表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/176

1-5 モラトリアム





 バスは話している間にいつのまにかやってきた。

 待っていた時間は五分くらい。

 

 乗車整理券を受け取り、僕達はバスに乗り込む。

 バスの中は人が少なく、どこの席でも座り放題だ。


「私、窓側な。で、春坊は隣」


「はい、わかりました」


 美咲さんの勧めで、後ろの二人席に腰を落ち着ける。

 座った瞬間、バスはガソリン音を響かせて出発した。


「春坊」


「何ですか?」


「ガムいるかい?」


 美咲さんがポケットからガムを取り出す。


「ガムですか」


「そう、ガムだよ。昨日本屋で買っておいたのが余ってんだ」


「そうじゃなくてですね。美咲さんはガムあまり好きじゃなかったような気がしまして」


「だから春坊に貰ってくれと言っているわけさ」


 そう言ってガムを渡してくる美咲さん。


「でも、ガムを買うなんてほんとに珍しいですね。美咲さん」


「あーそうだな。でも男にふられた後はさ、普段しないことをしたくなるんだ」


「そうなんですか?」


 僕は疑問を投げかけたが、そういえばそうだったと思いだす。

 前に美咲さんがふられた時も同じようなことがあった。


「そう。たとえばガムを買ってみたり、インディカ米を食べてみたり、通学路を変更してみたり、ラッタッタを乗り回してみたり」


「ラッタッタ?」


 僕は首はかしげる。

 すると美咲さんは、目を丸くして言う。


「春坊はラッタッタも知らないのかい」


「はい」


「私の大学の友達が譲ってくれたスクーターのことだよ」


 その言葉で僕は合点がいく。


「あの古いイエローのバイクのことですか」


「そうそ」


「けど、美咲さんはバイクの免許持っていましたっけ」


「春坊、オマエは本当にバイクのことに関しては知らないんだな。私が乗っているのは自動車の免許だけで乗れるやつなんだ」


「へぇ」


 僕は驚く。

 てっきり、自動車とバイクの免許は別物だと思っていたからだ。


「今度、後ろに乗るか?」


「え、乗せてくれるんですか?」


「まあ、交通違反になるけどな。原付だし」


「ダメじゃないですか」


 それから美咲さんと僕は、不思議な語感であるラッタッタの由来について話した。ラッタッタとは、昔やっていたCMから派生してきたらしい。


「あ、僕、次で降ります」


「そうかい」


 バスは都立公園前、イチョウ並木、学校の前を通り、綾の家の近くへと来ている。


「春坊。私がボタン押すからな」


「いいですよ」


「ほんとだな?」


「はい」


 僕は嘆息する。


「美咲さん。なんだか子どもみたいですね」


「何言ってるんだい。私も春坊もまだ子どもじゃないか」


「え、美咲さんは大人じゃないんですか?」


「そうか?」


 美咲さんが不思議そうにかしげる。


「あ」 


 それよりも、つい最近どこかで聞いたセリフだなと思う。

 けど、思いだせない。


「ていうか、モラトリアムなわけさ」


「モラトリアムですか」


「そう、モラトリアム」


 そう言いつつも、美咲さんがボタンを押す。

 バスは止まる旨のアナウンスをはじめる。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ