をした。

 この一時間半というのが大切で、人が最大限に集中できる時間だという。

 

 そして軽い昼食を挟んで、午後は英語の勉強。

 勉強をしている最中、僕はだんだんと無我の境地になっていく。自分でも信じられないほど集中していて、驚いてしまうくらいだ。

 

 時計のカチコチとした音が響く中、僕は問題に目を凝らす。わからないところがあったら、マリアさんに聞けばいい。

 

 そう考えながらも、僕は順調にノルマをこなしていく。

 やがて午後も一時間半が経過し、綾が先に根を上げる。


「春。私疲れたんだけど」


「え?」


「もう限界」


 綾がシャーペンを放り投げ、床に行儀悪く寝ころぶ。

 ぐてーとなっていて、声をかけるのもはばかられるくらいだ。


「春ー。なんでそんなに集中できてるのさ」


 綾の声が批難となって僕に届く。


「どうして?」


「僕にもなんだかわからないよ」


 いや、もしかしたら環境の良さがそうさせるのかもしれない。


「環境?」


「うん。きっとそうだ。ここはうってつけの環境だからね」


「私にはわからないけど」


 綾が寝ころびながらぼやく。

 そして、うつぶせの体勢から仰向けになろうとして転がる。


「いて」


 腰の当たりに衝撃を感じたかと思えば、綾がぶつかっている。

 転がった拍子のせいか、綾はワンピースの肩口の紐をずらしている。

 その姿はとても無防備で、目のやり場に困るものだった。


「坂本様はいつも違う環境で勉強するのが功を奏しているのですね。図書館で勉強するとやけにはかどるといったことがあったりしますが、きっとそれなのでしょう」


 マリアさんも似たようなことを言う。


「ということは春、勉強会大成功じゃない」


「そうだね」


「今度は春の家で勉強してみよっかな。そうしたら私だって、今よりもはかどるかもしれないし」


「そうだね。でも、ここよりもかなり狭いなあ」


「そんなの構わないわよ」


「そっか」


「まあ、とにかく今日は私に感謝してよね」


 綾がすっくと起き上がる。

 腕を組んで僕の隣に座り直す。


「ありがとう。綾」


「どういたしまして」


 嬉しさでいっぱいの綾は、こっちも見ていて気分がいい。


「でもさ、綾」


「何? 春」 


「後、もう少しだけ勉強しない?」


 本当に自分でもどうしたのだろうか。

 そう思いながらも、そんなセリフを口にする。


「えー」


「集中力切れてる?」


「うん」


 そこで僕は、美咲さんから貰ったガムのことが思い浮かんだ。

 このガムを綾にあげればいい。

 そうすれば、きっと綾の集中力が高まるに違いない。


「綾」


 僕はポケットからガムを取り出し、綾に渡す。


「ガム噛むと集中できるかもよ。だからがんばろう」


「ガム?」


 言葉を覚えたての幼児のようにつぶやく綾。

 さらには、渡されたガムをじっと見つめる。

 意味深なことをしている綾を見て、マリアさんが口を開く。


「坂本様も粋なことしますね」


「粋なこと?」


「はい」


 マリアさんはにやりと笑って言う。


「だってレモン味のガムを渡すなんて、遠回しにキスしますよって宣言しているものじゃないですか。あれ? 違いますか?」


「な、何を言っているんですか。マリアさん」


 マリアさんの言葉を意識したせいか、おもわず綾の口元に目が吸い寄せられる。

 綾は口をあわあわさせて動揺している。


「は、春」


「違うからさ、綾」


「わ、私だってそんな気はないからね」


「うん。わかってるって」


 そしてあの気まずい空気がやってくる。

 綾と僕は互いに目を合わせずにうつむく。


「まあ、とりあえずは坂本様」


「は、はい」


 この空気を救ったのは、原因のタネをまいたマリアさん。


「ここはお嬢様の顔を立てて休憩に致しましょう。私、二人にアイスティーを入れてきますので」


 そう言いつつも、マリアさんは立ち上がる。

 僕達を残して、部屋を出ていく。






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