1-9 勉強会
綾の部屋に一人残された僕は、黙々と簡易机の準備を進めていく。簡易机は脚を立てるだけでできる簡単な代物で、一人でもすぐに組み立てられる。
「よし、出来た」
簡易机を完成させた僕は、その上に教科書、ノート、参考書を並べていく。
持ってきた教科は英語と数学。
他と比べて、成績が極端に低いのがこの二教科である。
特に数学の時間は、頻繁に絵里ちゃんとメールをしていたせいもあって成績は散々だ。
「あ、そういえば絵里ちゃん」
ちなみに、あれから絵里ちゃんとは会っていない。
あの秘密のデートの日以来、連絡が来ていないのだ。
「春、ごめん。遅くなって」
「あ、うん」
絵里ちゃんのことを考えていたら、ちょうど綾が戻ってきた。
綾はなぜか着替えをしていて、僕の意識はそっちに向けられた。
「綾、どうしたの?」
「ちょっと汗かいちゃったから」
不可解な理由に、僕は首をかしげる。
「綾。今は秋なんだけど」
「いいの。べつに春のために着替えたってわけじゃないんだからね」
「そう」
僕はおざなりに返事をする。
「でも、どうかな?」
「え?」
「私の格好」
「うん。似合っているよ」
綾は、ラフな格好からAラインと呼ばれるワンピースに着替えていた。
まるで本物のお嬢様みたいだ。
馬子にも衣装といえばいいのか。
「それよりも春」
「何?」
「春こそどうしたの?」
「えっ?」
「さっき考えこんていたみたいだけど」
「あ、うん」
綾のあどけない顔が思ったより近くにあって、僕は困惑する。
もっとも、考えこんでいた内容についてを告げるべきかも悩んでいる。
「たいしたことじゃないよ」
「そうなの?」
「うん」
結局、僕は告げないことにした。
これを告げると、綾との秘密の儀式のことをぶりかえさなくてはいけなくなるからだ。
「さて、私も準備しよ」
綾は自分のバックから教科書とかを取り出していく。
そして一通り簡易机の上に並べ終えると、綾がうんうんとうなずく。
「これでよし、と。ところで春は何からはじめる?」
「僕?」
「うん」
「数学かな」
うんざりするほど厚い問題集を片手にして、僕は言う。
「あー私も数学。やっぱり問題は数学なんだよなぁ」
綾もぼやく。
僕よりも成績がいい綾でも数学は苦手なようだ。
「数学は難しいよね」
「ほんとだよ」
「昔は数字が好きだったんだけどな。算数の頃なんだけど」
「それ、僕もそうだった」
「きっと眠くなるような授業がいけないのよ」
「たしかに。それは言えてる」
それから綾と僕は、数学の教師の教え方を糾弾する。
しまいには彼の人間性に発展してしまい、さすがに二人揃って反省した。
「いけない、春。こんな無駄話している場合じゃなかった。それじゃあ、マリアはまだ来ていないんだけど、勉強会をはじめよっか」
「オッケー」
こうして綾の宣言により、勉強会がスタートと相成った。




